think drive (23)  『 冬タイヤ 』

新進気鋭のモータージャーナリストで第一線の研究者として自動車業界に携わる長沼要氏が、クルマ社会の技術革新について感じること、考えることを熱い思いで書くコーナーです。

【筆者紹介】

環境負荷低減と走りの両立するクルマを理想とする根っからのクルマ好き。国内カーメーカーで排ガス低減技術の研究開発に従事した後、低公害自動車開発を行う会社の立ち上げに参画した後、独立。現在は水素自動車開発プロジェクトやバイオマス発電プロジェクトに技術コンサルタントとして関与する、モータージャーナリスト兼研究者。

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第23回 『冬タイヤ』

だんだん気温も下がり、秋らしくなってきて、北国では雪もちらつく季節となったので、今月は日本の冬タイヤの変遷について少し紹介してみる。ちなみに今回のレポートは色々な調査で得た知識というよりは、生まれも育ちも北海道である自分の実体験にもとづくものです。

さて、そもそも冬タイヤ、夏タイヤと呼び分ける事にあまり馴染みがない東京以西の人たちには、まず降雪地域ではクルマのタイヤを 2セット持っていて、春と秋にはクルマへ付け替えるということから説明しよう(必要ないですかな?)。

クルマを買う際に、冬タイヤをホイールセット 4組を別に購入するのが当たり前。普通はディーラー付属品にはいっている。それらをみな自宅に保管している。そしてちょうど今頃、11月に入ると交換する。もちろんお店で交換してもらう人もいるが、自宅の前で自分で交換するひとのほうが多いので、この時期になると、週末や休日には自宅前でタイヤ交換をしている風景が風物詩ともなっている。

この辺で本題に。

冬タイヤの大事な機能はいうまでもなく、雪氷路で十分なグリップを確保することだ。そのため色々な手法が試されてきたのだが、現在までで一番のアイデアは”鋲”を打つ事。そうスパイクタイヤ。私が物心ついた頃には、スパイクタイヤが当たり前で、冬にはスパイクタイヤを装着しているクルマが普通だった。

ところで、札幌のような都市では、年中通して道路上には雪はほとんどない。意外に思うだろうが、降雪があると除雪をしっかりする。その上、交通量が多いと、道路、少なくともタイヤの轍状にはアスファルトが見えている。(もちろんあたり一帯は根雪です)。時間比率で言うとほとんどがそういう状態なので、スパイクタイヤ装着の車両により道路は削られ、一冬で深い2本の轍ができ、毎春にはアスファルトを塗り直す作業が当たり前だった。

そのコストもばかにならないだろうが、問題はその削られた粉塵だ。冬の間削られた粉塵は周囲の根雪に埋もれている。雪は定期的に降り重なるので、白くきれいだ。しかし、その根雪も春には溶け始める。クルマは春になっても、たまに降る雪にそなえ、しばらくスパイクタイヤのままだ。そうなると、春はたまったものでない。

雪解けと共に発生する粉塵で、その頃の札幌では3月~4月は、もう耐えられないくらい埃まみれになっていた。また残っている雪の表面は真っ黒で、悲惨な状況だ。この公害に耐えかねて、ついにスパイク禁止の動きが生まれる。1980年代後半だったと思う。タイヤメーカーは”スタッドレスタイヤ”という鋲のない冬タイヤを発売した。

なぜ敢えて”スタッドレスタイヤ”と表現したのかというと、もともとスパイクタイアヤ”鋲”がなければスノータイヤだ。では”スタッドレスタイヤ”は”スノータイヤ”と同じかというと、違う。正しい英語ではないようだが、”スタッドレスタイヤ”の意味は”鋲”のないタイヤなのだが、日本では”鋲がないのにスパイクタイヤなみにグリップするタイヤ”という意味でネーミングされている。タイヤメーカーは必死に開発を進め、雪氷路でもスパイクタイヤなみにグリップするタイヤを開発したのだ。

しかし、お世辞にも初期のスタッドレスタイヤはその性能はスパイクタイヤに劣っていた。もっとも、圧雪路では遜色ないのは想像できるだろう。問題は氷。

ところで、氷といっても温度で摩擦力は大きく変わり、0 ℃付近の氷はとても滑る。しかし、マイナス10℃くらいまで温度が低下すると、じつはかなりグリップする。マイナス20℃を超えるような状況では夏タイヤでも十分走れるくらいグリップするとも言われている。そう、氷は表面の水ですべるのだ。(どこかのタイヤメーカーのCMでも言っていたような気がする。)

というわけで、この0 ℃付近の氷でのグリップ力強化に開発は集中する。その結果、今ではある程度問題なく走れるくらいまでその実力は向上し、シーズンを通しての総合的にはスパイクタイヤより圧倒的に優れている。そうして、今ではスパイクタイヤを履く車両はほとんどいない。もっとも規制されているので履いていると違反である。

さて、関東地方でも冬には冬タイヤ”もちろんスタッドレス”に履き替えるクルマもいる。チェーンでの走行はあまりお勧め出来ないので、雪国に向かう人はぜひスタッドレスタイヤへの履き替えをお勧めします。

最後に、スタッドレスタイヤは夏にも履けるが、減りが早いのでもったいない事と、雨の日にはとっても滑るので、ご注意ください。

<長沼 要>