脇道ナビ (44)  『ナントカと煙は高いところに上がりたがる』

自動車業界を始め、複数の業界にわたり経験豊富なコンセプトデザイナーの岸田能和氏が、日常生活のトピックから商品企画のヒントを綴るコーナーです。

【筆者紹介】
コンセプト・デザイナー。1953年生まれ。多摩美大卒。カメラ、住宅メーカーを経て、1982年に自動車メーカーに入社。デザイン実務、部門戦略、商品企画などを担当。2001年に同社を希望退職。現在は複数の業界や職種の経験で得た発想や視点を生かし、メーカー各社のものづくりに黒子として関わっている。著書に「ものづくりのヒント」(かんき出版)がある

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第44回 『ナントカと煙は高いところに上がりたがる』

子どもの頃、私は電車に乗ると、靴を脱いで、窓に張り付いて外ばかりを見ていた。バスに乗ると、まるで、運転手気取りで最前列の席に陣取ってフロントガラス越しに迫ってくる風景やくねくねした道でバスを巧みに操る運転手の動作を見ていた。さすがに、50 歳を目前にした今では、電車に乗っても、靴を脱いで窓に張り付くことはなくなった。それでも、空港の自動チェックイン機で飛行機の座席を選択するときには、ついつい「窓側」を選んでしまう。先日は、窓側だけでなく、初めて「2 階席」を選ぶことができうれしくなってしまった。何となく、高いところの方が見晴らしは良いと思ったからだ。しかし、実際に席に着いてみると、空高く上がってしまえば、2 階も 1 階も見晴らしには差がないことに気がついた。それに 1 階席に比べると、やや、窓が低い位置にあり、外を眺めにくい。それでも、2 階は側面の壁が内側にカーブしているので、屋根裏部屋に入ったようで、何だかワクワクしながらフライトを楽しんだ。

「ナントカと煙は高いところへ上がりたがる」というが、たまには、飛行機の窓から見る街並み、高層ビルの展望階から見る港の風景などをじっくりと眺めることは大切だと思う。例えば、走り慣れている川沿いの道も空から見ると、少し小高くなった土地をよけるように大きく曲がっていることに気がつく。高層ビルが落とす長い影の中に小さな公園が見える。海面を行き交う多くの船が描く白い筋が幾重にも交差していることで過密な状況がわかる。そんな都市や町の全体像は地上の道路を歩いていたり、低いビルのオフィスで働いていたりではピンとこない姿だ。もちろん、地図を見れば、ある程度のことは分かるが、動きや立体感は地図では限界がある。

普段、仕事をしていると、目の前にあることだけしか見えなくなってしまうことは多い。特にスケジュールはギリギリ、予算もギリギリ、スタッフもギリギリといった仕事をしていると、全体像が見えなくなってしまいがちだ。時には空を飛ぶ鳥か飛行機のパイロットの気持ちになって自分達がどこにいるのか、どこに行こうとしているのか、周りには何があるのかを考えてみることが大切だ。

最近の電車の中で、子どもも大人も窓の外を見るより、携帯型ゲーム機かケータイのメールに夢中になっている姿を見ていて、そんな思いを持つようになった。

<岸田 能和>