今更聞けない財務用語シリーズ(10)『ROIC』

日頃、新聞、雑誌、TV等で見かける財務用語の中でも、自動車業界にも関係が深いものを取り上げ、わかりやすく説明を行っていくコラムです。

第10回の今回は、ROICについてです。
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今回は、ROIC (Return On Invested Capital)(投下資本利益率)について解説したい。

ROIC とはその名の通り、どれだけの資本を投下してどれだけの利益を獲得したかの率であり、前回説明した EVA とも関連する要素である。計算式としては税引後営業利益/投下資本で算出されるわけであるが、EVA との関連性についてはまず以下をご覧頂きたい。

ROIC=税引後営業利益/投下資本・・・(1)

計算式を変更すると

税引後営業利益=ROIC×投下資本・・・(1)´

一方、EVAはというと

EVA=税引後営業利益-資本コスト・・・(2)

である。

(2)の税引後営業利益の部分に(1)´の式を代入した上で、資本コストの部分を分解すると

EVA=(ROIC×投下資本)-(WACC×投下資本)・・・(2)´

さらに式を変更すると

EVA=(ROIC-WACC)×投下資本・・・(2)”

となる。

さて、このことは何を意味するのであろうか。

企業が資本を調達するためのコストの率が WACC であり、企業が調達した資本を用いてリターンを生み出す率が ROIC であるので、EVA は両者を比較して資本の運用が調達に比べてどれだけ上手くいっているかを示す数字となる。

つまり、ROIC を WACC より増加させなければ EVA の増加(ステークホルダーの満足度の上昇)につながらないのである。よって ROIC も EVA 同様経営指標として使用する企業が多い。

自動車業界で ROIC を経営指標の一つとして使用しているのが日産である。
同社の前中期計画「N180」で達成したROIC20%の維持を新中期計画「バリューアッププラン」でも数値目標の一つに掲げている。

そして日産の ROIC の計算方法は通常の「税引後利益/投下資本」ではなく、「営業利益/自動車事業で使用する固定資産、運転資本、現預金」となっている。なぜ日産は ROIC を通常の計算方法ではなく上記のようなものにしたのだろうか。この計算式の特徴から日産の ROIC に込められた意図を紐解いてみることとしたい。

1.投下資本、営業利益を自動車事業に特化した項目にしている。
これは「本業で稼ぐ」というメッセージの表れだろう。それは同時にステークホルダーから日産が求められていることでもある。

2.投下資本の中に現預金が含まれている。
現預金も株主や金融機関などのステークホルダーから調達したものである。
その調達資金の中で使用していないものが現預金として残ってしまうのだ。つまり、余資は作らないというメッセージなのではないだろうか。

3.ROIC20%以上
日産自動車の ROIC 計算では営業利益の数値を税引前と置いている。おそらく、解り易いように営業利益を税引後ではなく、税引前としているのだろう。また、日産自動車の WACC は筆者の計算によると 10 %強である。日産自動車の 20 %を税引後にすると約 12 %である。WACC より常に高い比率を維持し、ステークホルダーの満足度を上げていこうとしているのである。

上記の 3 つの特徴から読み取れるメッセージを整理すると本業の自動車事業において、余分な現金を持たずに、絶えず収益の柱となり得る投資を考え、結果として資本の調達のコストを上回る 20 %のリターンをあげていくというものであろう。

そして、こういったメッセージは外部のステークホルダー向けであると同時に内部のステークホルダーである従業員へ向けられているものでもある。

こういった経営指標は単純に外部向けに設定しただけでは何の意味もない。
社内的にメッセージが浸透ししっかりと運用が為される必要がある。その際、前回も紹介した「4 つの M」が重要となる。

「4 つの M」とは、尺度(Measure)、経営システム(Management Sys tem)動機付け(Motivation)、意識改革(Mindset)である。企業の経営成果の尺度をステークホルダーの満足度と一致させ、資産効率を高める為に、経営システムを改善し、経営尺度と連動した人事評価制度によって社員を動機付け、意識改革を行うというように「4 つの M」を統合することが求められる。

日産の場合は、尺度(Measure)としての ROIC、リバイバルプランからバリューアッププランに掛けて築いてきた経営システム(Management System)、コミットメントとリンクした報酬制度導入による動機付け(Motivation)、そしてそれらを流れる一貫したメッセージを従業員に伝達することによる意識改革(Mindset)が「4 つの M」である。

ROIC が 99年度の 1.3 %から 03年度の 21.3 %まで短期間で上昇したのもこの「4 つの M」が上手く機能した為だと思われる。

そして「4 つの M 」の中で一番最後に来る意識改革はその前の三つに一貫したメッセージがなければ実現することは不可能である。そのため経営者にはステークホルダーの期待や社会的な使命を理解しながら従業員全員に理解できるようなメッセージを発信することが求められているのである。

<篠崎 暁>