脇道ナビ (60)  『かくちょうこ』

自動車業界を始め、複数の業界にわたり経験豊富なコンセプトデザイナーの岸田能和氏が、日常生活のトピックから商品企画のヒントを綴るコーナーです。

【筆者紹介】
コンセプト・デザイナー。1953年生まれ。多摩美大卒。カメラ、住宅メーカーを経て、1982年に自動車メーカーに入社。デザイン実務、部門戦略、商品企画などを担当。2001年に同社を希望退職。現在は複数の業界や職種の経験で得た発想や視点を生かし、メーカー各社のものづくりに黒子として関わっている。著書に「ものづくりのヒント」(かんき出版)がある

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第60回 『かくちょうこ』

私は英語が全く話せない訳ではない。何しろ、中学から大学まで英語の教育を受けてきたし、いつの間にか青い目の経営陣に変わってしまった自動車メーカーにいたこともあるからだ。ただ、英語の勉強をしようとすると、強い眠気に襲われるアレルギー体質なので、レベルは低い。そのため、文法はめちゃくちゃだし、ボキャブラリーも貧困ときている。それでも、英語を話さなくてはならないときがある。そんな切羽詰まったときは、知っている単語、つい口に出た単語を寄せ集めた、ありあわせの英語ですませてしまう。そのため、本当はそんなことを言うつもりはなかったようなことを話してしまうことがある。それでも、後で、辞書を引くなり、上手な人にレクチャーを受ければ、だんだんとうまくなるのかも知れないのに、その場さえ乗り越えれば、あとは何もしないので、進歩するはずもない。

ありあわせで何とかしてしまうという悪い癖は英語だけではない。パソコンも同じである。たとえばワープロソフトのマニュアル本を読むのは面倒だし、時間に追われているので知っている機能だけで、何とか文書を作ってしまう。そのため、出来上がった文書を見ると、この行は揃えたかった、この文字にはルビをふりたかった、あの段落には変化をつけたかった、などと多少は後悔する。

パソコンを使い始めた頃、「拡張子」という用語が出てきた。そう、「.doc」や「.jpg」といったファイルの種類を示す記号のようなものである。この用語に初めて出会ったときは、何ともヘンテコな言葉だと思った。何しろ、何を「拡張」するのか、何の「子」なのか・・・字面(じづら)からは何も想像もできない。読みにしても、「かく・ちょうこ?」、それとも「かく・はりこ?」と、迷ったほどだ。マニュアル本で調べてみたが「拡張子」の機能やその扱い方は書いてあっても語源は見つからず、本当の意味は分からなかった。マニュアル本以外でも、しばらく調べてみたが、分からずじまいでかなりモヤモヤしたキモチになった憶えがある。

もちろん、拡張子という用語の語源が分からなくても、パソコンを操作するにはちっとも困らない。そのため、すぐに、「拡張って?」「何の子」などを気にすることはなくなってしまっていた。初めて出会ったときはあれほど気になっていたにも拘わらず、時間が経ち、特に困ったことがなければカンタンに忘れてしまっていたのである。時間に追われ、ありあわせで何とかしてしまう、というのは一見要領よく仕事をしているように見えるが、好奇心の敵なのかも知れない。

<岸田 能和>