「蓄積型プローブ」に見る、新たな需要の開拓方法

◆パイオニア、カーナビ向けに駐車場入口情報を含む
施設データの Web 配信開始』

「カロッツェリア・サイバーナビ」向けに、今年の6月に開始した「スマートループ構想」を具現化した「蓄積型プローブ」で収集した施設データのWeb配信を開始。参加者は、Webページから所望の施設データをパソコンにダウンロードし、「ナビスタジオVER.2」を利用して、サイバーナビに取り込んで活用することができる。今回の配信データはサービス開始から9/25時点まで(約4ヶ月間)に蓄積した走行履歴データ約80万km、登録地点データ延べ6万5000地点、検索履歴データ延べ24万地点など。

<2006年10月02日号掲載記事>

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【プローブカーとは?】

ご存知の方も多いと思うが、いわゆる ITS 社会が実現する将来のクルマ社会のテレマティクス技術の一つとして、「プローブカー」というシステムがある。走行中の多数のクルマをネットワークでつなぎ、そこから吸い上げた情報を収集・統合・解析して、より高度な情報を提供するというものである。例えば、ワイパーの動作状況を集めることで、どこの地域で雨が降っているのか、詳細に、かつリアルタイムで提供することが可能になる、というようなものである。

このプローブカーのもたらす情報の中で、最も注目を集めている利用用途が、リアルタイムに提供可能な渋滞情報である。現在、主要幹線については VICS (カーナビ用に渋滞情報を提供するシステム)による情報提供が受けられるが、こうした渋滞状況をインフラ側から検知する装置を全国の道路にくまなく普及するには莫大な費用と時間がかかる。しかし、こうしたクルマ自体が渋滞情報のセンサになる仕組みを構築できれば、より詳細かつ高精度な渋滞情報を安価に得られることができると考えられている。

近年、自動車メーカー各社は、政府と共同でこうしたシステムの実現に向けて、各地で実証実験を進めてきた。日産は、今月から神奈川県で日産車ユーザーを対象に大規模の実証実験を行うことを発表している。

こうした中、これまで最も積極的に取り組んできたのがホンダである。同社のテレマティクスサービス「インタープレミアムクラブ」において、独自の渋滞情報を提供している。同社の会員は現在 20 万人以上と言われており、その会員から走行状態を収集し、車線毎の渋滞情報や抜け道情報など、既存の VICSでは得られないような高度な情報を会員に提供している。

【現在のプローブカーの課題】

プローブカーの利便性は、市場への普及が増すに連れて、加速度的に高まると考えられている。普及台数が拡大すれば、その情報の質・量が向上すると同時に、システム自体もより多くの台数でコスト負担することになるため、利用料自体も下げられるであろう。現在以上に普及が進めば、渋滞情報等以外のコンテンツの実用化も進むと見られ、その利便性は更に高まるであろう。

現在、その普及に向けての最大の障壁は、費用対効果だと言われている。各社が実証実験でデータを蓄積しているのも、どれくらいの台数からどの程度の頻度で情報を収集すれば充分な品質・量の情報を提供できるか、実用化のために見極め、機能とコストのバランスを見出すことが、その大きな目的の一つであろう。

通信頻度を増やせばデータ量は増加し、情報の質・量は拡大するが、通信コストやサーバ等設備投資も増加する。通信手段としても、現在主流の携帯電話に頼る限り、その通信コストは大きな負担となり、テレマティクス関連サービス普及に際し、大きな障害となっている。ユーザーの携帯電話を接続する前提で設計するにしても、専用の通信端末を搭載するにしても、現状の通信費用相場からはサービス料金自体を大きく低下させるのは難しいであろう。

【通信コストという壁】

携帯電話等の通信費用は年々低下している。国内の携帯電話市場自体、1 人1台以上普及している今、これ以上の通話用の携帯電話の市場拡大はなかなか期待しにくい。よって、これからのターゲットは、クルマをはじめとする機械等の監視・制御・管理等の新市場の具現化を期待していると考える。しかし、新たな需要を開拓し、多少コストが下がったとしても、通話用途以上の大きな需要を見込むのは難しく、国内の全保有車両に普及するレベルに達しない限り、抜本的に下げることは難しいのではないかと想像する。

一方、他の通信手段という可能性も出てくるであろう。ETC で普及が進んだDSRC や、PC 用で普及が進んでいる公衆無線 LAN の活用なども考えられる。IP携帯電話も登場してくるかもしれない。しかし、現時点では、いつ頃クルマにおける双方向通信の情報手段として利用可能になるものか見えにくく、こうしたインフラが普及すれば活用するサービスが増えることは予想されるものの、特定のサービスのために普及を考えてもなかなか採算的に見合うものになるか難しい。

こうしたことを考慮していくと、他のテレマティクスサービスも含め、新車価格にこうした利用料金を含めてしまうなど、課金方法を工夫し、ユーザーに利用料金が見え難い形にすることが現時点での最良の策なのかもしれない。

【リアルタイムの必要性】

だが、この手のサービスは、本当にリアルタイム性が必要条件なのであろうか。リアルタイムに情報が取得可能であれば利便性は高いことは間違いなかろう。一方で、前述のような通信コストの問題が発生するため、利便性だけ追求してしまうと利用料金も高いものとなりがちであり、結果としてその利用料金を払うだけの価値を見出す人しか使わないものになってしまう。

インターネットや携帯電話がこれだけ普及し、運転中以外であれば、いくらでも無料で情報取得が可能な現代社会においては、追加でお金を払ってでも、本当に今すぐ情報が見たいという需要と、今じゃなくてもいいが、無料で適度に情報が更新できれば良いという需要が混在しているのではなかろうか。

どうしても運転中にリアルタイムで情報が欲しいユーザーには、これらのテレマティクス情報を提供することが有効であろうが、そうでないユーザーには、コストをかけてリアルタイム性を追求するよりも、ネット等を介して情報の開示は行うものの、その取得自体はユーザーに任せる形の方が自然と考えられる。

【「蓄積型プローブ」という考え方】

こうしたことを考えると、パイオニアが提供するサービスは、まさにより高度な情報は求めるもののリアルタイム性はそこまで追求しないという需要に答える、20 万円以上の同社のハイスペックカーナビの購入者の需要レベルにマッチした等身大にサービスでないかと考える。

パイオニアは、今年 5月発表した新型カーナビに、走行履歴等の情報をユーザーから集め、蓄積した情報を高度化してユーザーに還元する「蓄積型プローブ」という機能を搭載している。ユーザーは、より高度な渋滞予測データや駐車場入り口位置の情報、施設情報等を入手できるという。

車両の走行履歴をカーナビに内蔵された取り外し可能なハードディスクドライブ(HDD)ユニットに蓄積し、リビングキットという家庭の PC との接続キットを用いて、インターネットを介してパイオニアのサーバと接続することで、ユーザーは好きなときに情報を更新できるというものである。この情報更新を行う際に、サーバ側では走行履歴情報を吸い上げ、収集した情報を解析・統計処理した上で、サーバ側から提供できる仕組みとなっている。

【新たな需要を開拓するために】

パイオニア自身も、こうしたバッチ処理のプローブシステムに留まるつもりはなく、将来的にはリアルタイムの情報提供も視野に入れているという。しかし、最初からリアルタイムの情報提供を押し付け、そのための費用をユーザーに課金するというよりも、バッチ処理とはいえ無料で情報提供を行いながらユーザーを囲い込み、さらに高度な情報を求め、リアルタイム性を追求したくなったユーザーにそうしたリアルタイムサービスを提供していくという考え方は、多様化が進む現在のユーザーへの提案としてバランスが取れたものではなかろうか。

コストが下がらないと普及しないし、普及しないとコストが下がらない。こうした鶏卵な議論をしていても、何も新しい事業は始められない。一方で、技術的に可能だからといって、需要を明確に捉えないままに誰にでも最高水準のサービスを提供し、そのコストを課金しても、中長期的にユーザーの心をつかめるかは疑問である。

こうした新しいサービスの普及を考える上で、利便性を感じてくれるユーザーを少しでも増やすように、そうした初期ユーザーの費用負担を最小限に留める手法の有効性は高いのではなかろうか。IT 業界においては、ブロードバンド時代の普及を見据え、赤字覚悟でルーターを街角で配った会社もあったが、そこまでの覚悟がいるかどうかは別にしても、そうしたユーザー側の導入コストに対する配慮がサービスの初期段階では重要となるのではなかろうか。

<本條 聡>