続・業界外からの技術導入の理想形

◆脳血流の変化でホンダの「ASIMO」などロボットを制御する基礎技術を開発

ホンダ・リサーチ・インスティチュート・ジャパン、国際電気通信基礎技術研究所、島津製作所の 3 社は、人が考える際の脳の変化をセンサで電気信号として取り出し、その信号でロボットを制御する基礎技術を発表。「右手を上げる」「左手を上げる」「駆け足」「舌を動かす」の 4 種類の 動作をイメージし、ロボットを制御した場合の正答率は、世界最高水準の 90% 強という。これまでの正答率は、最高で 66.0% だったという。

<2009年 3月 31日号掲載記事>

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【脳のイメージで操作する世界】

まさに映画で観た未来の話のようなことが、現実としてすぐそこに迫っている。ホンダが先月末に発表したものだが、脳でイメージした動作を読み取り、ロボットの動作を制御できるという技術である。勿論、まだ基礎技術研究の段階であり、実用化するためには、装置自体の簡易化、操作イメージの多様化、操作正答率の向上等々、多数あることは想像できる。ただ、こうした技術自体が、机上の空論ではなく、リアルな世界で実現できたということに大きな意義があると考える。

こうした技術が実用化すれば、クルマの世界感も大きく変わるかもしれない。そんな世界を想像してみる。最初は安全性に影響を与えないようなところから始まるだろう。例えば、カーナビやオーディオ、エアコン等を頭の中でイメージするだけで操作できるようになるかもしれない。また、将来的に走る、曲がる、止まるといったクルマ自体の走行上の操作も可能になれば、身体障害者にも運転可能なクルマも実現するかもしれない。そういう時代には、クルマは最早操作するものではなく、クルマ自身が意識を持って目的地へ連れていってくれるようなものになるかもしれない。いずれにしても、今回の技術は、将来、これまでの操作系、いわゆるマンマシンインターフェースを大きく変えるものになりえる技術と考える。

それ以上に注目したいのは、この技術が実用化することで変えられる世界はクルマに限らないというところである。人間が意思を持ってスイッチを押したり、リモコンを操作したりするものは無限にある。イメージするだけで通話先とつなぐ携帯電話、暑いと思っただけで稼動するエアコン、思い浮かべるだけで入力できるパソコン等々。こうしたアプリケーションの広がりがこの技術の魅力を高めている。

【これまでの業界外とのスタンス】

ここ数年、グローバル市場の拡大と多様化の進展、環境・安全等の社会的責任の増大などを背景に、自動車業界内の技術開発リソースは慢性的に不足状態にあった。これに対し、電子・素材等の新領域でのエンジニアの採用を積極的に進めると同時に、外部からの提案に対しても「良い製品・技術があれば採用を検討する」というスタンスで、前向きに受け入れてきた。

この技術開発領域におけるリソース不足という問題に対して、当社は、自動車業界以外の方々の外部リソースを有効活用することによって、元来敷居が高い自動車業界そのものを活性化させることができると主張し、業界外から参入する多数の企業支援も行ってきた。

しかし、昨今の厳しい経済環境の中、自動車業界自体が誰から見ても参入したい魅力的な産業という威光は確実に弱まっている。また、エンジニアの採用をこれまで以上に増やす余裕はなく、自前のリソースは更に不足する方向にある。一方で、環境対策、安全対策等々、将来自動車産業が再び快復したときに備えて、取り組まなければならない課題は依然として待ち構えており、威光が弱まる分、社会からの風当たりは強まる可能性もある。

そもそも、前述の自動車業界のスタンスは、常に好調で拡大している産業でなければ成り立たない構図である。持続的に業界外からの技術導入を進めていくためには、このスタンスでは限界を迎えつつあるのではないだろうか。

【対等な事業パートナーとしてのスタンス】

そのことについて触れたのは、今回が初めてではない。昨年 8月に執筆した以下コラムでも、こうしたスタンスへの危機感とそこから脱却する取り組みについて述べさせてもらった。日産が異業種の企業と提携を進めることで、自社で開発を進めている先進技術をクルマ以外の用途に拡大させていくという記事を題材に、対等なビジネスパートナーとして、情報・技術を外部に発信していくことで、外部からも情報・技術を得られる機会が増えるはずである、という主旨を述べたものである。

『業界外からの技術導入の理想形』↓
https://www.sc-abeam.com/mailmagazine/honj/honjo0220.html

これまで国内経済をリードしてきた自動車業界の立場は恵まれた状態にあった。事実、異業種企業からすれば、○○自動車と共同開発しているというだけで一種のセールストークにもなったであろう。ケースによっては、その目的・用途を開示されないままに共同開発に応じていることもあったはずである。

しかし、厳しい経済環境におかれている多くの異業種企業の立場で考えれば、限られたリソースを投下する技術開発テーマとして、より実現性と即効性が高いテーマに取り組みたいはずである。いつ、どういう結果になるのか不明確なテーマよりも、短期的に実現できそうなテーマの方が魅力的であるはずである。

つまり、前述の「良い製品・技術があれば採用を検討する」というスタンスのままでは、魅力的な技術開発テーマを持つパートナーが集まってこない可能性がある。これからは、「良い製品・技術を開発してお互いに収益を実現しよう」という対等なビジネスパートナーとしてのスタンスへの転換が求められるのではないだろうか。

【アプリケーションの柔軟性】

今後は、このスタンスの転換に加え、アプリケーションの柔軟性も求められると考えている。

この経済環境の中、自動車産業だけが不況にあるわけではなく、多くの他の産業も厳しい状況にあり、リソースは限られている。長期的な事業実現だけではなく、短期的な収益実現に注力することを求められている会社も少なくないだろう。

クルマへの技術導入の場合、4~ 6年という長い製品サイクルや、品質・信頼性を重視する製品の性格からも、ある程度中長期的な事業として捉えなければ進めにくい側面がある。また、生産台数のロットが大きく、大きな事業が期待しやすい半面、生産設備等の初期投資も大きくなる側面もある。

こうした状況を考慮すれば、これまでのように、異業種企業と連携し、クルマ以外のアプリケーションへの応用も視野に入れるというだけでは、異業種企業から見て、必ずしも魅力的と言えないかもしれない。異業種企業にとって、クルマ以上に短期的な収益実現につながる他の分野でのアプリケーションが想定される方が、より魅力的な技術開発に映るはずである。

だからこそ、アプリケーションの広がり、柔軟性が、魅力的な技術開発テーマの大きな要素の一つとなるのではないかと考える。

【自動車業界に求められる使命】

冒頭で紹介した脳のイメージで機械を操作できる技術のように、自動車業界発の技術が世界を変えられたら、と願っている方は筆者だけではないはずだ。これまで、国内経済を牽引してきた自動車業界に求められる使命として、自らを持続的に成長させるだけでなく、他の産業にも貢献していくことが求められると考える。こうした流れを止めないためにも、業界外との提携関係を再考すべき時期に来ているのではなかろうか。

<本條 聡>