2008年 年始のご挨拶

2008年が幕開けしました。
今年の自動車のテーマは「survivability (生存の可能性)」になるのではないでしょうか。

ここ数年自動車産業における最大のテーマは「sustainability (持続の可能性)」でした。環境、資源、安全という人類が一個の生命体として生きていくためのプラットフォームと、人間が一人の人間として生きていくための mobility(行動の自由)というアプリケーションとをどうやって両立・共存させていけるか、そのために自動車産業側から何を提供・貢献できるか、というテーマです。

「sustainability」という場合には、自動車という商品・サービスの価値(mobility)が多くの市場や消費者に受け入れられ、従って自動車という事業にも成長や収益性が期待できることが前提になっており、もし不安要因があるとしたら、それは環境や社会との共生という課題に限定されるから、そこだけはしっかりやって現在の好調を末永く維持していこう、という議論であったと考えます。

しかしながら、世界的な環境変化はそのような悠長な課題設定や対応の水準・スピードを許容しなくなってきています。

投機的要因が加わっているとはいえ、つい 5年前には 20 ドル台だった原油価格は今や先物で 100 ドルに達しました。環境問題が CO2 や NOx/PM 等に限定されている間は、多くの消費者がある意味で「ゆでがえる」のような状態にあったと思います。ことの重大性は認識してはいても今日明日の生活を左右するような緊急性は実感できず、いずれ業界や行政が何とかすべき問題と考え、自らの意識や行動を大きく変えることはなかったのではないでしょうか。

しかし、「今朝の通勤に使うガソリン代」、「今晩ストーブに注ぐ灯油代」ということになると話は別です。「いまそこにある危機」なのです。誰かの対応を待っている余裕はなく、直ちに自己防衛に動くはずです。一昨年まで国内市場は「軽高投低」と言われ、少しでも燃費のよい「mobility」を求める消費者が登録車から軽自動車にシフトしていましたが、燃料代の高騰が進んだ昨年には登録車ばかりか軽自動車までもが前年比割れを経験することになった事実にその予兆が見えると考えます。

しかも、問題は化石燃料だけに限りません。環境や安全への対応を強化するため、自動車産業はローエミッション化や電子化の動きを強めていますが、そのために必要となるレアメタルが世界的に払底し、一部の産出国が独占の動きを強めています。かつて本誌で本條(URL 下記)が触れたように、三元触媒に利用される白金、ロジウム、パラジウム、二次電池の電極・電解質に使用されるリチウム、発光ダイオード(LED)に必要なガリウム、高効率な点火燃焼プラグに求められるイリジウム、ネオジム磁石モーターに必要とされるジスプロシウムなど入手が困難になった資源は枚挙に暇がありません。

『レアメタル代替技術の必要性』

さらに世界に先駆けて少子高齢化社会に突入した日本では若者や都市住民を中心にクルマ離れが進んでおり、いよいよ 500 万台割れも視野に入れざるを得なくなってきました。社会構造・人口動態に起因してのことだけに、同じように少子高齢化の道を歩んでいる多くの欧州諸国や、(公共交通インフラの発達や社会経済格差の解消の度合い次第ですが)東アジアの新興国全般にも数年の時間差を置いて波及する恐れがあります。欧州は今や北米を抜いて世界最大の自動車市場になろうとしている地域ですし、東アジア地域は自動車に限らず世界経済の牽引車ですから、これらの地域が日本と同様の市場停滞期を迎えたときの影響は深刻です。

一方では、今月 9日から開催されるインド・デリーモーターショーには、いよいよここ数年で最大の業界関心事である 3 千ドルカーが出品されようとしています。それがどのような製品として出てくるか次第ですが、自動車市場の底辺部分の潜在需要にミートするような仕上がりだった場合、未曾有の市場創出によって資源や環境の問題は一層深刻になります。また、自動車の価格体系が変化して自動車事業の収益性も混沌としてきますので、ことによると自動車産業全体に大きな構造変革を迫ることにもなりかねません。(もっとも、本誌後半にある通り、年末に実施したワンクリックアンケートによれば、本誌読者の6 割の方が 3 千ドルカーはスクータレベルにとどまる見ており、8 割の方が既存事業へのマイナスの影響はないと答えられ、5 割の方はむしろプラスだと回答されていますので、杞憂なのかもしれませんが。)

『超低コスト車(ULCC)がもたらす構造変革への備え』

このように自動車を取り巻く環境は急速に変化しており、「持続の可能性」という経営姿勢は悠長に過ぎ、今や「生存の可能性」そのものが根本的に問われているという認識に立つことが重要だと考えます。

では、そのような認識に立ったとして自動車産業はどのような対応策を打ち出していくべきかという問いに行き着くことになりますが、自動車産業の特質である「未公開会社性」や「海洋国家性」を排除し、「Web2.0 型のネットワーク」を再構築して、外部の技術資産やアプローチを効率的に取り入れることにヒントがあると考えます。

『インテグラルとモジュラーの共生を考える』
『ネットワークの「内部性」に注目したWeb2.0型テレマティクスの提案』
『サステイナブル・モビリティ社会維持のための燃費効率3倍の提案』

つまり、自動車という閉じた世界での自給自足や完全無欠の統合性を求めるだけではもはや課題解決や革新のスピードもマグニチュードも不十分だと思われます。課題が自動車産業単独で事に当たることで対応できるような次元ではなくなったと考えられるからです。

課題が、自動車という製品や産業の現在の形を肯定した上で、その持続可能性(sustainability)に留まっていた間は、競合や法規制やクレームへの対応を中心とする「製造品質」面での「競争力」重視の製品開発や経営モデルのあり方で十分だったかもしれません。
しかしながら、自動車という製品や産業がその生存可能性(survivability)を問われる時代には、異業種や海外企業、新興企業、場合によってはユーザ発の情報をも製品の開発やアップデートに効率的に取り入れていくという「企画品質」面での「構想力」重視の仕組みに変えていくことが求められているのではないでしょうか。

そのためには、知財やソフトウェアに正当な対価を支払うとか、ECU を括りにした道州制的な組織・産業構造に移行するなど、価値観やプロセスの変革も必要になってくることでしょう。
実は、このことは一昨年も昨年も申し上げてきたことではありますが、時代のテーマが「sustainability」から「survivability」に移行した今日、いよいよ待ったなしになってきたと実感する次第です。

住商アビーム自動車総研では、今後ともこの観点から自動車産業や周辺業界の皆様に課題と解決策の提示で貢献していきたいと思います。時には辛口で突拍子もない愚策をご提示することもあるかと思いますが、何卒本年も倍旧のご愛顧・ご指導を頂戴できればと存じます。

<加藤 真一>