ベトナムの輸入障壁をめぐる相反する二つの動き

     東南アジアにおける自動車の貿易自由化
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ベトナムの輸入障壁をめぐる相反する二つの動き~

■はじめに

 昨年来、米トランプ政権が TPP (環太平洋パートナーシップ協定)を離脱
し、NAFTA (北米自由貿易協定)再交渉においても強硬な立場を維持するな
ど、多国間貿易を主軸とする近年の自由貿易枠組みに変化が表れています。

 自動車産業についても、最近、中国・日本などの対米貿易黒字国に対してト
ランプ大統領が名指しで批判するなど、注目の状況が続いています。

 こうしたなか、米国以外での自由貿易の動向にも改めて目を向けるべきとの
問題意識から、今回は、筆者が近年携わっていたベトナム市場を題材に、東南
アジアにおける最近の自動車輸入規制の動向をおさらいするとともに、今後の
注目点を考察したいと思います。

■ベトナム自動車市場の概要

 2017年のベトナム自動車総販売台数は、約 27 万台でした(乗用車・商用
車・特殊車両・輸入車を含む)。後述する 2018年からの関税撤廃前の買い
控え等もあり、前年比ではやや減少しているものの、およそ 30 万台規模の
自動車市場を有しています。販売台数のうち約 9 割を現地組立の車両が占
め、輸入車の比率は 1 割程度です。
 ベトナムは左ハンドル市場であり、右ハンドル車の輸入は禁止されていま
す。

 ベトナムの実質 GDP 成長率は、2015年から毎年+6% 以上を維持していま
す。人口も一貫して増加しており、2017年には 9,370 万人に到達、2020年代
には 1億人を超えると見込まれるなど、今後の成長が期待される市場といえま
す。

 一方で、ベトナムは、政策の頻繁な変更や法制度・運用の不透明さがリスク
といわれる市場でもあります。

 さて、以下では、ベトナム輸入障壁に関する最近の動きを取り上げます。
 まず輸入関税を撤廃する動きを 2 つ取り上げた後、これと相反するベトナ
ム政府の政策を紹介します。

■関税撤廃(1)「ATIGA」:ASEAN域内の関税が原則撤廃

 2018年1月から、ASEAN域内の関税が原則すべて撤廃されました。

 この関税撤廃は「ASEAN 物品貿易協定(ATIGA)」に基づくもので、2010
年に先行加盟 6 か国(ブルネイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン、
シンガポール、タイ)における関税が撤廃されたのに続き、2018年から後発
4 か国(ベトナム、ラオス、ミャンマー、カンボジア)においても関税を撤廃
するものです。

 従来のベトナムの自動車輸入関税率は 30 %であり、これが一気に 0 %に
なることから、ベトナム市場は輸入車優位の市場になると言われてきました。
関税撤廃によって新車価格は 1~ 2 割下がるとも言われ、コスト競争力で不
利になるベトナム国内メーカーは対応を迫られていました。

 こうした中で施行されたのが、次に紹介する「政令125」です。

■関税撤廃(2)「政令125」:ASEAN部品の関税免除で国内組立メーカーを後押し

 「政令 125」は、2018年から 2022年までの間、ASEAN 域内から輸入され
る自動車部品のうち、ベトナムで生産できない部品に対する関税を免除すると
いうものです。

 政令 125 には、前述の ATIGA による関税撤廃で輸入車が安くなることに
対抗し、組立部品の輸入を促進することで、国内で自動車を製造するメーカー
を後押しする狙いもあります。このように、政令 125 は関税撤廃政策であり
ながら国内産業保護政策でもあり、シンプルに外国との自由貿易を促進しよう
という政策とは趣が異なります。

 他方、免税対象の部品が安く輸入されることで、自動車部品の国内製造は促
されず、かえって国内の裾野産業発展には足かせになるのではないかとの指摘
もあります。
 もっとも、免税を受けるには、車種・セグメントに応じて一定の生産台数を
充たすほか、排ガス基準・燃費基準もクリアする必要があり、これらを充たす
ことのできるメーカーは実際にはあまり多くないようです。

■新たな非関税障壁「政令116」:外国製車両の輸入を実質的に制限

 一方で、新たに輸入障壁を設けようとする動きもあります。2018年 1月か
ら実施されている非関税障壁「政令 116」です。
 この政令は、在ベトナムの完成車輸入業者、製造・組立業者のそれぞれに対
し、事業を営むための必要条件(事業要件)を新たに定めたものです。

<背景>
 従来ベトナムでは、様々な公的機関が、法律・政令・通達など各種の文書形
式により、各業界における事業要件を定めていました。

 しかし、2014年 11月の改正投資法に伴い、事業要件は、国会の定める法
律、政府間の条約、そして政府の定める政令(Decree)等によって定めるこ
ととされ、省庁等の下位機関は規定を制定することができなくなりました。
 これにより、従来関係省庁や地方当局が独自に示していた事業要件は 2016
年7月をもって基本的に撤廃され、政令として再整備する必要が生じました。

 なお、自動車の輸入・生産・組立は、もともと投資法で定める「条件付業
種」ではありませんでしたが、2016年 11月の法改正で、2017年 7月 1日から
「条件付業種」に加えられています。今回の政令 116 は、この条件を定める
ものです。

<問題点>
 特に、完成車輸入に対する規制では、輸入ライセンスの発行要件として「外
国政府が発行した型式適合証明書(VTA)を提出すること」や「出荷毎かつモ
デル毎に排ガス・品質検査を受けること」が定められるなど、遵守が困難また
は相当に高コストな内容となっています。

 というのも、VTA は通常、車両が国内規制に適合することを政府として証
明するものであり、外国の規制における適否を証明するものではありません。
 また、排ガス・品質検査は、従来はあるモデルの初回輸入時にのみ必要とさ
れていましたが、今回、出荷毎・モデル毎の検査が義務付けられ、この検査 1
回につき 2 か月前後のリードタイムと 1 万ドル程度のコストがかかるとも言
われています。

 本規制は事実上の非関税障壁と捉えられており、実際に、規制の導入された
2018年 1月以降、多くの外国製車両の輸入がストップしています。

 また、製造・組立業者に対する規制においては、全長 800m (直線
400m)以上のテスト走行用コースを所有・賃借することが義務付けられてい
ますが、現状これを充たす現地生産メーカーはほとんどなく、本規制に従うた
めには、大幅な設備拡充が求められることになります。
 なお、製造・組立業者に対する規制は、2019年 4月まで猶予期間が認めら
れています。

 こうしたことから、ベトナム自工会(VAMA)や日本商工会(JBAV)は、
政令116 の撤回・見直しを再三求めてきましたが、現時点で撤回には至ってお
らず、各メーカー・輸入代理店が個別に対応を試みている状況です。

<最近の状況>
 米国通商代表部は、2018年度版「貿易障壁報告書」において、政令 116 を
ベトナムにおける貿易障壁として記載しました。その中で、「米国では VTA
の代わりにメーカー独自の証明書を用いているため、米国メーカーはベトナム
向け輸出ができなくなっている」と指摘したうえで、「米国は本政令による貿
易の混乱を憂慮する」「米国の輸出者のために、ベトナム政府と協議を続け、
解決策を見出す」と述べています。

 実務にも動きがあります。ベトナム政府は 2018年に入り、タイ政府とイン
ドネシア政府が発行した VTA を承認しました。
 これに応じ、ホンダは 2月末にタイ製車両を約 2,000台輸入、3月下旬には
小売店に配車を完了しました。三菱自動車も、タイからのベトナム向け輸出を
6月にも再開予定と報じられています。
 また、トヨタは、4月 17日のインドネシア VTA 承認を受け、インドネシア
製の検査用サンプル車両を輸出することを決定しています。

 今後は、政令見直しを求める各国政府・業界団体とベトナム政府との交渉状
況とともに、政令の実務運用として、タイ・インドネシア以外の生産国が発行
する VTA の承認状況や、排ガス・品質検査の運用状況についても注視する必
要があります。

 また、完成車輸入中心の市場になると見られていたベトナムが、政令 116
などの国内メーカー優遇措置を取り始めたことを踏まえて、各メーカーがベト
ナム向け車両の生産拠点をどのように配置していくかも、今後の注目ポイント
です。

■まとめ

 以上のように、ATIGA を通じた自由貿易促進が ASEAN 域内の大きなコン
センサスではあるものの、ベトナムのように自国産業保護のために個別の対抗
策を打つケースも見られます。
 
 特にベトナムの場合、下位規定である通達や具体的な運用方法が不透明な段
階で新たな法令が公布されるため、現地に進出している外国企業が翻弄される
ということが起きています。

 こうした難しさもあるベトナム市場ですが、冒頭に述べた経済成長率や人口
増を背景に、今後も拡大が見込まれる市場です。筆者も引き続き注目していき
たいと思います。

<苦瀬 康史>