脇道ナビ (59)  『掲示しない掲示板』

自動車業界を始め、複数の業界にわたり経験豊富なコンセプトデザイナーの岸田能和氏が、日常生活のトピックから商品企画のヒントを綴るコーナーです。

【筆者紹介】
コンセプト・デザイナー。1953年生まれ。多摩美大卒。カメラ、住宅メーカーを経て、1982年に自動車メーカーに入社。デザイン実務、部門戦略、商品企画などを担当。2001年に同社を希望退職。現在は複数の業界や職種の経験で得た発想や視点を生かし、メーカー各社のものづくりに黒子として関わっている。著書に「ものづくりのヒント」(かんき出版)がある

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第59回 『掲示しない掲示板』

先日、ある地方都市で電車に乗っていて、少し物足りない気がした。もちろん、都会の満員電車と比べて乗客が圧倒的に少ないせいもあるが、どうもそれだけではない。しばらくして、その謎が解けた。電車の中の吊り広告や網棚の上の広告が少なかったからだ。女性誌が煽るスターのスキャンダル記事や国が違えば鞭打ち刑にもなりかねない男性誌のいかがわしい記事を並べた吊り広告がない。車内広告は都会でぎゅうぎゅう詰めの電車の中で時間を忘れるにはベンリなものだ。新商品の発売や施設の場所といった情報源としても役にたつし、何より、写真やイラストなども優れたものも多く、刺激になるからだ。そうした。車内広告が、地方都市の電車に乗ると、数えるほどしかない。もちろん、さっぱりしていて、落ち着くのだが、どこか、物足りない。

車内広告と同じように、駅のホームで電車を待っているときに構内にある広告を見るのも楽しい。しかし、都心ならともかく、地方都市や都会でも少しはずれにあるような駅では何も貼られていない掲示板が多い。中に照明が入っている行燈 (あんどん) 型タイプで契約が切れ、次のスポンサーが決まらず、仕方なしに裏返しになっていたり、紙を貼って目隠しをしたりしているものもある。そうした、掲示板を見るのはどこか、景気の悪さを思い知らされるようで、おもしろくない。

ところが、先日、ある駅にあった掲示板を見て、ハッとした。その掲示板もご多聞にもれずスポンサーがなく、ポスターが貼られていなかったのだが、掲示板に渦巻き模様が描かれており、それが駅の壁面のアクセントになっていたからだ。

もちろん、ポスターが貼られてしまうと、その渦巻き模様は見えなくなってしまう。しかし、いくら景気が良くてもたまにはポスターが貼られていない日もあるはずだ。そのことに気づいた、たぶんへそ曲がりなデザイナーが、掲示板に渦巻きを描いたのだろう。つまり、掲示をしていない時のことも考えた掲示板をデザインしたのである。

渦巻き模様だけではなく、いろいろな工夫ができるはずだ。模様でなくても良い。たとえば、並んでいる掲示板の色をそれぞれ違うものにするだけでも楽しそうだ。あるいは、地元の紹介、クイズ、地図など、時間つぶしや情報源になる、あるいは思わず、にやりとさせられる掲示板もあってよいはずだ。そんなことを考えて、ビジネスにするような人が出てくると景気も良くなりそうだが、そうなると掲示板に、いつもポスターが貼られてしまい、せっかくの工夫が見えなくなってしまうから、難しい。

<岸田 能和>