60 兆円産業→ 39 兆円産業へ。守りの後の日本自動車産業

◆自動車大手 7 社の連結業績が出揃う。合計投資額は前期比▲30%。研究開発費の削減は最小限に。
<2009年 5月 13日号日経新聞記事、他>

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乗用車大手 7 社の 09.3期業績が出揃いました。

トヨタをはじめとする日本を代表する企業の多くが、一時的な特別損失などを考慮しない営業損益レベルでも赤字を計上する事態に愕然とする人も多いでしょうが、筆者が特筆するのは利益よりも前の指標である売上高の総額です。

2008年 3月期の大手 7 社の売上高合計は 60 兆円を超えていたのに、今回発表になった各社の 2010年 3月期の予想売上高を合計すると、以下の通り 39 兆円弱に留まることが予想されているのです。

(単位:億円)
09.3.       10.3.Fcst       ’10/’08
トヨタ     205,295     165,000         -37%
ホンダ     100,112     83,700         -31%
日産      84,369      69,500         -36%
スズキ      30,048      23,000         -34%
マツダ     25,359      20,300         -42%
三菱自工   19,735      15,000         -44%
富士重     14,457     13,200          -16%
合計     479,375     389,700         -35%

60 兆円産業が 39 兆円になるということは、四捨五入すると「4 割減経済」という一時期一部の経済誌他で唱えられていた状況に正に突入しつつあるということです。

【自動車部品36社の業績】

上記自動車メーカー同様の売上高試算を自動車部品 36 社で行うと、2008年3月期の売上高合計が 18 兆円レベルであったものが、2010年 3月期の予想は 12.6 兆円(▲30%) とメーカー本体の減少幅には達しないものの、最終的に日本の自動車メーカー以外への直納入以外の要素を除けば)本来両者の増減率は同水準に収斂するはずです。

【短期計画立案は簡単、但し実行は困難】

こうした環境下での短期計画の立案は実はシンプルです。

固定費の削減という観点では、最大要因である人件費の抑制・削減、設備投資の抑制、R&D 予算の最適化、プラットフォームの共有化や IT 領域でのシェアリング、広告宣伝費の削減などが挙げられますし、勿論原材料費削減などによる変動費削減も挙げられます。
また、キャッシュという観点ではクレジットラインの確保(公的資金から信用力のある企業では増資や社債発行など)と金融ビジネスの見直しや、債権や遊休資産の売却、運転資本の高速回転化などが大切になります。

縮小経済における短期的な打ち手はその数と種類自体は限定的であり、計画自体の立案は簡単ですが、実行となると強いリーダーシップに基づくコストの徹底的な見直しと資産アセスメントの結果とした、キャッシュの管理が重要になります。

【中長期計画立案は困難、但し実行を担保するのは愚直な行動】

一方、自社が属する産業自体が 40% も縮小しつつある環境下で、中長期的にどのような打ち手を考えて計画立案につなげるかは極めて困難な作業です。

例えば、少し前までの市場環境のように毎年一定の率で産業分野が成長しているのであれば、計画立案時の延長線上でリスクを最小化しながら、利益の x%と決めた額を継続的に新しい分野や R&D に注ぎ込むということが正解になるのでしょう(とはいえ、実は成長が継続し黒字を確保している間に新しい分野に投資を振り分けるということが、普通の経営者ではなかなか難しいのも事実です)。

自動車メーカー各社の今期予想では R&D に費やす金額の合計は 2 兆円強と前期比▲9% 水準を維持するとのことで、絶対額で設備投資の総額の 2 兆円を逆転するとのことです(例えば、過去からトヨタは R&D 領域への費用を研究開発員数で除した数値は、一人当たり 27~ 29 百万円 /年で推移しています。内訳を更に分析すれば、単純な人数だけの問題ではないでしょうが、例えば人数は増やしながら単価を減らすといった効果により、実を取るという動きをしている可能性は十二分にありえます)。

こうした方向性は正しいものと思われますが、問題はその中身の重点をどこに置くかということです。トヨタはハイブリッドプラスアルファ、日産は小型車と電気自動車など将来の自動車産業の姿を現在に引きなおしたうえで領域を特定しています。

【自動車メーカーを取り巻く事業者にとっての将来計画と必要な行動】

自動車メーカーへの納品を前提とする部品会社や、電機業界や金融事業者など周辺領域に位置する事業者では、こうした自動車メーカーの中期計画における投資リスクを協業などを通じて補完したり、重点領域の周辺ではあるもののメーカー本体ではカバーしきれない領域への投資などを通じて、将来の価値創造に繋げていくのは一手です。

勿論、短期的な施策としては自動車メーカー同様に当たり前のキャッシュ管理を実践していく必要はあります。

ただ、得てして当該短期的な活動に限定して自動車産業全体の復活を受身で待つといった経営になりがちな自社の計画を、如何に金額(試算規模やキャッシュ投入額)や人員数といったキャップを設けながら、メーカー本体の R&D 投資額同様に削減幅は最小化しながら、愚直に特定した領域への注力を継続できるかが中期的な成功の鍵になるのは間違いないでしょう。

市場規模の縮小を再度拡大に持っていく唯一の方法は、最終消費者の効用を高める新たな価値の提供でしかあり得ず、そのための手段は決して自動車メーカーが独占しているわけではなく、また全面的な責任と義務を負っているわけではありません。

守りの基本姿勢の中にも、世の中の流れと価値創造の方向性の仮説を複数立案しながら、常にそれらの優先劣後をシミュレーションしつつ、突破口となりえる領域への(自社体力が許す範囲の)事前に定めたキャップ内における最大限の戦力(ヒト、モノ、カネ、知識)を集中投下することが大切です。

<長谷川 博史>