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REPORT

業界レポート『パリ協定の長期目標達成に向けて』

自動車業界、そして未来のモビリティ社会に関連する業界の最新動向や、世界各国の自動車事情など、さまざまな分野の有識者のレポートをお届けします。

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パリ協定とは

「パリ協定」とは2015年にパリで開催された「国連気候変動枠組条約 第21回締約国会議」(COP21)で採択された2020年以降の気候変動問題に関する国際的な枠組みで、1997年に定められた「京都議定書」の後継となるものです。パリ協定は2016年11月4日に発効し、現在188カ国(2020年11月に離脱する米国を含む)が参加しています。

パリ協定には批准した各国がそれぞれ策定するボトムアップの「中期目標」と、協定によって定められた2050年及びそれ以降の「長期目標」があり、日本政府は中期目標として「2030年には温室効果ガスの排出を対2013年比で26%削減する」ことをコミットしています。この目標の前提となる2030年の電力構成には発電時のCO2排出量がゼロである原子力発電が20~22%含まれているという課題(現在一桁台前半であり、実現可能性が低い)がありますが、厳しい数値ではあるものの、政府が産業界と共に検討を重ねて弾き出した目標値であり、方法論もあることから、達成年次の多少の遅れはあっても、達成できるものと期待されます。

一方、長期目標はトップダウンの形で「世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2度より十分低く保ち、1.5度に抑える努力をする。そのため、できるかぎり早く世界の温室効果ガス排出量をピークアウトし、21世紀後半には、温室効果ガス排出量と(森林などによる)吸収量のバランスをとる」とされています。

経済産業省の試算では、この目標の達成には温室効果ガスの排出を80%削減することが必要という数値が導き出されており、2016年5月13日に閣議決定された「地球温暖化対策計画[1]」には「我が国は、パリ協定を踏まえ、全ての主要国が参加する公平かつ実効性ある国際枠組みの下、主要排出国がその能力に応じた排出削減に取り組むよう国際社会を主導し、地球温暖化対策と経済成長を両立させながら、長期的目標として2050年までに80%の温室効果ガスの排出削減を目指す。このような大幅な排出削減は、従来の取組の延長では実現が困難である。したがって、抜本的排出削減を可能とする革新的技術の開発・普及などイノベーションによる解決を最大限に追求するとともに、国内投資を促し、国際競争力を高め、国民に広く知恵を求めつつ、長期的、戦略的な取組の中で大幅な排出削減を目指し、また、世界全体での削減にも貢献していくこととする。」と明記されています。

COVID-19禍の温室効果ガス削減効果

英国に拠点を置く気候変動分析サイトCarbon Briefの2020年4月9日付の記事[2]では、「2020年のグローバルの温室効果ガス排出量は対前年比5.5%減少する見通しで、年間減少率としては大恐慌や第2次世界大戦などを上回る過去最大となるが、パリ協定の目標達成はなお困難とみられる」とし、2019年11月に発表された国連環境機関(UNEP)による試算[3]「産業革命前からの気温上昇を1.5度にとどめる努力目標達成には、排出量を今後2030年まで毎年7.6%削減し続ける必要がある」を引き合いに出し、「これほどの排出量の急激な削減を10年間も維持するのは極めて困難」と指摘、さらに排出量と経済活動には密接な相関関係があり、経済活動が再開されれば排出量も再び増加に転じるのは明らかなため、「現在の危機は排出量を一時的に減らすだけかもしれない」と警告しています。

即ち、我々が現在進行形で経験しているCOVID-19禍による経済減速から回復しないうちに、追い打ちをかけるがごとく同水準の経済減速が今後10年立て続けに襲ってきても、2050年の温室効果ガス削減目標は達成できないとUNEPは指摘していることになります(無論UNEPはCOVID-19禍のような惨事が毎年起きればよいと言っているわけではありません)。

「産業革命以前」とは?

英国における産業革命は18世紀半ばから19世紀前半にかけて起き、その後世界各地に拡がりましたが、パリ協定では「産業革命以前」を具体的に「何年」とは規定していません。
世界気象機関(WMO)による「産業革命前の気温」の定義である「近代的な手法による気温の観測が開始された1850年から1900年までの平均気温」を元に、産業革命前=1850年と仮定すると、この当時の全世界人口は12~13億人、現在の約6分の1にあたります。

人間の呼気に含まれるCO2はカーボンニュートラルとして考える(※)ので温室効果ガスの排出量に影響を与えませんが、乱暴に言えば、1850年頃、即ち日本で言えば日米和親条約による開国(1854年)当時、フランスではナポレオン三世による第二帝政が始まった当時(1852年)、の文化水準で生活しても、「産業革命以前」の6倍(実際にはエネルギーミックスが変わっているのでここまで大きくないと思われますが)のエネルギーを消費、言い換えると温室効果ガスを排出することになってしまいます。

「1.5~2度の温度上昇」がどの程度「追加の」温室効果ガス排出を許容するのかデータがありませんが、今日の「温室効果ガスの排出増加による地球温暖化」の一因には「人口増」があることは気に留めておく必要があるでしょう。言うまでもなく、温室効果ガス排出削減のための自然減に因らない人口削減は倫理的に絶対に許されることではありませんが、「やみくもに増やさない」ためのコントロールは必要ではないでしょうか。国連経済社会局人口部が発表した『世界人口推計2019年版:要旨』によれば、2050年の世界人口は97億人(現行比30%増)に達すると予想されており、革新的技術の開発・普及などイノベーションなくしては、もはや温室効果ガス問題の解決は覚束きません。尚、総務省「人口推計(平成28年)」によれば、日本の人口は2013年の1億2740万人に対して2050年には約1億人まで20%強減少すると予想されています。

  • 人間が吐きだすCO2は、食物として体内に取り込んだ有機物を分解しエネルギーを取り出す過程で最終的に排出されるものであり、その食物の起源を遡ると植物が光合成によって大気中のCO2と水から作りだした有機物にたどりつくので、人間の呼吸によって吐き出すCO2は「もともと大気中に存在したもの」として考えることができます。
    但し、食物を栽培・飼育する過程で排出される温室効果ガスは別カウントで、温暖化効果がCO2の20倍のメタンガスの全世界の排出量の3分の1以上が牛や羊などのゲップによるものだと言われています(反芻動物が消化の過程で発生するメタンガスを呼吸中に排出するのは不可避)。従って、人口増による食料需要の増加は温室効果ガスの排出量を増加させることにつながります。

南北格差について

パリ協定は途上国を含む全ての参加国に、排出削減の努力を求める枠組みです。

京都議定書では、排出量削減の法的義務は先進国にのみ課せられていました。しかし、京都議定書が採択された1997年以降、途上国は急速に経済発展を遂げ、それに伴い排出量も急増しています。途上国に削減義務が課せられなかったことは、参加国の間に不公平感を募らせる要因となり、それが一因で、京都議定書は当時最大の排出国であった米国も批准せず、議定書の実効性に疑問符がつくこととなっていました。その点でパリ協定は画期的であると言われています。

実際に2017年の温室効果ガス排出量シェアを国別で見ると[4]、中国が28.2%で1位、2位のアメリカ(14.5%)を挟みインドが6.6%で3位、ロシアが4.7%で4位となっています(日本の温室効果ガス排出量シェアは3.4%で5位)。

 

代表的な新興国・発展途上国が策定した2030年の中期目標を見ると:

  • 中国:GDP当たりのCO2排出量を2005年比で-60%~-65%とし、2030年頃にCO2排出量のピークを達成
  • インド:2030年までに温室効果ガス排出量を単位GDPあたり33~35%削減(但し「実現は先進国によって提供される実施手段を含む野心的なグローバル合意次第」と付記されている)
  • ロシア:2030年に2005年比-25~-30%
  • インドネシア(排出量9位、シェア1.5%):2030年までに温室効果ガス排出量をBAU(※)比29%削減。技術移転や資金提供の国際支援を条件に、最大41%まで削減可能。
  • メキシコ(排出量10位、シェア1.4%):2030年までにGHG及び短寿命気候汚染物質の排出量をBAU比25%削減(内、GHGのみでは22%削減)。但し、資金・技術支援等の条件次第では最大40%(うち、GHGのみでは36%)まで削減可能。

※ BAU:Business As Usual「対策を実施しない」

となっています。

 

2019年10月版のIMF-World Economic Databaseによれば、世界190カ国のうち、一人当たりの名目GDPが1万ドルに達していない国が122カ国、5千ドルに達していない国が80カ国、1千ドルにさえ達していない国も26カ国あります。地球が「持続」できなければこれらの国々も発展はできないのも事実ですが、今まで安価な化石燃料を利用して経済発展を享受してきた先進国が、「地球環境は重要だから」と発展途上国に対して「お前たちも化石燃料を使うな」と求める事は、途上国の貧しい人の生活水準の向上を阻害し、不公平を永続化させることにつながりかねず、絶対にあってはならないことです。
一方でこれまで先進国がたどってきたのと同様の大量生産、大量消費を基調とする化石燃料の大量消費による高炭素社会への道に途上国が進むと、地球全体の温室効果ガス排出量は増加し、温暖化はますます進み、先進国のみの排出削減では、温暖化の防止は実現できないどころか温暖化を加速してしまう可能性さえあります。途上国の経済発展を妨げず、同時に温暖化対策を進展させるには、フロッグ・ジャンプ式の開発が必要で、そのためには先進国からの技術移転と資金支援が不可欠であると考えます。

終わりに

機会があれば改めてご説明したいと思いますが、上記以外にも気候(日照・風速)によるボラティリティが高い再エネ発電を主電源として安定的に電力を供給するためには、電力供給量のフレキシビリティの高い化石燃料による発電所をバックアップとして低稼働率(=高コスト)で運用するか、需要のピークの数倍の発電能力を持った太陽光・風力発電所を建設し、余剰電力を(製造・廃棄の際に大量のCO2を発生する)蓄電池に充電しておき、夜間や無風時に放電する(石油1バレル相当の電力エネルギーの蓄電コストは現状では200ドルであるのに対して石油1バレルを貯蔵するコストは1ドルという試算があります)という手立てが必要である等、温室効果ガス削減は一筋縄ではいかない側面がありますが、人類の英知が結集されたイノベーションにより諸問題が解決され、カーボンニュートラルな世界が訪れることを願って止みません。

 

【脚注】

  1. https://www.env.go.jp/press/files/jp/102816.pdf
  2. https://www.carbonbrief.org/analysis-coronavirus-set-to-cause-largest-ever-annual-fall-in-co2-emissions
  3. https://www.unenvironment.org/news-and-stories/press-release/cut-global-emissions-76-percent-every-year-next-decade-meet-15degc
  4. https://www.jccca.org/chart/chart03_01.html

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