メインメニューを開く

REPORT

業界レポート『市民の暮らしと自動運転 ~自動運転の社会実装に向けた一考察』

自動車業界、そして未来のモビリティ社会に関連する業界の最新動向や、世界各国の自動車事情など、さまざまな分野の有識者のレポートをお届けします。

  • Facebookでシェアをする
  • Twitterでリンクを共有する

はじめに

ここ数年で日本の自動車メーカー数社から、高度な運転支援や一定の条件下での自動運転機能付きの車両が投入され、またそうした動きに対応した法整備も進むなど、自動運転の社会実装に向けた技術的・法的な動きが着実に進展している。

一方、これまで世の中に新しく導入され、根付いてきた技術がそうだったように、その技術を活用して恩恵を受ける側となる市民の支持をいかに得るかで、世の中に定着するか否かが分かれる。

弊社が2017年より企画・運営の事務局を務めるSIP-adus(*1)主催の市民ダイアログでのケースを通じ、自動運転技術の社会実装に向けて市民の支持を得る為に必要なことについて、考察してみたい。

2020年度の市民ダイアログは、去る1月27日に前橋市を対象として開催された。市民ダイアログとは、自動運転技術の社会実装に向け、自動運転に対する地域の社会的受容性を醸成する為に、2016年度より行われている市民との対話イベントである。今回はコロナ禍を受け、web会議ツールを活用し、オンライン形式で開催された。

群馬県と前橋市の交通課題

今回の対象地域である群馬県、その中でも前橋市は、国内でも有数の車社会である。また、公共交通への依存度が極めて低い。

【群馬県及び前橋市の自家用車普及状況(平成29年3月末現在)】(*2)

・群馬県が全国1位、また前橋市も全国トップレベル

■都道府県別の自家用車の普及状況

【群馬県の地域別主要交通手段構成比】(*3)

・群馬県全域及び前橋市を含む県央地域で、8割近くが自動車
・一方、鉄道とバスを合わせた公共交通機関は、わずか数%

この結果、免許を持たない若年層や高齢者が外出する場合、公共交通を利用するよりも誰かの自動車による送迎に頼りがちとなり、現役世代の送迎負担が大きいと言われている。

【群馬県の高齢者の主な交通手段】(*4)

・車が使える高齢者の8割近くは、自分で車を運転して移動する。
・車が使えない高齢者でも、公共交通の利用割合は数%にとどまる一方、約半数の移動は自動車による送迎に支えられている。

【群馬県の高校生の通学時における主な交通手段】(*5)

・通学手段として自動車の送迎を挙げる高校生の割合:南部地域で約2割、北部地域で半数以上

このような状況を踏まえ、前橋市では、公共交通の充実化を交通政策として掲げ、その一環として群馬大学や日本中央バスなどとの産学官連携のもと、自動運転バスの実証実験に取り組み、2022年からの実用化を目指している。

【前橋市における自動運転バス実証実験の概要】(*6)

市民からの意見と考察

今回の市民ダイアログには、前橋の将来を担う高校生・大学生、子育てや仕事に多忙な現役世代や、自身の運転技術に不安を覚え始めているシニア層、また中心市街地の事業者や郊外居住者、厳しい事業環境にある公共交通従事者など、計15名の多様な前橋市民にお集まりいただき、日常生活とその中での移動、そこで感じている課題を共有し、また理想的なまちの姿や、自動運転技術がどのように活用できるかについて、意見を交換した。

 

様々な意見が出された中で、個人的に特に印象的だったものをここで2つ紹介したい。
一つは、自動運転技術の社会実装にあたっては、将来に向けたコンパクトなまちづくりとセットで検討していくべき、との意見である。
現状は、様々な目的での行き先となる街の中の拠点が分散して立地していて、回遊がしにくい。
自動運転技術をサービスとして実用化するにしても、街の中の拠点をある程度集約し、効率よく移動できる構造にしておかないと、自動運転で得られる効率アップなどの効果が小さくなってしまうということである。

 

今回の準備の為に何回か前橋市を訪れた際にも、移動に利用したタクシーの運転手から、学校等の人が集まる拠点の郊外移転が相次いだことにより、鉄道の定期利用者数が減り、駅周辺のにぎわい減少につながっている話を聞いたり、前橋の街の中を歩き回って見聞を広める中で、街の機能が分散・点在し、効率的な移動がしにくい状況は個人的にも体感していた。

今回のダイアログに参加いただいた市民の口からも、目的地となる拠点が拡散して立地している為、自動車以外の交通手段で回遊がしづらいことや、郊外に居住している市民から、人口が減少していく中、公共交通などの公共サービスの維持や、自然環境の保護を考慮すると、人の居住地を郊外ではなく街の中に誘導していくようにすべきでは、との意見が出た。

このような長期的なまちづくりの観点と、その街のモビリティをどうするか、そこに自動運転をどのように活用していくか、真に持続可能な市民の足になる為には、そのようなセットでの検討が必要ということを痛感した。

 

もう一つは、自動運転実証実験に対する市民の認知度と、実際に乗車体験してもらうこと、また、地域の生活や交通にまつわる課題を他人事ではなく我が事としてとらえてもらうことの重要さ、である。

上述の通り、前橋市では数年前から自動運転バスの実証に取り組んでいるが、今回参加された市民の約半数の方が、その取り組みについて知らなかったとのことだった。

が、今回ダイアログに参加したことで、普段は接点のない他の市民のライフスタイルや移動にまつわる現状を聞き、前橋市のまちづくりや交通の行く末に対してこれまで以上に問題意識・関心を持つようになった結果、自動運転バスに是非乗車してみたくなったとの意見が多く聞かれた。

今回のダイアログにおける群馬大学及び前橋市役所の基調講演の中でも触れられていたが、これまで自動運転車両を乗車体験した人のアンケートを分析すると、実際に体験してみることでいい点も改善が必要な点も含めて理解が進み、この結果受け入れの素地ができて、自動運転普及に向けて弾みがつくと思われるとのことである。

このため、群馬大学・小木津准教授からは、全国各地で自動運転の実証実験を行い、乗車体験をしてもらうことを重要視しているとのご説明もあった。

様々な市民の生活と移動に関する課題や、自動運転の取り組みを知って興味関心を持ってもらうこと、想像や机上だけでなく自動運転を実体験してもらうこと、当たり前といえば当たり前ではあるが、このプロセスをどれだけ迅速かつ広く再生産できるかにより、市民の自動運転に対する支持度と、その結果として社会実装のスピードが大きく変わってくるように思われる。

 

尚、今回のダイアログにおける討議の模様は、上毛新聞などの地元メディアの他に、前橋市長のブログ(*7)でも取り上げていただいた。

まとめ

今回縁あって前橋市とそこにお住いの市民の皆様との接点を得ることとなったが、今後も前橋市ひいては全国各地における市民の、自動運転技術を活用してどんな暮らしを実現したいのかという思いを原動力に、自動運転技術の実装とより安心安全なライフスタイルやモビリティ実現に向け、微力ながら貢献していきたいとの思いを強くした。

また、上述のような再生産の動きを推進し、社会実装を加速させていく為にも、地域や会社の垣根を越え、志を同じくする仲間で連携して、市民との対話を通じた相互理解促進と、自動運転技術の認知度向上や体験の促進を取り進める仕組みや体制作りに取り組んでいく必要性を感じている。

 

*1> SIPとは:科学技術の司令塔機能をもつ内閣府総合科学技術・イノベーション会議が、府省庁の枠や旧来の分野を超えたマネジメントにより科学技術イノベーションを実現するために創設した国家プロジェクト。プログラムを強力にリードするプログラムディレクターを中心に産学官連携を図り、基礎研究から出口までを見据えた一気通貫の研究開発を推進

SIP-adusとは:SIPにおける自動運転への取組(略称SIP-adus;Automated Driving for Universal Services)は、交通事故の低減や交通渋滞の緩和、地方部等における高齢者などの交通制約者の移動手段の確保、といった社会課題の解決を目指して研究開発を推進。さらにSIP第2期では、自動運転の適用範囲を一般道へ拡張するとともに、自動運転技術を活用した物流・移動サービスの実用化を推進

【出典】https://www.sip-adus.go.jp/sip/

*2> 【出典】前橋市都市計画マスタープラン

*3、*4、*5>【出典】群馬県総合都市交通計画協議会「群馬県パーソントリップ調査」

*6> 【出典】前橋市役所政策部交通政策課「前橋市の交通課題・ビジョンと自動運転」2021年1月27日付

*7> 前橋市長 山本りゅうのブログ 「前橋市交通政策の情報発信です。」 2021年2月18日付

https://ameblo.jp/ryu-yamamoto/entry-12657538755.html

RELATED関連する記事

RANKING人気の記事

CONSULTANTコンサルタント