日本とメキシコのFTA大筋合意、自動車や鉄鋼など日本企業…

◆日本とメキシコのFTA大筋合意、自動車や鉄鋼など日本企業は歓迎ムード
1年目にメキシコ市場の自動車台数の5%分を日本からの無関税枠に設定し、7年後に完全自由化。
<2004年03月11日号掲載記事>
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難航の末にメキシコとの間でのFTA(自由貿易協定)が締結された。
この結果、日本は今年1月からメキシコが適用していた非FTA締結国からの自動車輸入に対する50%もの高率関税を回避して、逆に100万台市場に8万台(うち3万は既存枠)、7年後には無制限の無税輸入枠を得た。
既にFTAを締結済みで無税輸入枠を得ているEUの自動車輸入11万台を追撃する体制が整った。
経済産業省の試算によると、もし、このFTAが成立していなければ日本の国内産業は年間4千億円の利益と雇用32千人を失っていたという。
また、メキシコにとっての日本は輸入先として米国に次ぐ2番目、輸出先として5番目と大きな存在だが、日本にとってのメキシコは輸入先として30番目、輸出先としては20番目(いずれも2000年)と小さいうえに、圧倒的な日本側の輸出超過(輸出が輸入の2倍以上)である。そもそも日本はメキシコからの輸入品の70%は既に無関税化しているが、メキシコは日本からの輸入品の16%を無関税化しているに過ぎない。つまり、日本はメキシコ側に比べて新たに犠牲を払う分野は小さく、得るものは大きかった。にも拘わらず、FTA同意に慎重だったのは寧ろ日本側の方で、その理由は農産5品目(牛肉、豚肉、鶏肉、生オレンジ、オレンジ果汁)の輸入拡大に国内農業が大反発していたためだ。
最終的に日本側が譲歩した形になっているが、実質的に開放したのはメキシコ最大の輸出品である豚肉に特別輸入枠を設けたことだけで、それも関税は撤廃していない。その他の品目に対しては、年間100万トンの需要がある牛肉の6千トン、同170万トンの需要がある鶏肉の8500トンなど象徴的な数量(それも当初1~2年は10トン!)を低関税化したに過ぎない。
日本側の譲歩が少なかったことの証左に国内の農業関係者は一様に今回の合意を評価しているという。
ここではその是非を問うことはしない。問題は、このことが日本(特に自動車産業)にとって100万台のメキシコ市場以上に産業構造的に重要な意味合いを持つASEAN各国(タイ、マレーシア、インドネシア、フィリピンの合計で140万台)や韓国(130万台)、さらには中国(430万台)との貿易・投資協定にどのような影響を与えるか、その結果、各社は域内調達・生産・物流戦略や投資戦略をどう考えるべきかという点である。
インドネシア・中国を除くといずれも4月以降にFTA協議が本格化する国々である。
杏林大学の青木教授によれば、東アジアでは80年代半ば以降、IT関連を中心に最終的に対米輸出に向かう域内生産分業による「事実上の統合」が進んでいたのが、米国のITバブル崩壊を機に逆回転が起き、寧ろ解体の動きが強まる可能性があるという。
それを補うのがFTAということになるが、「ASEAN+日本」のFTAは、その域内貿易比率の低さ、対外貿易依存度の高さにより、NAFTAやEU程の経済的強靭性を持たないという。
また、日本はメキシコに先立ってシンガポールとの間で初のFTAを結んでいるが、その際同国には輸出農産品がほぼ皆無にも拘わらず農産物の無税化を拒んでいる。そして今回も実質的には農産品開放を拒否した。
事実上一次産業のないシンガポールや、農業がGDPの4%に過ぎないメキシコと異なり、ASEAN各国は一様に農業国である。タイやフィリピンではGDPの10~20%を農業に依存している。
要するに日本を核とした地域統合には限界がある中、日本が農産物市場の開放を拒む限りかなりの困難があるということだ。
他方、中国が提唱している「ASEAN+中国」も経済的強靭さでは脆弱な面がありながら、中国の輸出競争力の高さ、グローバル化へのモラトリアムを必要とする発展途上国同士ということ、そして中国がASEANからの亜熱帯性農産物輸入で譲歩したことで、意外な吸引力を発揮する可能性があると青木教授は指摘する。さらには、中国を中心とするFTAには韓国が呼応する可能性も高いという。
そうなると日本は農産物の開放を避け続ける限り、東アジア共同体から孤立する恐れが高いだけでなく、日本とのFTAへの失望が逆にASEANの中国への接近、「ASEAN+中国(+韓国?)」の枠組みを加速させることもありうる。自動車業界人として見ておきたいのはこの点である。
各国を失望させるような展開になれば、日本発の物流や投資を見直し、逆にASEAN・中国を一体と見た重複の少ない調達・生産・物流戦略や投資戦略を促進する必要が出てくるかもしれない。
そうした意味で日本が来月以降のASEAN、韓国とのFTA交渉においてどこまで農業分野で譲歩できるか、自動車業界人としても目を離せない。

<加藤 真一>