自動運転の社会受容性を高めるために何が必要だろうか?

 

今回は「自動運転の社会受容性を高めるために何が必要だろうか?」と題し
て、2月 21日配信のメールマガジンにおいてご回答をお願いしたアンケートの
結果を踏まえてのレポートです。

( https://www.sc-abeam.com/sc/?p=7876  )

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 今回は2月配信のメールマガジンで、「自動運転の社会受容性を高めるため
に何が必要だろうか?」と題してご回答をお願いしたアンケート結果を踏まえ
てのレポートです。
 長い間、自動車の究極の夢といわれてきた自動運転(または自動走行システ
ム)が現実のものとなりつつあります。運転操作の一部または全部を機械(車)
が行う自動運転は、一般に人間よりも安全で円滑な運転が可能なことから、交
通事故の削減、交通渋滞の緩和、環境負荷の低減など、従来の道路交通社会の
課題を解決することが期待されています。もちろん、ドライバーの運転負荷も
軽減されます。そのため、自動運転は世界で注目されています。

 しかし、過去 100年以上、車は人間(ドライバー)が運転するもので、道路
インフラや交通規則もそれを前提につくられていることから、自動運転が実際
に社会で認知され、普及してゆくには、それなりの時間がかかるでしょう。そ
のやり方が適切でなければ、そもそも社会に受け入れられるのが難しくなるこ
ともあり得ます。そのような問題意識を持って今回はアンケートの質問をさせ
ていただきました。
 では早速、アンケート結果から見てみましょう。
【設問】自動運転の社会受容性を高めるために何が必要だろうか?

【ワンクリックアンケートの結果】
1.教育や啓発、広報活動             57%
2.試乗の機会                 8%
3.公道等での実証実験             7%
4.交通事故時の法的な責任体系の確立       16%
5.価格面での優遇              5%
6.その他                  7%

【試乗の機会】
 皆さんは自動運転機能を持った車に乗られたことはあるでしょうか?私は今
回、日産グローバル本社を訪ね、「ProPilot (プロパイロット)」搭載の新型
「セレナ」を試乗させていただきました。ProPilot をオンにして高速道路に入
ると、アダプティブクルーズコントロールとレーンキープサポートが始動し、
あらかじめ設定した速度(例えば時速80 km)で、同一車線上での自動走行が
始まります。前方に車が現れると、その車と一定の車間距離(あらかじめセッ
トされた)を保って走行し、直線道路はもちろん、カーブでも車線の中央を維
持して走ります。手はハンドルに軽く添えるだけでよく(ただしハンドルから
手を離すのは禁止です)、両足はアクセル、ブレーキいずれのペダルからも離
していられ、とても楽です。昨年8月の発売以来、メディアでも多く取り上げ
られていたので、セレナの自動運転機能について知識としては知っていました
が、実際に試乗させていただいて、「なるほどこれがセレナの ProPilot か」
と実感しました。

 私はまたメルセデス・ベンツの販売店を訪ね、C クラスの自動運転機能「レー
ダーセーフティ」を試乗体験させていただきました。アダプティブクルーズコ
ントロールとレーンキープサポートはセレナと同様ですが、印象的だったのは、
ウィンカー指示を出すと、車が隣車線の車の走行状況を見て、安全を確認した
上で、自動で車線変更する機能です。

 実際の試乗体験を通じて、自動運転の社会受容性を高める観点からは、試乗
するのが一番効果的かもしれないと思いました。

 アンケート結果では、「試乗の機会」は8%と低い結果でした。ただこれは
「一つだけ選んでください」という設問の制限によるためかもしれません。い
ただいたコメントにも、「試乗により体験することは非常に重要」、「触れる
機会は重要、おそらく最初は怖いはず。また厳格な安全性の提示も必要」など
があり、試乗を積極的に評価しようという意見と拝見しました。

 尚、日産の「ProPilot」とメルセデス・ベンツの「レーダーセーフティ」で
すが、一般にはいずれも「レベル2」の自動運転機能とされています。加速、
減速、操舵のうち二つ以上の機能を人に代わって車が行うことができる、ただ
し運転の責任は常に人にあるというレベルです。

【交通事故時の法的な責任体系の確立】
 セレナや C クラス等、レベル2の自動運転機能は今後、より多くの車種に採
用されて行くでしょう。その先には、車(システム)が運転操作に責任を持つ
レベル 3 (緊急時には人が運転操作するがそれ以外は車が運転操作する)があ
ります。さらに緊急時でも人に運転を戻すことなく、車が責任を持って自動運
転する「完全自動運転」と呼ばれるレベル4以上があります。これらのレベル
では、万一、交通事故が起きた場合の責任は、システム設計の側に課せられる
可能性が指摘されていますが、万一自動運転走行中に交通事故が起きたときの
法的責任の所在については明確な指針が求められます。事故が起こり、裁判と
なって、ようやく判決が出るまで責任の所在が分からないということでは、誰
も怖くて自動運転車に乗れないからです。

 アンケートでも全体の16%の方がこれを選び、比較的高い結果でした。コ
メントも沢山寄せられました。「安心・安全のためにも法的な担保は必要不可
欠」、「重要な環境整備の一つと思う」、「自動運転の嬉しさは誰にでも直ぐ
に理解されると思われるので、心配事の解消こそが社会に受容されるためのキー
ポイント」などです。社会受容性の観点から、避けて通れない重要な関門と言
えそうです。

 ここで注目される取り組みに、市民に開かれた模擬裁判があると思います。
政府の専門機関や大学等の研究所では現在、自動運転に関する法律問題につい
て研究が進められています。少し前に、明治大学法科大学院による自動運転に
係わる模擬裁判を見学させていただく機会がありました。平成 30年代のある日
という想定で、「山間部の国道(完全自動運転可能指定道路)を完全自動運転
車で走行中、霧が出て雨も降り出し視界が悪くなったが、道路がカーブしたと
ころで、急に前方道路上に陥没が現れた。自動運転車は陥没を避けきれず、右
前輪を陥没に取られ、そのままスリップして反対車線のガードに衝突。乗車し
ていた人(原告)は窓ガラスに頭部を強打」という事案でした。先生方や大学
院生の皆さんが原告、被告、弁護士、鑑定人などそれぞれの役を受け持って登
場され、模擬裁判を行い、最後に裁判官が判決文を例示するという内容でした。

 このような模擬裁判という形で、専門家の方々が一般市民に、自動運転に係
わる法的責任についての考え方を示し、質疑応答して皆で検討することは、自
動運転という新しい仕組みを世の中に導入する上で、大事な試みと思いました。
このような取り組みを踏まえて、関係政府機関等が、自動運転に係わる法的責
任に関して指針やガイドラインを作成し、提示していくことは、必須の条件と
言えるかもしれません。

【教育や啓発、広報活動】
 「教育や啓発、広報活動」を選ばれた方が一番多く、過半数(57%)とい
う結果でした。いただいたコメントには、「(自動運転に関する)種々雑多な
ニュースが氾濫している。基本ペースの広報をもっと充実しないと(いけない
)」、「責任の所在、習熟度も含め、啓発、広報を行い、正しい理解を得るこ
とが重要。現在は技術のみに偏重した広報が多い」などがありました。

 自動運転は、従来の自動車技術だけでは実現できないと言われます。信号、
標識、車線等の正確な位置を記載した電子地図や、通信やクラウドサービス・
ビッグデータなどの ICT (情報通信技術)も必要とされます。最近では AI
(人工知能)技術も必須と言われています。さまざまな高度技術を総動員して
現実可能となる自動運転ですが、それゆえに、技術開発を中心とした広報や報
道が目立つのが現状です。今後は利用する側に立った教育や啓発・広報を充実
して行くことが益々重要になると思います。自動運転は利用者や社会にどんな
利益や効用をもたらし、安全や安心はどう担保され、万一事故が起きたときの
責任はどうなるのか、どういう技術が自動運転を可能にしているのかなど、基
本的な事項を出来るだけわかりやすく、正しく伝えることが求められます。

 具体的にはどんな取り組みが必要でしょうか?例えば、自動車免許取得に際
して、自動運転車を将来、運転する予定がある人等を対象に、自動運転に関す
る講義の聴講を義務化することなどが考えられます。

 最近では、自動車メーカーなどが HP で動画を使って自動運転についてわか
りやすく説明していますが、これも利用者の啓発に大きな効果があると思いま
す。ただ、この場合は、どうしても企業の PR としての意味も含まれて来るの
で、中立・公平な観点から、公的機関等による教育や広報の取り組みが求めら
れます。

【公道等での実証実験】
 公道等での実証実験は7%で第4位という結果でした。これもまた社会受容
性を高める上でも非常に重要な取り組みと思います。

 自動運転の現在のブームは、米国 Google が自動運転車を公道でテスト走行
させて発表したことが一つの重要な契機だったと言われます。Google は早い段
階で何台もの自動運転車をシリコンバレーで走らせたため、市街地などでよく
見かけられたそうです。Google はテスト走行により、様々な運転環境や交通パ
ターン、道路状況などのデータを収集しているわけですが、一方において、市
民が自分たちの暮らす地域で日常的に Google の自動運転車を見かけることで、
市民の興味と関心は高まったはずです。さらに Google はテスト走行の進捗状
況をホームページで紹介し、その中にはテスト走行で実際に起きた交通事故の
報告も含まれていると言います。こうした取り組みを通じて、Google は自動運
転に対する市民や州政府の理解や期待感を醸成して行ったのだと思います。

 日本でも今後、自動運転車の公道における実証実験が一層、加速して行くこ
とが見込まれています。例えば東京都は、国家戦略特区制度を利用して、羽田
空港周辺地域等で今後、レベル4(人が運転に全く関与しない自動運転)を見
据えた最先端の自動走行の実証実験に取り組む意向を発表しています。2020年
東京オリンピック・パラリンピック競技大会で国内外から集まる観客の移動手
段として実用化することを目指すということなので、自動運転の社会受容性を
高めつつ、実用化に向けて動き出すプロジェクトになることでしょう。

【価格面での優遇】
 価格面での優遇は5%という結果でした。コメントには、「高額であれば受
容できる人は限られてくるので、やはりコスト(が大事)なのかなと思う」、
「交通事故の原因はヒューマンエラーによるところが多い。自動運転にするこ
とで交通事故が減少するので、今まで事故処理に要していた公的費用や損害保
険費用等を原資にして自動運転車購入の補助金にする」等がありました。

 日産セレナは、ProPilot 機能を付けると約 20 万円のコストアップになるそ
うです。さほど高いということはないでしょう。しかし、レベル3以上の自動
運転車では、より高度な部品やプログラムが搭載されることから、今後は高額
化が見込まれます。価格が高くなれば、いくらすばらしい自動運転車といえど
も、誰もが購入できるというわけにはゆきません。

 そこで思い当たるのがエコカー減税という優遇制度です。排出ガスと燃費の
基準値をクリアした環境性能に優れた車に適用され、新車を購入したときにか
かる「自動車取得税」と、適用新規検査の際に納付する「自動車重量税」など
価格面で優遇されます。これは日本の CO2 排出量の約 2 割を運輸部門が占め
ることから、温暖化対策の観点から導入された措置です。

 自動運転の目標は、交通事故の削減、高齢者などの交通弱者に対するモビリ
ティの提供、交通渋滞の緩和や環境負荷の低減等ですが、人の福祉を増進しよ
り安全安心な社会構築に貢献する点を評価して、エコカー減税と類似の価格面
における優遇措置導入を検討することももしかすると可能なのかもしれません。

【最後に】
 今回のアンケートについて、何人もの方に個別にご意見を伺いました。その
中で、自動運転の社会受容性にも関連して、次のようなご意見がありました:
「自動運転は現在、レベル2の状況にある。将来的にはレベル4とかレベル5
などの、いわゆる完全自動運転が実現するだろう。自動運転車の社会受容性を
高めることは大事だが、より重要なことは、インフラをふくめ、今ある交通や
モビリティに係わる社会を今後どうしてゆくかについて、皆で議論して、ビジ
ョンを作ることだと思う。インフラの再構築には、税金も使う必要があるので、
どのような新しい社会を構築し、その中で自動運転をどのように活用すればよ
いかについて、今、皆でよく議論して、合意形成しておくことが大事だろう。」

 大変含蓄のあるお話と感じましたので、ご紹介し、まとめとさせていただき
ます。

<薄井 徹太郎>