日本の素形材産業の先進性と将来戦略

◆車両軽量化 住金が新技術 / 炭素繊維 東レ、低コスト量産

 鉄鋼、化学大手が自動車の大幅な軽量化につながる素材を相次ぎ実用化する。
 -中略- 先進技術の国内集積が進めば、日本車の国際競争力強化につなが
 りそうだ。

                  <2011年 09月 25日 日本経済新聞朝刊>

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【日本の素形材産業】

  自動車産業はこれまでピラミッド構造に例えられることが多かった。しかし、
その基盤を支える素形材領域は想像以上に集約が進んでおり、業界が樽形構造
に変化している様子が震災によるサプライチェーンの分断で明らかになった。

 これはバブル崩壊以降、素形材産業が生き残りをかけコア領域と新規開拓領
域を合理的に絞り込み大胆かつ戦略的に投資を押し進めきた結果、業界の集約
化が進行したということかと思う。

 こういった活動を通して、軽量化、省エネ化をキーワードとした多くの先新
技術が生み出され実用化に至っている。特に日系企業の進捗には目を見張るも
のがある。
 
【軽量化に貢献する素形材技術】

 上記記事では軽量化に貢献する「高強度鋼管」や「高張力鋼板」、「炭素繊
維」、「ポリカーボネート樹脂」、「PPS 樹脂」を紹介している。

 だが、注目されている技術はこれに留まらない。樹脂シートなどを強化する
「ガラス繊維」、内外装部品に使われる「PP コンパウンド」や「ABS 樹脂」、
鋼板を補強する「エポキシ樹脂」なども挙げられよう。また、鋳鍛造等の金属
塑性加工の領域や低燃費タイヤに代表されるゴム成型の領域でも新しい技術の
実用化が進んでいる。 

 淡々と列挙したが、それぞれが世界に通じる研ぎ澄まされた一級の技術であ
る。ものづくりで日本と双璧をなすドイツのダイムラーや BMW が炭素繊維で東
レや三菱レイヨンと提携している事例からも日系メーカーの実力の高さを推し
量ることができよう。 
 
【EV・HEV化・高燃費エンジンに貢献する素形材技術】

 また EV や HEV などの省エネ化に貢献する技術でも日本の素形材産業が主役
を張っている。

 リチウムイオン電池に必要とされる材料は日系メーカーのものが大部分をし
める。マンガン、ニッケル、三元系などの「正極材」、黒鉛系、石油ピッチ系
の「負極材」、アルミや銅箔、電解質やセパレーター、専用の接着材や導電助
材など、外国の電池メーカーにとってもリチウムイオン電池の信頼性を高める
ためには日系材料メーカーの英知が不可欠とされる。

 電池だけではない、駆動用モーターに使われる「高強度磁石」や「高電圧ケー
ブル」、「電磁鋼板」等の材料でも日本の技術が重要な役割を演じていること
が知られている。
 

【省エネ化に貢献する機械加工技術】

 日本の機械加工技術も健在である。

 現在世界でトップシェアを占める技術では、例えばピストンリングがある。

 ピストンは真円ではない。ピストンピンのボス方向で大きくなる熱膨張を補
正する意味もあって僅かな楕円となっている。また上面部分の熱膨張も考慮し
て高さ方向は樽形だ。加えてピストンの三次元プロフィールは各々のエンジン
の個性で異なってくるという。そこにフィットさせるピストンリングの量産に
は大変なノウハウを要することになろう。更に、近年はより薄いリングが求め
られる一方で信頼性の向上も要求されるというから難易度は高まる一方である。
 
 こういったピストンリング「だからこそ」かもしれないが、その専用加工機
をオーダーメードで製造している日本のある中小メーカーは実に 60 %超の世
界シェアを持つという。

 最近目を見張るような高燃費のエンジンが市場投入されているが、背後には
こうした日本の卓越した技術基盤が支えになっているのかもしれない。

 「環境関連」の加工技術に絞っても、他に、EV 用駆動モーターに使われるコ
ア(電磁鋼板)やディーゼルエンジンに使われるコモンレール用タペットの加
工技術など、日本には世界トップクラスの技術が数多く存在する。

 また、過酷な条件で使われる弁バネ用素材でも日系企業が世界のマジョリテ
ィを占めることが知られている。弁バネは 1g 軽くなると 燃費が 0.2 %向上
するとの試算もあり、より軽くて強い素材の研究が続いているという。
 事程左様に日本には革新的且つ多様で信頼性の高い素形材関連技術が集まっ
ている。産業の基盤を支える素形材産業が高度に成長するには長い年月を要す
るとされる。これだけ恵まれた開発環境は他国では期待できないのではないか。

 こうしてみると海外メーカーにとっても次世代自動車の開発拠点を日本に構
える意義は大きいように思う。

 世界に於ける日本の実力と立ち位置を冷静に見直すことで、空洞化を嘆くば
かりの最近の風潮に変化が出てくる余地はないだろうか、と思う。

 ただし、ビジネストータルで見た時、技術開発だけ整えば十分ということは
あり得ない。確り掌握しなければならないのは言うまでもなく「市場」であろ
う。
 
【日清紡 TMD買収】

 「日清紡ホールディングスは 26日、自動車ブレーキに使う摩擦材で世界 2
位の TMD (ルクセンブルク)を買収すると発表した。-中略- 摩擦材で世界
4 位の日清紡は、買収により首位に立つ(9月 27日付日経)」 という。

 今回の買収は規模のメリットもあるが、何より欧州客先の嗜好を本体に取り
込むことができる効能が大きいように思う。  

 日本人は音に神経質で一般的にブレーキ鳴きの少ない摩擦材が好まれるとい
う。一方で、欧州車とりわけドイツ車では事情がまるで違うとされる。多少の
音よりもブレーキの効きを重視するという。速度無制限区間のあるアウトバー
ン走行で強くブレーキを踏むこともある運転環境がそういった傾向を生んでい
るのかもしれない。

 欧州車は「走る」「曲がる」「止まる」の基本動作で個性を表現する傾向が
強いように思う。差別化のため、ブランドや車種によってもブレーキの味付け
に工夫を凝らしているようだ。

 各社がどういったブレーキに仕上げたいかといった本音の部分は、OEM との
長年の付き合いから醸成される信頼関係があって初めてやりとりされるもので
あろう。日清紡では今回の買収で現地化が進み、客先(=市場)の要望をこれ
まで以上に鮮明に吸収できる環境を整えることになろう。

 ニーズが分かれば日系メーカーにとってはしめたものである。お得意の開発
能力でこれまで以上に客先要求のスイートスポットに近い摩擦材が提供される
に違いない。

 欧州車はロシアや南米でマーケットをリードしている。欧州客先からのニー
ズの取り込みは新興市場対策にも応用されるものと想像する。
 
【日系メーカーへの期待】

 下記は 2009年に電通が新興市場 14 都市(※)で行ったアンケートの抜粋で
ある。

                <各国製品に対するイメージの総合評価>

       日本製品   米国製品   欧州製品  中国製品   韓国製品 
「高品質な」 70.0pt     41.7pt     46.9pt   17.9pt     26.7pt

 (※14 都市:北京、上海、香港、台北、ソウル、シンガポール、バンコク、
ジャカルタ、クアラルンプール、メトロマニラ、ホーチミンシティ、デリー、
ムンバイ、モスクワ) 
       
  上記の通り、「高品質」に対する日本への期待は他国を圧倒している。購買
力の高くない新興国でも日本への期待は品質の高さである。

 問題はその「高品質」の意味がどの程度の品質を指すのか、その「高品質」
の価値は見合いの価格内に納まっているか、ということかと思う。各市場で異
なる多様な声を直に聴取し、将来に活かす手順を整えたいものである。

 
【素形材産業のグローバル化】
 
 かつて限られた国の一部のメーカーしかハイテン材を供給できなかった時代
に日本では海外の顧客には輸出で対応すればよい、といった雰囲気があったと
される。

 この時、海外のニーズに応えるために積極的にグローバル化を押し進めてい
れば、資源メジャーとの関係も含め日系鉄鋼メーカーの世界における位置づけ
は変わっていたかもしれない。

 今になって考えれば、グローバル化は為替対策や空洞化対策とは違った次元
で必要な対策だったように思える。

 また、日本の客先の一部には実績の少ない革新技術の採用に躊躇するところ
がある一方で、採用に積極的な海外客先もあるという。

 ユーザーの動向をタイムリーに掴み、提案型ビジネスをしかけ、将来のビジ
ネス基盤を固めていくためにも今後一層素形材産業の戦略的なグローバル化が
進んでいくように思う。

<櫻木 徹>