プロモーションに求められるものづくりやマーケティング戦略との整合性

(アイシン精機、豊頃試験場 (北海道) の走行試験路に総合周回路を新設)

<2005年9月6日号掲載記事>

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【設備投資をやってきた会社】

(1)設備投資への傾注

アイシン精機(アイシン・エィ・ダブリュやアドヴィックス等を含むアイシン精機グループ)は熱心に設備投資をやってきた会社の一つである。

同社の設備投資は売上高の 9 %である。主な競合先である愛知機械工業の売上高設備投資率は 6 %台で、カルソニックカンセイやケーヒンは 5 %前後に過ぎない。アイシン精機の売上高設備投資率は突出している。

設備投資を減価償却費で除した数値のことを筆者は「新増設比率(*)」と呼ぶが、アイシン精機の新増設比率は 1.6 である。愛知機械は 1.3、カルソニックカンセイは 1.4、ケーヒンは 1.1 にとどまる。アイシン精機が新増設に熱心であることが分かる。

*「新増設比率」が 1 以下の場合は、減価償却費内での設備投資、つまり更新投資にとどまるのに対して、1 を超える場合は更新投資以上に設備の新設・増設を行なっていると解釈できる。

製造業の投資対象は主に技術(R & D)か機械(設備投資)の二つである。
この二つのどちらにより傾斜しているかを示す指標が、「設備投資対研究開発費比率」である。

アイシン精機の設備投資対研究開発費比率は 1.7 に達する。カルソニックカンセイの設備投資対研究開発費比率は 1.3、ケーヒンは 1.1 と技術と機械にバランスよく投資しているのに対して、アイシン精機が設備投資に傾注していることが分かる。因みに、愛知機械工業はどうしたわけか研究開発費の名目での費用が殆どなく(売上高の 0.03 %)比較の対象にならない。

因みに、アイシン精機の「労働装備率(*)」は 11 百万円である。愛知機械の 18 百万円には及ばない(愛知機械の売上高設備投資率や新増設比率がアイシン精機より低めである理由の一つとも考えられる)が、カルソニックカンセイの 7 百万円や、ケーヒンの 5 百万円よりは遥かに高く、競合上の理由だけからはここまで熱心に設備投資を行なう理由は見当たらない。

*労働装備率=有形固定資産÷従業員数。「機械化の進捗度」を示す。

(2)R & D への皺寄せ

アイシン精機の研究開発費がもっと高くてもおかしくないという見方も多いのではないだろうか。

同社の売上高研究開発費率は売上高の 5 %である。誤解のないように断っておくと、この数字は自動車部品サプライヤーとして決して少ない数字ではない。

米格付機関ムーディーズ・インベスターズ・サービスは世界の自動車部品産業主要 54 社の格付けを行なっているが、そのうち 3分の 1 しかない投資適格サプライヤーの中央値(メディアン)である Baa 格の目安が丁度、売上高研究開発費率 5 % である。つまり、アイシン精機の R & D 投資は、グローバルに見て上位 3分の 1 の水準を満たしているということになる。

だが、トヨタのハイブリッド戦略を支えるプラネタリーギアや、世界初のインテリジェント・パーキング・システム等がアイシン精機グループの手になることを考えると、同社の R & D 投資が世界の上位 3分の 1 どころか、本来世界最高水準にあってもおかしくない。

また、設備投資と R & D はいずれも将来の成長への投資という意味で同じ使命を持っている。規模の拡大(設備投資)で成長を目指すか、質の向上(R & D)で成長を目指すかのアプローチの違いはあるが、最終的には規模ばかり大きくしても質の向上を伴わなければ未来はない。

そのことは筆者が指摘するまでもなくアイシン精機自身が一番分かっているはずだが、現時点では設備投資を優先させざるを得ない。売上の 3分の 2 を占めるトヨタが世界的に増産増設を進めていることに付き合わざるを得ないからである。

トヨタ自身の売上高設備投資率は 10 %を超え、新増設比率は 2.0、設備投資対研究開発費比率は 2.6 と、いずれもアイシン精機を上回る。トヨタグループ各社でも、豊田自動織機や愛三工業等、メカ系のサプライヤーはアイシン精機と同様かそれ以上の数値傾向を示している。エレキ系であるデンソーは R &D と設備投資がいずれも売上高の 8 %台と均衡しているが、均衡水準自体が高い。エレキ系の製品上の要件であり、利益率の高さゆえに出来る技であろう。

(3)技術開発戦略

その結果、アイシン精機には損益とキャッシュフローの負担が圧し掛かることになる。トヨタの営業利益率は 9 %だが、アイシン精機のそれは 5 %に過ぎない。フリーキャッシュフローは今や多くの日本の自動車産業がそうだが、アイシン精機もここ 2 期は赤字である。

このような状況で設備と技術の二兎を追うことは容易ではない。まずは設備投資を優先させ、可能な範囲で効率的に R & D を進める、という技術開発戦略にならざるを得ない。その基本戦略を忠実に実行してきた結果が上記の数値になって現れているものだと解釈できる。

【設備投資をやってこなかった会社】

(1)設備投資への消極性

アイシン精機とは逆にスズキはこれまで設備投資に消極的だった会社である。同じ軽自動車メーカーであるダイハツと対比させながら考察していきたい。

因みにこの両社は、スズキには二輪事業があるがダイハツは四輪専業で、売上高や総資産規模ではスズキ 2:ダイハツ 1 の関係で、スズキは国内の約 2 倍を海外で販売しているが、ダイハツは国内の半分程度しか海外販売がないという事業構造面での違いがある。
一方、両社とも「労働装備率」(上記注釈参照)が 12 百万円前後で、大型4 社を除く業界 8 社(以下「業界」という場合はこの 8 社のこと)の中で下から 2 番目と 3 番目という「機械化の進捗度」の低さや、「売上高研究開発費率」がいずれも 3 %台の低位水準にあることでも共通している。

スズキの「売上高設備投資率」は 5.8 %で、マツダ、ホンダ、日産についで低い。マツダ、日産は労働装備率で業界 1 位、2 位と機械化の進んだ企業だから、実質的には下から 2 番目と言うべきかも知れない。

一方、ダイハツの 8.7 %はトヨタに次いで第 2 位の高さである。

スズキの「新増設比率」は 1.4 で下から 4 番目だが、ダイハツは業界トップの 2.0 である。「設備投資対研究開発費比率」でもスズキの 1.4 は下から4 番目だが、ダイハツはトヨタに次ぐ第 2 位の高さにある。

設備投資への積極性でスズキとダイハツは対極にあることが分かる。

(2)設備投資戦略

スズキの場合も、単に設備投資を怠ってきたのではなく、明確な設備投資戦略のもとに敢えてそうしてきたことが分かる。

「労働装備率」とは「機械化の進捗度」を示すと述べた。これに対して、「機械化した設備の利用度」を示すのが「有形固定資産回転率(*)」である。

ダイハツの有形固定資産回転率は年間 3 回で業界では下から 3 番目に低いが、スズキは年間 5 回で業界第 2 位の高さを誇る。

*有形固定資産回転率=売上高÷有形固定資産。
設備が売上にどれだけ貢献しているかを見る指標。稼働率が低いと数値が下がる。

その結果、労働装備率と有形固定資産の回転率の積(*)で表される「従業員一人当たりの売上高」では、スズキは一人頭 60 百万円と、軽自動車メーカーでありながらマツダ、トヨタ、ホンダに次ぐポジションを占める。これに対してダイハツは業界で最も低い 40 百万円である。

つまり、設備投資によって「機械化の進捗度」を高めようとするのではなく、持っている「機械化設備の利用度」を高めることで「人の生産性」を高めようというのがスズキの設備投資戦略であると思われる。

(3)経営戦略

生産性だけではない。設備投資の抑制によって収益性も高まるから経営戦略そのものということも出来る。

第一に、設備投資を抑制すると減価償却費も下がるから原価率が改善する。
スズキの原価率(73 %)は業界で 3 番目に低いが、ダイハツ(78 %)は 3 番目に高い。

第二に、流動性や安定性が高まる。スズキはフリーキャッシュフロー(FCF)の額で業界トップであるばかりでなく、流動比率、固定比率、自己資本比率、Debt-to-Equity レシオ、有利子負債対 FCF 比率など、企業の流動性や安定性を示す多くの指標で業界ナンバーワンである。これに対してダイハツは多くの%)指標で業界ワースト 3 に入る。この結果、スズキの総資産経常利益率(6.7 %)は日産、トヨタ、ホンダに次ぐ高さを誇る。ダイハツは、順位的にはその次に来るもののスズキとの差は 2 ポイントあり、その格差は大きい。

【投資しないことのリスクマネジメント】

アイシン精機の場合は設備投資を優先せざるを得ず、R & D 投資の抑制を余儀なくされることがリスクであった。規模拡大に追われる中で質の向上が追いつかなくなることや、自動車メーカーとの付き合いに追われる中で自動車メーカーに先行して独自技術の開発が疎かになることは、長期的には同社の存立基盤を危うくするものだからである。

また、スズキの場合は保守的な設備投資に徹して、「機械の利用度」と「人の生産性」を高めてきたことが戦略が同社の収益性を支えてきたことは間違いないが、この戦略は今後二つの面でリスクに晒されると考えられる。

第一に生産年齢人口減少時代における人材確保のリスクであり、第二に製造コストの安い国々の設備増強のリスクである。特に二番目の問題は、生産性や収益性の勝負という競争のルールを根底から覆し、スズキが得意とする新興市場において需要拡大分を一気に取り込まれる恐れがある。

こうした「投資しないことへのリスク」に対応するマネジメント力が問われる時代になったといえる。

アイシン精機は、「技術開発に繋がる設備投資」、「重複を省いた設備投資」という路線で対応しようとしているものと思われる。

豊頃試験場への総合周回路新設は、立派な設備投資だが同時に技術開発でもある。「走る、曲がる、止まる」を担うサプライヤーとしてそれらに関する技術開発に必要なコースがそこに用意されている。そのコースとは、世界各地の道路のあるがままの姿を再現したもので、高速カーブにバンクを敢えて付けず、路面は敢えて整地せず経年劣化で不整化した状態を再現している。自動車メーカーですら持っていない「世界の普通の道路」なのである。

つまり、豊頃試験場の総合周回路は、自動車メーカーに先んじてユーザーニーズを汲み上げた独自技術の開発に繋がる設備投資であり、自動車メーカーとの重複を排除した設備投資になっている。

また、そもそもがアイシン精機のような「走る、曲がる、止まる」という基本動作を担うサプライヤーにとっては、そもそも設備投資を行ない、そこで生産活動を行ない、現場や顧客や市場のクレームを回収して蓄積すること自体が最大の技術開発の種だと考えることも出来る。

通常は二律背反的に捉えられる設備投資と技術開発とを高次元で両立させるという難しい課題に取り組んでいるといえよう。

一方、スズキの場合は、本年からスタートする「中期 5 ヶ年計画」において設備投資戦略を 180度転換した。今後 5 ヵ年で総額 1 兆円の設備投資を行なうことを発表したのである。毎年平均 2000 億円の設備投資は従来の約 2 倍であり、売上高設備投資率では業界最大のトヨタ並の水準になる。

従来、「投資のリスクマネジメント」はあちこちで議論されてきた。リスク評価の尺度や手法は確立し、マネジメント手法も種々編み出されている。今後は、「投資しないことのリスクマネジメント」が主要な課題となってくることは間違いないが、こちらには正攻法がまだ開発されていないのが現状である。

当面は他社の事例を見ながら各社各様のアプローチを模索していくしかないと思われる。

<加藤 真一>