独アウトバーン、GPS を利用したトラック通行料金の自動徴…

◆独アウトバーン、GPS を利用したトラック通行料金の自動徴収が 1日スタート政府は年間 30 億ユーロ (約 4200 億円) の収入を想定。道路や鉄道整備に充てる

<2005年 1月 5日号掲載記事>
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【ミクロな変化からパラダイム転換に気付く】

ドイツのアウトバーンといえば、「料金無料、速度無制限」の代名詞であり、高速道路の高い通行料金と厳しい速度制限に不満が一杯の日本のドライバーにとって羨望の的であった。そのアウトバーンが今年から部分的ではあるが有料道路になった。

公用車等特に指定された自動車を除く GVW (車両総重量) 12 トン以上の車両に対して、1 キロあたり平均 0.124 ユーロ(約 17 円)という従量課金制が導入されたのである。ドイツではトラックが一日に高速道路を走行する距離が大体 300 キロと言われるので一日 1台あたり 5 千円以上の通行料金となり、年間 250日走らせる物流業者にとっては 1台あたり 130 万円近い痛手で、大きな事業環境の変化である。

ドイツらしいところが二つある。
一つは料金収受時に速度低下を求めないこと、もう一つは課金対象に国籍を問わないことである。

前者はアウトバーンの成り立ちからして当然ではある。ドイツ政府も国民もさすがに現時点では乗用車まで課金対象を拡大することまでは視野に入れていない。ドイツが誇るアウトバーンのコンセプトの否定になるからだ。
ということは、時速 200 キロのままノンストップで料金収受ゲートを走り抜けていこうとする乗用車の前方でトラックが料金支払のために止まる、もしくはスピードを落とすだけでも致命的な交通事故を生じかねないことになる。

後者もこの制度導入の経緯から当然のことではある。元々、ドイツ人の税金によって建設、保守されているアウトバーンを、ドイツ政府が課税できないロシアやポーランド、ルーマニア国籍(労務費や税金の安さを目当てに国籍を移したドイツ人経営の会社も多い)のトラックが荷物満載で走り回って、渋滞(経済損失と新たな道路建設を要するコスト)を招き、道路の損傷スピード・頻度(保守修繕費用)の上昇原因になっていることへの不満から生まれた制度だからだ。

その結果、今回の課金方法は全ての車両が通常走行速度のまま通行しながら対象車両だけに課金が可能(※)な通信インフラ(課金ゲート)と車載端末(OBU)を新たに設計して、外国企業にも OBU の搭載を求めることとした。OBU は外国企業にも無償で提供され、取付費用の援助まで出すほどの徹底ぶりである。
※日本の ETC と似て非なるところはここにある。日本の ETC では、対象車両が専用ゲートをくぐり、しかも速度を落とす必要がある。

このように政策に起因して大きな環境変化が起きた。だが、副題に上げた新たなビジネスモデル投入の好機という観点から注目すべきは、「アウトバーンが有料化された」という「マクロの変化」のことではない。
「多くの事業用車両に公的支援のもとに OBU が搭載された(される)」というより「ミクロな変化」に注目することで「パラダイム転換」に気付くことになる。「マクロな変化」を自らの事業領域における意味合いに翻訳することを指す。

【例外に注目する】

「多くの事業用車両に」と述べたのには意味がある。例外があるからである。
例えばロシアやウクライナのトラック業者にとってみれば、OBU 取付のために遠方の指定工場まで空荷のトラックを運び、取付の順番を待って、取付後はまた空荷で帰ってくる間の経済損失は大きい。年に 2 回か 3 回しかアウトバーンを通らないというようなトラックに OBU 搭載の動機は沸きにくい。
ドイツ政府もそうした業者の存在を認識しており、その対策として OBU 非搭載車でもインターネット経由や指定のガソリンスタンドで旅程分のチケットを事前購入することで通行可能(チケット購入時にナンバーを登録していることを料金ゲートで認識する方式)にしている。

しかし、事業者にとってこの方式も不便極まりない。渋滞や配車センターの指示により、急に行き先を変えたり、迂回しなければならない事態が日常的に発生する。その都度、ルートを外れて指定のガソリンスタンドを探して、辿り付き、駐車スペースを探して券売機の順番を待ち、慣れない言語を使用して、面倒な登録・購入手続を経なければいけない。客先への納品時間に間に合わなければ損害賠償となる。

また、レンタカー業者にとっても痛手である。OBU での料金清算はクレジットカードと同様、一定の期間分を貯めて所有者に対して一括請求という方式になる。「乗用車は対象外ではないか」と疑問に思われるかもしれないが、3PL (サードパーティー・ロジスティクス。企業の物流部門の専門アウトソース業者)が盛んな欧米では需要に応じてトラックをレンタルで調達してきて輸送を請け負う 3PL 形態も異例ではない。そうした場合に所有者に対する事後一括清算方式は非常に都合が悪い。実際にアウトバーンを走行した物流業者にではなく、レンタカー会社に、それも後日請求が行ってしまい、レンタカー会社が代金回収の手間・コストとリスクを負担することになるからだ。

こうした例外に対してのソリューションを提供するビジネスモデルがありうる。例えば携帯電話とコールセンターを使ってドライバーに代わって予約や変更、課金を代行するサービスだ。
ニッチなセグメントがターゲットとなるから大企業の採算ベースには乗らないかもしれないが、だからこそベンチャー企業にとっては起業のネタになりうる。

【顧客の財布と持ち物の変化に注目する】

ニッチではなくコアを狙うビジネスモデルもありうる。
世界的に ITS/ テレマティクスの普及を阻んでいる最大の要因は、取付費を含む通信端末機(OBU)と通信費が高い割にその便益であるサービスやコンテンツが魅力に欠けること、投資対効果が見合わないことだと言われる。
テレマティクス関連のサービス・プロバイダ、コンテンツ・プロバイダの側から見ると、顧客の財布の紐が堅いためにサービスやコンテンツの開発・提供コストに見合う料金が取りにくいことがこの領域に事業参入するモチベーションを欠く理由になっている。

しかし、今回のケースでは公的な支援・強制のもとに既に顧客となるトラック業者の多くが投資対効果云々ではなく OBU を装着することになり、通信費は行政が負担することになる。財布の紐を開けて(正確には人の財布を使って)この領域での事業展開の中核となる通信端末を持つことになるのだ。 ITS/ テレマティクス領域での事業展開を視野に置く企業にとって、千載一遇のビジネス・チャンスが巡ってきているといえる。

かねてから言われているピットサービスに関連するビジネス・コンセプトを具現化できる機会になるかもしれない。
つまり、高速道路上で起きた車両の異常やトラブル(これ自体は車載コンピュータ=ECU を使って検知可能)を、OBU を使って車外のネットワークに配信し、センターで遠隔診断するとともに近隣の整備・修理施設に誘導する、もしくは整備・修理に必要な機材と部品とメカを乗せたモービル・ワークショップを送り込むことで、異常・トラブルを起こした車両は最小のタイム・ロスで正常化される、といういわば F1 レースのピットのようなサービスが可能になる可能性がある。

対象が一刻も早い正常化を必要とする事業用車両だけにその価値は一層高いはずだが、これまで通信端末と通信費の高さがボトルネックになっていた。それが解消されたのだから、普及の可能性はあると思われる。

こうしたサービス自体の主体は自動車メーカー、損保会社、整備工場のネットワークなどになるだろうが、中小企業やベンチャーが要素技術で活躍できる余地もあると考えられる。
技術的に難しいという反論もあろうが、だからこそそうしたテクノロジーに対する潜在需要が高いという見方も可能だ。

プライバシー保護の観点からの問題点の指摘もあるだろうが、今回の場合はプライベート・ユースの乗用車を対象にしておらず、元々配車センターの監視下にある業務用トラックが対象だというところに解決の糸口があろう。
米国では ITS America なる産学官協議体が 2001年に「公正情報・プライバシー原則」を策定しているが、そこでも「個人を特定する部分を除いた情報は商用またはその他の二次利用が可能」としている。

【まとめ】

「アウトバーン有料化」を素材にして、「パラダイム転換の機会を捉えた新たなビジネスモデル投入」のサンプルをご紹介した。
「ビジネスモデル開発」にあたってその先進性や便益性は重要な要因だが、それだけでは実現は困難で「パラダイム転換の機会を捉えること」が成功要因になることは広く理解されている通りである。
しかし、「マクロの変化」だけを見ていてはそれが「パラダイム転換の機会」だとまで認識できないことの方が多い。「マクロの変化」を自らの事業ドメインにおける意義である「ミクロの変化」に翻訳してみたときに「パラダイム転換」が認識され、「新たなビジネスモデル投入の機会」になるというのが筆者の見方である。

<加藤 真一>