『安全』を忘れてませんか?

◆2008年の交通事故死者数、2007年比589人減の5155人。8年連続の減少に2010年までに交通死者数を5500人以下とする政府目標を、2年前倒しで達成。

<2009年01月03日号掲載記事>
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【「環境」は重要だが、、、】

昨年後半からの急速な経済状況の変化の中で、自動車業界に関する報道は、暗いニュースが続いている。販売不振、減産、雇用削減、開発計画凍結、等々。そうした中で、数少ない前向きな話題といえば、各自動車メーカー経営陣が、次代に向けた車両開発として、環境技術への取り組みは継続していくことを発表しているぐらいである。

環境技術は、自動車業界が継続して取り組んでいかねばならないテーマの一つである。昨年見舞われた原油高騰により、消費者の意識にも大きくインパクトを与えており、自動車が今後もモビリティ社会の中心を担っていくためには、更なる燃費改善と代替エネルギーの積極的な利用は不可欠であることは間違いない。いつになるかまだ見えないものの、再び自動車業界が勢いを取り戻す時には、環境技術に関する取り組みで先行したメーカーが、より大きな影響力を持つものと筆者も信じている。

【「安全」も重要である】

だが、筆者は、次代に向けて、もう一つ重要なテーマがあると考えている。
「安全」である。

ここ数年、正確には、昨年初頭まで、安全技術への取り組みも、環境技術同様に業界で大きなテーマとして掲げられてきた。その結果として、自動車の安全性は確実に向上してきたと考えている。事故自体を未然に防ぐ予防安全技術から、事故時の被害を最小化させる衝突安全技術まで、様々な先進技術が開発・実用化されてきた。

その目に見える成果の一つが、交通事故死傷者数の減少であろう。交通事故死者数は、1996年まで年間 1 万人を超えていたが、この 10年着実に減少し続けており、2008年は 5,150 人と、政府が掲げてきた 5,500 人以下という目標も 2年前倒しで達成した。

もちろん、この背景には、飲酒運転の厳罰化・取締り強化に代表される行政の取り組みの成果もあるとは思うが、自動車自体の安全技術の進化が大きく貢献したことも間違いないだろう。

とはいえ、未だ 5 千人以上の方々が交通事故を原因に亡くなっているというのも事実である。交通事故負傷者数で言えば、90 万人以上の方が犠牲となっている。つまり、目標を達成したから、しばらくは休憩しても良いというものではなく、継続して少しでも交通事故とその犠牲者を減らすべく取り組まなければならないテーマであることは間違いないはずである。

【「安全」を忘れてませんか?】

今般、100年に一度と言われるような厳しい経営環境の中で、安全に関する取り組みへの優先順位が下げられてしまうことがないか、と筆者は懸念している。

一時的なものではあるかもしれないが、世界の自動車需要が 3 割近く減少している現状、自動車メーカーとしても、暫定的な減産だけではなく、新たな設備投資の延期、新型車開発計画の見直し、車種数の削減等、限られたリソースの分配を再考しなければならない状況にある。これまでも慢性的なリソース不足については大きな課題となっていたが、グローバル規模での拡大、多様化する市場・消費者への対応といった積極的な事業展開でのリソース不足が話題の中心であった。現在直面している問題とは、大きく質が異なるはずである。

こうした中でも、ほとんどの自動車メーカーは、環境技術に関する技術開発・設備投資を継続するという方針を打ち出している。しかし、1年前までは環境同様に重要なテーマとして掲げられてきていた安全に関する取り組みが、言及されるケースが減ってきているような気がしてならない。

IR 上の戦略ということであれば、納得がいく。昨今の消費者動向や株式動向を考慮すれば、環境技術への取り組みの方がアピール度が高く、販売面でも株価対策面でも、効果が大きいことは理解できる。そうした IR 上の都合で、環境技術に関する注力度をアピールしているだけで、安全技術に関する優先順位を下げたわけではない、ということであれば、安心できる。

だが、リソース不足を理由に、安全技術の進化を止めてしまうことがあれば、それは次代の自動車業界に大きな影響を与えてしまうのではないかと懸念している。前述の通り、これまで安全技術の進化に継続的に取り組んできたからこそ、毎年交通事故の犠牲者も減らしてこれたのであり、政府目標も前倒しで達成できたのだと考えている。一時的にであれ、継続した取り組みが中断されるようなことがあれば、将来大きな負担となって返ってくる気がしてならない。

【重要なのは持続的な取り組み】

筆者は、技術開発は、筋力トレーニングのようなものではないかと考えている。継続的に取り組むことで、徐々に力をつけていくことができ、数ヶ月後、数年後大きな力として発揮できる反面、一度やめてしまうと、再開するのに大きな努力も必要だし、休んだ分を取り返すには、これまで以上の努力を要するというのは、まさに筋力トレーニングに通じるものがあると考える。だからこそ、苦しいのはわかるが、これまで鍛えてきた体力を低下させて欲しくない、と考えている。

現実的に、リソースが限定される中でも、手段が全くないわけではないはずである。実際、ハイブリッド車や電気自動車などの環境技術においては、自動車メーカーの垣根を越えた提携関係も進みつつある。安全技術であっても、新型車の差別化要因として自社で独占的に利用するだけでなく、自動車業界の垣根を越えて、共有していくことも有効であるはずである。他の自動車メーカーだけでなく、外部のリソース活用というのも積極的に考える余地があると思われる。

自動車が持続的にモビリティ社会の中心的存在であるためにも、安全への取り組みを最重要課題の一つとして取り組んでもらうことを自動車メーカー各社に願うとともに、当社としてもその一助を担うべく、努力していきたいと考えている。

<本條 聡>