無線充電技術が実現する新たなクルマ社会

◆京都大など、電波の空き周波数で電気自動車用の無線充電装置など開発へ
総務省の特区指定を受ける見通しの「京都ユビキタスミュージアム特区構想」

<2008年01月06日号掲載記事>

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【活性化し始めた産官学連携】

地方自治体・行政、民間企業、大学・研究機関が連携して取り組む産官学連携であるが、近年、こうした取り組みが全国各地で進められているというニュースを聞く機会が増えてきた。行政・地方自治体の制度・体制面での充実化により、大学・研究機関や民間企業との距離感も縮まり、産官学連携という形で新技術の開発を進めるという流れは、着実に広まりつつあると感じている。

自動車業界においても、産官学連携による実証実験等が進められてきているが、これまで、自動車技術に関する実証実験というと、愛知や神奈川での取り組みが目立ってきた。大手自動車メーカーのお膝元であることにより、メーカー自身が主体的に取り組んできたものも少なくないと思う。

自動車そのものの技術となると、どうしても民間企業である自動車メーカーを中心に進めていくことにならざるを得ない部分はあるが、移動手段、社会インフラとして自動車の成長を考えていく上では、より広い範囲で連携して、既存の自動車業界だけではできないものに取り組むことが不可欠であろう。

今回、関西文化学術研究都市(通称けいはんな学研都市)が立ち上げた計画のように、自動車メーカーの影響力の強い地域でなくても、自動車の次世代技術をテーマにした社会実験が取り組まれるケースが増えてこれば、自動車業界の更なる活性化につながるはずである。

【「ユビキタス特区」計画】

ところで、今回の計画であるが、「ユビキタス特区」として、世界最先端の情報通信技術サービスを確立するための研究ということになっており、電波の空き周波数帯を使って、映画フィルムを使ったコンテンツ配信や地域防災情報システムの構築、インターネット仮想空間の活用などのプロジェクトが計画されているという。

電波の空き周波数帯というと、自動車業界に関係するところでは、テレマティクスシステムを想像してしまう。今回の計画にも、そうしたテレマティクスに関わる内容が盛り込まれているかもしれない。が、それ以上に注目したいのは、電気自動車用の無線充電システム開発が計画されているということである。

今回のコラムでは、この電気自動車と無線充電システムについて考えてみたいと思う。

【EVが抱える課題】

自動車業界が将来的に成長していくために、今や環境問題というテーマは避けては通れないものになっていることは今更言うまでもないところである。このテーマへの回答として自動車メーカー各社が昨今取り組んでいるハイブリッド電気自動車(HEV)、電気自動車(EV)、燃料電池自動車等の次世代パワートレイン技術において、共通の技術課題となっているものの一つに二次電池が挙げられる。

二次電池は、エネルギーを電気的に貯めこみ、効果的使うために不可欠な存在であり、現在主流となっているニッケル水素電池、そしてその次を担うと期待されるリチウムイオン電池の開発に、自動車メーカーや電機メーカー各社は、注力している。エネルギー密度が高く、寿命が長く、価格も安く、安全性も高いものが実現されれば、HEV や EV が更に普及することは間違いないだろう。

市場としては、既存のガソリンエンジンの乗用車と同様に使え、それ以上の燃費性能を実現する HEV に注目が集まっている。最近では、家庭等の充電も活用することで、さらにエネルギー効率を高め、CO2 排出量も少なくなるプラグインハイブリッド技術の開発も進められており、近い将来市場投入されることが予想される。

しかし、家庭等の充電を活用することで環境に優しくなるのであれば、HEV のようにエンジン系の動力源を持たず、シンプルな構造で軽量化できる EV の方が魅力的にも思えてくる。しかし、EV では、消費者のニーズを全てカバーすること、つまりガソリンエンジンの乗用車の代替品としてそっくり置き換えることが、現在の技術ではまだ難しいのである。

その最大の課題が、航続距離である。現在、富士重工や三菱自工が試験的に販売している電気自動車の航続距離は 100~ 200km 程度であり、既存の二次電池の性能では、400km 以上という既存のコンパクトクラスのガソリンエンジン乗用車の航続距離には到底及ばない。正確には、それだけのバッテリを搭載すると、高価になってしまうし、車重も重くなってしまう。したがって、現在 EVの導入は部分的に進めながら、更なる性能向上に向けて開発を進めている、というのが現状である。

【無線充電技術の開発】

そこで注目したいのが、今回の無線充電技術である。二次電池の開発は各社が進めており、今後も性能向上が期待できるが、基本構造面での画期的な進化がなければ、今の電池性能の十倍、百倍といった飛躍的な性能向上を期待するのは、非現実的なのかもしれない。
そこで、無線充電技術である。伝達効率が高く、急速充電も可能な無線充電技術が実用化されれば、電気自動車の利便性は大きく改善し、現在の航続距離レベルであっても、利用用途は確実に拡大すると考えられる。

今回の「ユビキタス特区」プロジェクトにも参画している京都大学は、数年前から EV 用の無線充電技術の開発を進めている。2006年からは新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の支援事業として、三菱自工や三菱重工などとともに開発を進めており、昨年三菱自工が東京モーターショーにて発表した EV「i MiEV SPORT」には、マイクロ波をしようして給電する技術が搭載されているという。この給電装置が設置された駐車場に EV を駐車すると、マイクロ波によって車両底面の受電装置に電気が送り込まれ、車両に搭載されているリチウムイオン電池が充電されるという。将来的には、送電効率を 90 %まで高めるための研究を推進するという。

【無線充電技術が実現する新たなクルマ社会】

この技術が実現するのは、単に給電用のコードを接続する手間を省くというだけのものではないはずである。

世の中のほとんどの駐車場が屋外であることを考えると、こうした無線充電技術と ID 管理を組み合わせることで、特定のクルマを充電することも可能になるはずである。今や街中のいたるところに普及しつつある無線 LAN のように、場所を選ばず、料金を払った人にだけ給電ということも可能になるかもしれな
い。

また、充電時間が短縮できれば、路線バス、レンタカー、カーシェアリング等、電気自動車の活用シーンも増えることが期待できる。送電装置を安く作り、普及させることができれば、ガソリンスタンドで給油するよりも便利な社会になるかもしれない。

そして、走行中に給電できるような仕組みができれば、もっとすごいことになるはずである。電車のように永遠に走ることができる移動体となり、航続距離という概念はなくなるかもしれない。必要なときに必要なエネルギー源を供給できるという意味では、エネルギーの JIT デリバリーとも言えるかもしれない。

とはいえ、そこまで実現するには、まだいくつも技術的な課題はあると思う。しかし、将来のクルマ社会を変える可能性を秘めた技術として、無線充電技術の今後に注目したい。

<本條 聡>