発展途上国の自動車市場と新モビリティーの普及

 筆者は現職に就くまでの約 6年、ケニア共和国のナイロビに 4年間、カンボ
ジア王国のプノンペン(ラオスのビエンチャンと兼務)に 2年間勤務しており
ました。いずれも一般的な日本人にとっては「名前ぐらいは知っているけれど、
どんな国かはもとより、どこにあるかも正確には...」という認知度の国で
はないでしょうか。
 筆者にとっても、20年近くにわたり国内外で担当したアフリカ諸国はともか
く、カンボジアへの発令を受けたときには、どんな場所なのか皆目見当が付か
ず、思い浮かんだのは「アンコール・ワット遺跡と内戦と地雷」程度で赴任す
るまでの間、不安に苛まれました。
 先進国・新興国に比べるとなじみの薄い発展途上国諸国ではありますが、自
動車市場は確実に存在し、部分的にはではありますが新しいモビリティも普及
し始めています。
 今回は筆者にとって思い入れの深い、ケニア・カンボジアの 2 カ国を通じて
発展途上国の自動車市場・新モビリティについて執筆させて頂きます。

【ケニア】

●どこにある?
 アフリカ大陸東海岸の赤道直下(北半球と南半球にまたがっており、赤道が
観光スポットのひとつになっています)、周囲をソマリア・エチオピア・南スー
ダン・ウガンダ・タンザニアの 5 カ国に囲まれています。インド洋に面した港
町モンバサは内陸国への海の玄関口として発展し、内陸の首都のナイロビはほ
ぼ赤道直下に位置しますが、標高が 1700m と高く、一年を通じて快適な気候で、
東アフリカの経済の中心地となっています。

●どんなところ?
 「野生の王国」「少年ケニア」等、野生動物=「サファリ観光」を思い浮か
べる方が多いのではないでしょうか。首都ナイロビの近郊(市内中心部から車
で 20分程度)には「ナイロビ国立公園」があり、運が良ければライオン・キリ
ン・シマウマ他の野生動物をナイロビ市内に林立する高層ビルを背景に見るこ
とができますし、国内には自然はそのままに観光地として整備された動物保護
区・国立公園が点在しています。しかしながら、経済全体の成長に比較すると、
GDP に占める観光業の割合は低下傾向、2016年の国家統計では 10% を割り込む
ところまで減少し、代わって物流・倉庫業、金融業、通信業の割合が上昇して
います。

    <主要統計データ>
    ・一人当たり名目GDP  US$1,551.71(147位/190カ国)
    ・人口               4,545万人(30位/190カ国)
    ・面積               58万平方キロメートル(日本の約1.5倍)
    ・過去10年(2007年~2016年)の平均経済成長率    5.2%/年
    (出典:IMF-World Economic Outlook Databases(2017年10月版))

●自動車市場/自動車産業
 発展途上国では正確な統計資料の入手が困難であることが担当者の悩みの種
ですが、年間の輸入台数(四輪車)は概ね 8 万台~ 10 万台、内、約 2 割が
メーカーとの契約を有する正規輸入代理店による新車の輸入、残りの 8 割が中
古車というのが業界の共通認識になっています。
 左側通行/右ハンドルで、車齢による規制(初回登録年月日より 8年未満)
はあるものの、日本の中古車がそのまま輸入できるため、ケニア国内を走る車
の 9 割は日本車と言われており、実際街で見かけるシェアもこれに準じていま
す。
 このような市場環境ですので、製造業が存在する余地はないように思えます
が、1993年まで「完成車輸入禁止」であった名残の「自動車組立工場」が 3 社
存続しており(内 1 社はいすゞ自動車が 2017年に General Motors から過半
の株式を買収して子会社化)、車齢規制の影響で日本からの中古車が流入しに
くいトラックを中心にノックダウン組立が行われ、輸入される新車の過半が小
~大型トラックのノックダウンという特異な状況を作り出しています(但し、
部品産業は完成車輸入の解禁で衰退してしまい、ローカルコンテンツはほぼ皆
無)。
 
●新モビリティ
  <自動運転>
 経済成長に伴い増加する自動車の保有台数に交通インフラの整備が追いつか
ず、渋滞問題が深刻化するというのは発展途上国で良く見られる傾向ですが、
ケニアも例外ではなく、旧宗主国の名残のラウンドアバウトが市内交通の混乱
に拍車を掛けている(交差点では「あうんの呼吸」が重要)状況下、自動運転
車の普及までには相当の時間が必要になると予想されます。
 同国における年間の交通事故による死亡者数は概ね 3 千人前後で推移してお
り、人口 10 万人当たりの交通事故による死亡者数は約 25 人、全世界でワー
スト 35 位にランク付けされており、死亡事故削減の為に段階的であっても自
動運転車の導入が期待されるところです。
(出典: National Transport & Sefety Authority: Road Safety Status
Report 2015)

  <電動化>
 2015年のケニアの電力供給量は 9,528GWh、国民一人当たりにすると 207kWh
(同年の日本の国民一人当たりの電力供給量は 8,227kWh)でした(出典: 2015
United Nations Energy Statistics Yearbook)。
 これは実生活に引き直すと、ほぼ毎日必ず停電があり、文化的な生活を行う
には自家用発電機か蓄電装置が必須という状況でした。
 日本での新車販売に占めるハイブリッド車比率の上昇に伴い、中古車として
輸入されるハイブリッド車比率が今後高まることは大いにあり得る一方で、バ
ッテリー EV の普及にあたっては時間のかかる発電・配電インフラの整備を待
つ必要があると考えられます。

  <シェアリング>
 筆者がケニアからカンボジアに異動した 2015年 4月当時、ケニアにはライド
シェアサービスは 1 社も存在していませんでしたが、今日現在、同国では Uber
をはじめとする 9 社ものライドシェアサービスがしのぎを削っています。同国
では乗客から料金を取って自動車を運行する場合、自動車は Passenger Service
Vehicle(P.S.V.) として登録されていなければならない、という規制があり、
一般のドライバーが自家用車を使ってサービスを提供することは認められてい
ませんが、筆者が駐在していた頃のタクシーは、「料金は交渉制」「電話で呼
んでも時間通りに来ない」「車はボロボロ」という有様で、他に選択肢がない
限り使わない乗り物であったのに対して、現在は外国人であっても比較的安心
して使える交通手段になったようで、IT の進化がモビリティを多様化する好例
と感じた次第です。

  <コネクテッド>
 車両の盗難、運転手による車の不正利用が頻発するケニアでは、携帯電話が
GSM 規格 (2G) の頃から、「トラッキングサービス」として普及しており、盗
難車の追跡、車両の運行管理に活用されています。

【カンボジア】

●どこにある?
 インドシナ半島の南部に位置し、西はタイ、東・南はベトナム、北はラオス
と国境を接しています。タイとベトナムに挟まれた内陸国と間違われることも
ありますが、タイ湾に面し約 400km の海岸線を持つ沿岸国です。
 首都は内陸部のプノンペン、同市内にあるメコン川を利用した河川港「プノ
ンペン港」とベトナムのホーチミン港との間にはフィーダー船が就航していま
す。

●どんなところ?
 世界遺産の「アンコール・ワットの遺跡」を思い浮かべる方が多いと思いま
す。一方で「ポル・ポト/クメール・ルージュ」「地雷」「内戦」など、ネガ
ティブな印象をお持ちの方もまだまだ多いのではないでしょうか。実際筆者も
赴任するまではそうでした。
 地雷はまだ全数が撤去されてはおらず、プノンペン市内にはポル・ポト時代
の大虐殺を人々の記憶に留めるための施設もあり、クメール・ルージュの幹部
の裁判も未だ継続していることは事実ですが、今日のプノンペンには、モニュ
メント的なものを除けば暗い過去の痕跡は残されておらず、2014年にはイオン
がショッピングモールを開業し(2018年中には 2 号店が開業予定)、市内では
オフィスビル、コンドミニアムなどの高層建設が急ピッチで進んでおり、今な
らば国・都市・人々の発展の過程を身を持って体験・観察するという貴重な機
会が得られます。

    <主要統計データ>
    ・一人当たり名目GDP    US$1,277.70(153位/190カ国)
    ・人口                 1,578万人(68位/190カ国)
    ・面積                 18.1万平方キロメートル(日本の約2分の1)
    ・過去10年(2007年~2016年)の平均経済成長率  6.6%/年
     (出典:IMF-World Economic Outlook Databases(2017年10月版))

 ポル・ポト時代の大虐殺も関係しますが、カンボジアの統計データで特筆す
べきは、若年人口比率が高く、人口ボーナス期が 2050年頃まで続くという点で、
上昇しているとはいえ、周辺国に比べると廉価な労働力と共に、カンボジアへ
の海外直接投資を呼び込む大きな要因となっています。

●自動車市場/自動車産業
 ケニア同様正確な統計資料の入手は困難ですが、概ね年間の四輪車の輸入台
数が 5 万台前後、内 10% 程度がメーカーとの契約を有する正規輸入代理店に
よる新車の輸入、残り 90% は中古車及び海外の新車ディーラーからブローカー
が仕入れる「並行輸入の新車」と言われています。
 カンボジアは右側通行/左ハンドルで、右ハンドル車は輸入禁止(車齢制限
は 2001年製以降であれば OK と、事実上ないに等しい)のため、日本からの中
古車輸出はほぼ皆無で、中古車の供給源は乗用車はアメリカ(で登録された日
本車、特にトヨタ・レクサス)、トラック・バスは韓国、並行輸入の新車は中
東の湾岸諸国というケースが大多数です。
 一方、製造の方は、車両組立工場は存在しませんが、廉価な労働力を武器に
タイプラス 1 /チャイナプラス 1 としての地位を確立しつつあり、国内各地
の経済特区に本邦のサプライヤー各社(例.デンソー、住友電装、ミネベア、
矢崎総業、等(敬称略))が進出されています。

●新モビリティ
  <自動運転>
 筆者は過去 5 か国に駐在しましたが、その中でもカンボジア人の運転マナー、
特に 125cc 以下であれば免許証が不要な二輪車の運転マナーは「最悪」と言っ
てよいレベル(幹線道路の逆走・信号無視・飛出しは日常茶飯事)。
 自動運転車を走らせても ADAS が頻繁に作動して前に進めないという事態が
予想されるため、この国での自動運転車の普及は最後の最後になると予想しま
す。
 同国における 2017年の交通事故死亡者は 1780 人(内務省の発表値)、人口
10 万人当たり約 12 人程度ですが、二輪車運転中事故による死者が大部分を占
め、ヘルメットさえ着装していれば死亡事故は免れたというケースが多いそう
で、やはり自動運転よりも先にやることがあるのではという印象を筆者は抱い
ています。

  <電動化>
 2015年のカンボジアの電力供給量は 5,923GWh (内輸入が 1,526GWh)、国民
一人当たりにすると 380kWh でした(出典: 2015 United Nations Energy
Statistics Yearbook)。
 カンボジアの電力供給は独立電力生産者(IPP)が発電を開始したことで、こ
こ数年で劇的に改善されていますが、未だに周辺諸国に比べて割高(US$0.18/kWh、
周辺国の概ね 1.5~ 2 倍の水準)かつ不安定な電力供給が海外直接投資を躊躇
させる一因となっているとされていることから、当面の間は製造業への供給が
優先され、バッテリー EV の普及までには相当の時間を要するものと予想され
ます。
 やはりここでも、当面の間、電動化の主役は中古車として輸入されるハイブ
リッド車となるでしょう。

  <シェアリング>
 2017年 5月にプノンペンを離任した際、筆者のスマートフォンには当時営業
を行っていた 3 社の(いずれも地元企業)ライドシェアサービス業者のアプリ
がインストールされ、便利に活用していましたが、帰国後 9 ヶ月を経て改めて
調べてみたところ、Uber、Grab の大手を含め、奇しくもケニアと同数の 9 社
が人口 1500 万人強の国でしのぎを削るライドシェア戦国時代に突入していま
した。
 筆者が赴任した 2015年 4月当時、カンボジアではタクシー自体がまだ珍しい
存在で、街を流しているタクシーは皆無、電話で呼ぶにはカンボジア語が必須、
首尾よく予約ができても時間通りに来ないと、大変使いにくい乗り物でしたが、
IT の進化のおかげでわずか 3年でユーザーにとって使い勝手の良いモビリティ
に進化したようです。

<コネクテッド>
 従来からのトラッキングサービスに加え、自動車向け IoT を手掛ける日系の
Global Mobility Service 社が、イオン系の Aeon Specialized Bank (Cambodia)
と協業で、「自動車ローンの支払いが遅れるとエンジンが掛からなくなる仕組
み」をローン対象車に組込み、与信審査を簡素化し、低所得者でも組みやすい
ローン商品を開発したとの発表がありました。
 ローン返済額が軽くなるわけではありませんが、以前であれば門前払いされ
ていた顧客層がローンを組めるようになることは、生活水準を底上げするチャ
ンスを掴むことであり、貧困層に這い上がるチャンスを与える新モビリティサー
ビスの今後に期待したいと思います。

【まとめ】
 以上、ケニアとカンボジアの 2 か国の例を取ってみましたが、大規模なイン
フラ整備が必要となる、自動運転・電動化はハードルが高い一方、既存の通信
インフラ(3G/4G)で実現可能なシェアリングやコネクテッドの分野は発展途上
国でも普及が進んでいることがお判り頂けたかと存じます。実は今回改めて調
べてみて筆者もあまりの進化の速さに大変驚きました。

 先進諸国が自動運転・電動化の推進をに繋がるインフラ開発を ODA や PPP
の手法でサポートすることも合わせて期待したいと思います。

<川浦 秀之>