メインメニューを開く

REPORT

業界レポート『日本における製造業の募集賃金動向』

自動車業界、そして未来のモビリティ社会に関連する業界の最新動向や、世界各国の自動車事情など、さまざまな分野の有識者のレポートをお届けします。

  • Facebookでシェアをする
  • Twitterでリンクを共有する

<エグゼクティブサマリー>

  • 自動車を含む製造業の募集賃金動態を分析すると、足下のインフレ状況を上回る伸びを示しており、社会的な賃上げの 期待に対して正面から応えていると評価することができる。
  • 製造業の中で自動車関連の割合が高い県では、製造系職種の全国平均を上回る募集賃金の伸び・実額が示されており、 自動車産業が賃上げをリードする構造が示唆される。
  • 自動車メーカーはじめ、製造業の企業にとっては、人件費の上昇を前提としつつ、製品の競争力を維持・向上させ、成長する というチャレンジに直面しているとも言える。

■はじめに

今年の春闘一次集計は、多くの企業が満額回答(以上)の賃上げを決断したことが話題となった。日本に先立ち、北米では昨年UAW(全米自動車労働組合)による大規模ストライキがあり、ターゲットとなった米系のみならず、米国に工場を構える日系メーカーも大幅な賃上げを行うなど、大きく報じられたことが記憶に新しい。世界的なインフレの大波が、長年デフレに喘いできた日本にも到達したことにより、日本経済の転換を思わせるモメンタムが出てきたと言えるだろう。こうした全体感を受けて、日銀もマイナス金利政策を解除し、17年ぶりに利上げを行った。

一方で、製造業の企業側の視点に立てば、人件費が嵩む中でいかに良品廉価なモノづくりを維持できるかが問われているということになる。ここ数年の、コロナ禍、サプライチェーンや物流の混乱、半導体や電磁鋼板の不足、米中対立やウクライナ危機、資源高騰といった多重の危機をなんとか乗り越えてきても、基盤となる人材の確保がおぼつかなくなれば元も子もないからである。

そこで本稿では、日本の製造業での人材確保を考える第一歩として、実際にどの程度人件費の高騰圧力がかかっているか、他業種比較、地域別の動向について、募集賃金の最新データを分析し、示唆を考えてみたい。分析に際しては、今年から新しくローンチされた民間統計サービスであるHRog賃金Now (※1)を参照した。

(出所:株式会社ナウキャスト HRog賃金Nowより住商アビーム自動車総合研究所にて作成)

 

上図は、全業種にわたる募集賃金動向データから、売上高の大きい産業に連関する代表的な職種(※2)を抜粋したものである。
真っ先に目に入るのは、コロナ直前2020年1月を基準とした時に、2023年後半まで他業種に比べ募集賃金の上昇が大きいIT業界(赤色破線)であり、これはコロナ禍を直接的なトリガーとしたデジタル化、DXのトレンドを考えれば違和感がない。
コロナによる影響という観点からは、運輸・物流業(水色破線)、建設・土木・エネルギー業(黄色破線)も2020年の上半期に募集賃金が上昇しており、コロナによる巣籠り需要(ネット通販)や、リモートワーク対応などが想起される。逆に、コロナ禍が募集賃金の下落を招いたのは、飲食業(茶色破線)と製造業(緑色実線)だが、丁度ワクチン接種が進み始めた2021年央を底に上昇に転じている。直近では、建設・土木・エネルギー業、製造業の募集賃金が2024年頭から一段と上昇していることも見て取れる。建設業は関西万博や能登半島地震の復興等、需要が旺盛であることは昨今報道される通りであるが、製造業がそれに次いでいるというのは興味深い。

2020年を100としたときの最新(2月)の消費者物価指数は106.9 (※3)で、製造業の募集賃金上昇率は1月時点で106.95、2月は108.25まで上昇していることから、製造業全体として足下のインフレ状況を打ち返す以上の対応を行ってきたと言えるだろう。一般論として製造業は産業の裾野が広く、社会的な賃上げの期待が最も向きやすい職種であるが、募集賃金の動向自体は、労働市場での需給バランス(少子化による成り手不足⇔ベビーブーマー世代の引退・定年退職)、産業の伸長・縮小(海外移転等全体パイの減少⇔コロナ後日本生産への回帰)など複合的な理由が考えられ、限られた本稿紙幅での分析には適さない。なお、全業種平均(黒色実線)の募集賃金動向は1月時点で105.65、2月時点でも105.84となっており、多くの職種ではインフレ分の対応も遅れているようである。

■県別の製造系職種における募集賃金動向

とは言え、前項の職種分類のメッシュでは、化学や食品の工場も含んでおり、自動車製造業を切り出した分析にはなっていない。
そこで、製造業の中で、自動車メーカーが特に存在感のある代表的な県をピックアップ(※4) し、傾向を捉えることができないか検証してみた。

 

(出所:株式会社ナウキャスト HRog賃金Nowより住商アビーム自動車総合研究所にて作成)

上左図を見ると、コロナからの回復が始まった2021年央から愛知県における製造系(製造/工場/化学/食品)職種の募集賃金の伸びが高くなっている。愛知県は製造業の中でも特に輸送用機械器具製造業の占める割合が特に高く、従業者数で36%、人件費支払額では42%とダントツである。愛知県は航空機産業も盛んであるため、うちいくばくかは飛行機/部品製造が貢献しているとはいえ、トヨタ系企業/工場が大きな存在感を持っており、募集賃金動向に影響を与えていることは明らかと思われる。トヨタは直近4年連続で春闘に満額回答しており、愛知県の製造系職種の募集賃金が全国平均以上の高い伸びを記録しているのも頷ける。
2022年から群馬県も全国平均を数ポイント上回るし、足下の伸びは愛知県をも上回っている。また、2020年から3年ほど全国平均を下回っていた三重県や、全国平均に近い動きとなっていた広島県も、今年に入ってから消費者物価指数、製造系職種全国平均を上回る伸びを示している。各県とも、製造業に占める輸送用機械器具製造業の占める割合は愛知県の4割までは高くはないが2-3割を占めており、スバルやホンダ、マツダの好調な業績に裏打ちされていると考えられる。

また、上右図で月給の募集賃金実額を見ると、各県とも全国平均より高い値を示している(広島県は昨年後半まで全国平均と同程度であったが、足下で上振れ)。 その中でも、愛知県の製造系職種の募集賃金は、全国平均から月3万円程度も高く、突出しているし、群馬県、三重県も愛知県の高い水準にキャッチアップしつつある。

 

■おわりに

上記分析から、断定的なことを言うには分析が粗いものの、自動車産業が製造系職種の賃金引上げをリードしている構造が示唆された。日本経済の健全な成長という観点からは頼もしい限りであるが、自動車メーカーには、人件費上昇を所与の条件としながらも成長を続けるという、新たなチャレンジが待ち受けている。自動車メーカー任せにせず、社会全体で応援していく機運を期待したい。

 

 

______________________________________

(※1) HRog賃金Now
賃金動態の分析に伝統的に用いられる、厚生労働省の賃金構造基本統計調査や毎月勤労統計調査は、”正社員”に”実際に支払われた”賃金(支払賃金)を集計している一方で、ナウキャスト社のHRog賃金Nowは、ハローワークや民間求人サイトなどの”求人票”で”募集されている”賃金(募集賃金)の集計であり、追加で人材/労働者を確保するためにかかる限界費用を見るのに適していると考えられる(付言すれば、厚労省の統計より速報性、ダッシュボードでの一覧性にも優れている)。勿論、募集時の賃金が入社後その通りに支払われたか等は同サービスの構造上追跡されないため、厚労省の統計と補完的に併用することで、より立体的な分析が可能となる。

(※2) 売上高の大きい産業に連関する代表的な職種
総務省・経済産業省「2023年経済構造実態調査」一次集計結果(2024年3月27日)P2図1によると産業大分類上売上高が全体の4%以上を占めるのは、卸売・小売業、製造業、金融・保険業、医療・福祉、建設業、情報通信業、運輸・郵便業となっている。産業分類と求人の職種は必ずしも一致しないため、関連度の高そうな職種をHRog賃金Nowのデータから選択的に抜粋した。営業/事務/企画は全ての産業に共通するものとして、また、飲食/フードは小売業の代表として選択した(アパレル等、小売業に該当する他の職種もデータとしてはあるが、本稿分析の趣旨から外れるので割愛)。

(※3) 総務省統計局「消費者物価指数」全国2024年2月分報道資料の総合指数

(※4) 経済産業省「2022年経済構造実態調査」製造業事業所調査 地域別統計(2024年1月26日訂正)第1表から、輸送用機械器具製造業の従業者数及び人件費支払額がその地域の製造業に占める割合が高いトップ5を抽出した。但し、長崎県は人件費支払額で5位にランクインしたが、自動車ではなく造船業によるものと判断し、本項対象からは除外した。トップ10には、神奈川県、栃木県、岐阜県などもランクインするが、輸送用機械器具が製造業に占める割合は2割を下回っている。

RELATED関連する記事

RANKING人気の記事

CONSULTANTコンサルタント