サステイナブル・モビリティ社会維持のための燃費効率3倍の提案

◆独 BASF 社、自動車業界への取り組みについて報道陣向けの説明会を開催

10月末に開かれる樹脂の国際展示会「K」に出展する内容として、ボディの樹脂化に対応し、180度で 30分間の焼き付けによるオンライン塗装可能な熱可塑性樹脂である PA(ポリアミド)66 の「Ultramid Top 3000」と、植物素材を主原料とすることで再生可能資源の含有量が 62% に達する PA610 である「UltramidBalance」を紹介。

<2007年 10月 15日号掲載記事>
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【東京モーターショウでは1/Xに注目】

まもなく東京モーターショウが開催されるが、筆者が最も注目している展示はトヨタの「1/X (X分の 1)」である。

C セグメント相当の車内空間を確保しながら、炭素繊維強化樹脂(CFRP)を最大限に活用した結果、車体重量は同セグメントの平均的な車重の 1/3 (420kg)に納めている。加えてバイオエタノールにも対応可能な FFV (フレックス・フュエル車)型 500cc エンジンを、家庭のコンセントから充電可能なプラグイン・ハイブリッド・システムと組み合わせることで、燃費効率をプリウスの 2 倍に向上させたという。

プリウスの燃費は JC08 モードで 29.6km/L と公表されているから、1/X の燃費は同モードでおよそ 60km/L ということになり、C セグメントの代表選手であるカローラ・アクシオ(JC08 よりも 1 割以上基準が緩い 10 ・ 15 モードで最大 18.2km/L)、B セグメントのヴィッツ(同 22.0km/L)、パッソ(同21.5km/L)のおよそ 3 倍の燃費効率を達成していることに注目しているのである。

【燃費効率3倍の意味】

なぜ燃費効率3倍に着目するのか。

材料の安全性評価や環境技術の専門家であり、事業的な採算性や技術的な信頼性とモビリティ社会の持続可能性を両立させるべくケナフ繊維強化ポリ乳酸樹脂(KNFRPLA)などグリーンコンポジットの開発に携わっている東京大学大学院工学系研究科海洋環境工学専攻の高橋淳准教授の説明が明快である。

・現在、世界中で人は石油換算で一人年間 1 トンのエネルギー(つまり石油 1000 リットル)を消費している。
・ところが、これは平均値であって、実際には先進国と発展途上国の間でのバラつき(南北格差)が極めて大きい。
・先進国(OECD 加盟 30 ヶ国)では一人ひとりが世界平均の 3 倍にあたる年間 3 トンを消費している(因みにこのうち 0.5 トンは、一人あたり 0.5台保有している乗用車がリッター 10km の燃費で年間 1 万㌔走行して年間1000リットルのガソリンを消費している分に相当する)のに対して、途上国では一人あたり年間 0.7 トンしか消費していない。
・そこで、もし中国やインドなど途上国が経済成長により先進国並みのエネルギーを消費するようになると世界の一人あたり平均は現在の 3 倍になる。
・今日の中国は 1960年ごろ(東京オリンピック前後)の日本に類似しているといわれるが、日本の一人あたりエネルギー消費量は 1960年から 1970年までの 10年間で 3 倍に増えているから、少なくとも中国に関する限り 2015年には一人あたりエネルギー消費量が現在の 3 倍になっていても何ら不思議はない。

これに加えて高橋准教授は、2000年に約 60 億人に過ぎなかった世界人口が2050年には 1.5 倍の約 90 億人に達すると国連が推計していることから、世界のエネルギー総消費量は今後 50年で 3 倍 x1.5 倍=4~ 5 倍に達する恐れがあるとして、次のように指摘している。

・今日の 4~ 5 倍の消費量に相当するエネルギー供給を、現時点では依然として最も経済的だが有限な化石燃料に依存し続けるのであれば、化石燃料は従来の想定よりも 4~ 5 倍早く枯渇してしまい(つまり推定埋蔵量 50年の油田も実は 10年しか持たない)、それ以降は今日の便利なモビリティ社会が持続不可能となってしまう。
・それを避けたければ化石燃料動力の自動車の燃費効率を従来の 4~ 5 倍に高めるか、代替燃料・代替動力開発を前倒しするしかない。
・自動車の燃費効率向上には比強度・比剛性の柔軟性が高い樹脂への材料置換による車重の軽量化が有効で、理論的にはボディ・シャシーなど構造部分のほぼ全域を CFRP 化することで、車重を 40% 削減(1,350kg → 810kg)し、燃費効率を 1.7 倍(1÷0.6)に改善することが可能である。

人口増加要因も含めた燃費効率 4~ 5 倍までの議論が現時点で必要かという点に関しては、筆者は懐疑的である。2050年までの時間軸であれば燃料電池を含め代替燃料・代替動力が実用化ステージに入っているものと考えられるし、それ以前の目先 2020年までの時間軸における世界人口の増加は国連推計で現在より 17% 増しに過ぎないからである。
しかしながら、少なくとも途上国の中で平均値の抑止力となってきた人口・経済規模の大きな中国・インドが現実に年率 10% 前後の高度経済成長を続けている今日、途上国の一人あたりエネルギー消費が先進国並みに達する日は 20年の時間軸で考える必要がある(人口の増減を無視して年率 10% の複利計算を行なうと中国は今から約 10年後の 2018年、インドはさらに 10年先の 2028年には先進国平均の 3 トンを超える)。

従って、少なくとも「燃費効率 3 倍」までは現時点での製品開発目標に入っていなければならないのである。コンセプトモデルとはいえ現時点で 1/X が少なくともそれを量産車での開発目標に置きながら開発されたことは賞賛に値し、また CFRP 化による軽量化(67 %)が高橋准教授の推計(40 %)を遥かに上回る水準まで達成されていることは驚異的といわざるを得ない。

【燃費効率3倍と年金問題】

従来、モビリティ(行動の自由)の持続可能性に自動車産業が無関心であったわけではもちろんない。NOx や PM など有害物質の排出を抑制することや、燃費改善により CO2 など温室効果ガスの排出を減らして気候変動要因による生態悪化や災害を極力食い止めようというのは自動車産業各社共通の価値観であり、戦略になっている。

だが、製品の企画・開発現場での意思決定や行動基準においては、20 ●●年に●●リージョンで施行される●●規制や EURO ●●など、短期的・地域的な規制数値の達成ばかりが目標になっているのではないか。

もちろん、短期・地域目標達成の積み上げがなければ長期・グローバルを語る前に市場からの撤退を余儀なくされてしまう。また、利潤追求を目標とする企業活動である以上、製品のライフサイクル(モデルチェンジまでのインターバルに開発リードタイムを加えて約 10年)以内に回収が期待できないことへの投資はできないし、開発プロジェクトの業務スコープや KPI は全社のそれとは異なり、焦点をより狭く短く具体的に落とし込んだものになるのも当然である。
だから、開発プロジェクトごとに短期的・地域的な定量目標を設定すること自体が決して間違っているわけではない。

問題は、個別プロジェクトごとに設定されている短期・地域的な定量目標が、全社的な視点での長期・全地球的なビジョンや戦略をブレークダウンしたものになっているかどうか、個別目標の積み上げが本当に全体目標に繋がっているかどうか、という点にある。

例えば、2012年以降、CO2 排出量を 130g/km 以内とすることを義務付ける欧州の規制は、多くの日本車が燃費効率を現状より 2 割改善させることで達成可能である。安全・環境規制対応により車重が重くなる中で 20% の燃費改善が簡単なことではないことは承知しているが、今から 5年後に 20-30% レベルの効率改善に留まっていて、本当に 10年後に 3 倍の効率改善に到達できるのかは疑わしい。だが、もし燃費効率 3 倍の水準に到達していなければ、規制によってではなく資源の有限性という物理的理由によって、自動車産業そのもの、自動車社会そのものの存続が危ぶまれるのである。

また、世界中の多くの国で自動車の保有台数は凡そその国の年間新車販売台数の約 10 倍になっている。ということは、自動車の使用年数は凡そ 10年だということであり、販売を停止した後も 10年間は市場・社会に滞留して地球環境や資源に影響を与え続けていくことになるわけだから、開発プロジェクトは世界規模で 20年の時間軸(今日から数えればインドのエネルギー消費量が凡そ先進国となる 2027年頃まで)の責任を持っていることになる。

自動車産業では本当にこのように大きな世界観や長い時間軸のもとでの目標を持ち、個々の開発プロジェクトに分解して展開し、周知徹底させているのかどうかが問われなければならないと思う。

この話は日本の社会保障制度の議論と似ている側面がある。年金制度を維持することがどれだけのコストを伴うものか、それでもそれを維持する価値がどれだけあるのか、維持するための方法論あるいは廃止した場合の対応策としてどんな選択肢があって、それぞれに要する個人レベルでの受益や負担がどうなるのか、選挙での反発を恐れて行政は全貌を明らかにしていない。

全貌を見せずに小手先の説明やその場しのぎの施策ばかり行なっているから、国民・有権者の側は不安と不満ばかりを抱いて、制度存続のための負担引き上げにも増税にも給付削減にも反対だが、かといって制度の廃止や縮小に対しても納得しないという状況に陥っている。国民・有権者の支持が得られないから、行政側は抜本的な改革を避けて小手先の説明やその場しのぎの施策でしのぎ、その間に事態はますます悪化し、最終的な破綻が一層現実的になってくる、という構造的な悪循環に陥ってしまっている。

燃費効率 3 倍の議論においても、経営側は目先の地域規制や競合車のカタログ・スペックとの比較、連日最高値を更新中の原油価格問題(これ自体、70年代のオイルショックの時とは異なり、資源の有限性と世界需要の構造的上昇に原因があるわけだが)だけに留まらない大きな世界観や長期の時間軸のもとでの課題を、開発プロジェクトメンバーやサプライヤ、ユーザに提示したうえで、その解決策を一緒に講じていく必要があるだろう。

【材料置換に消極的な自動車産業】

1/X がそうであるように、また高橋准教授が指摘するように、燃費効率改善は動力機構の革新だけではなく軽量化との組み合わせが有効であり、中でも航空機にも採用されている炭素繊維強化樹脂(CFRP)のボディやシャシーへの採用拡大は、殆ど安全性を犠牲にすることなく軽量化に即効性があることは周知の事実である。

それでも樹脂の採用がなかなか進まない理由として、生産性の問題(樹脂のサイクルタイムが長すぎて自動車の生産ラインと同期化できない)、品質の問題(樹脂の寸法安定性が低く位置決めの困難やパーティションの不均一を生じる、塗装の仕上がりも鋼板ほど鮮やかにならない、衝突安全性もまだ不安)、リサイクル性の問題(樹脂複合材は分別回収が困難で再生利用に制約が生じる場合がある)なども指摘されるが、こうした技術的な問題は冒頭で取り上げたように材料メーカー側からも次々と解決策が提示されているし、日本の自動車メーカーが本気で取り組めば解決不可能な問題ではないはずだ。

実質的に唯一の課題はコストの問題である。
資源の高騰により高くなったとはいえ鋼板は依然として相対的に最も経済的な材料であることには変わりない。前述のように目先の地域規制対応のために軽量化に貢献する材料に対しては 1kg あたりいくらかの追加コストを払う用意があるとする自動車メーカーも多い。だが、その場合でもモジュール化による生産性・品質改善で回収可能な範囲とされ、対象となる材料もマトリクスには相対的に安い汎用樹脂、強化剤としても炭素繊維ではなくやはり安いガラス長繊維を使ったもの、採用領域もバックドアやエンジンフードなどに限定する、など、コスト上昇を恐れて部分的な取組みに留まっている。

だからといって自動車メーカーが批判されるべきとは思わない。世界のどの市場でもユーザは環境保全や資源節約に効果的な対策に対して追加コストを払う姿勢は見せておらず、前回本誌で触れたとおり寧ろ低コスト車の方を求めている中でコスト上昇に繋がる打ち手を取ることを、競争環境にある自動車メーカー個社に求めるのは酷だからだ。

【コスト問題のブレークスルー】

そこで、二つの提案がある。
第一に、自動車産業・繊維産業・樹脂産業の横断的コンソーシアムを組成してリサイクル性に優れた特殊な繊維強化樹脂の共同開発を行なうこと。
第二に、コンソーシアムとして行政やユーザに働きかけを行ない、特殊樹脂の開発費の一部をユーザ負担とすることを納得してもらうこと。

第一の産業横断的コンソーシアムに関して、大前提として自動車産業のような工学系のアプローチと、樹脂産業や繊維産業のような化学系のアプローチの違いに注目する必要がある。

工学系のアプローチでは、いきなり実験を行なうことはない。求める成果がある場合にのみ、その成果を構成する要素と成果にいたるプロセスを論理的に特定して仮説を作って、仮説を検証する形で実験を行ない、検証できたものだけを技術棚にストックしておくという、禁欲的で効率的なアプローチを取る。

一個の試作品を作り出すだけでも多くの関係者が関与する大量の部材と大型の工作設備、実験設備を要する機械工学の世界ではあらゆる開発や実験に手を出していたのではいくら工数、リードタイム、開発費があっても足りなくなる。開発投資の対象・範囲・時間を絞り込んでいく必要があり、標準を重んじ、標準からの逸脱を極小化することが求められる。

その結果として、自動車などの機械製造業では開発費は売上の数%にとどまり、年産 20 万台といった一定の経験曲線は存在するものの一概に生産量の多い会社、老舗企業、M&A で大きくなったメーカーが強いとはいえない産業の形ができているのである。

これに対して、化学系のアプローチでは、多少誇張気味に言えば、求める成果があってもなくても、できるだけ多くの実験を行なってできるだけ多くの成果を得るようにして、その成果をその要素・プロセスとともに技術棚にストックしておき、ある成果が求められる機会が到来したら、その時にストックから引き出してくるという、寛容的で実際的なアプローチを取る。

研究室のビーカーの中で試薬を混ぜるだけでものができあがる世界であるうえに、実際に混ぜ合わせてみると予想もしていなかった発見が生じることもありうる世界でもあるから、予断を廃してあらゆる試験を行なって得られた成果を蓄積しておく価値がある。逆に論理的に推定可能なことだけを実験していたのでは他社に先駆けて新薬や新材料を作り出して先行者利益を得ることができなくなる。

その結果として、何十年という時間や何万人もの工数、売上の何十%もの開発費を投じて無限の可能性を追求することになる。だから、化学産業においては老舗企業、大企業ほど強くなり、老舗の大企業が過去何十年もの時間を掛けて蓄積した技術ストックの大きさを買うための M&A が横行する構造になる。

工学系と化学系のコンソーシアムの意義は両者のアプローチの融合によるコスト削減にある。

産業界で頭角を表してから高々 30年の歴史と工学系中心の人材しか持たない自動車産業が化学系のアプローチで新材料開発を進めようとしても時間とストックの壁に当たることになるし、工学系のアプローチでは革新的な発見の確率が低い。化学産業の側には時間を投じて開発したものの未利用の技術ストックが相当あるはずで、自動車産業が求める成果やプロセスに応じてストックから引き出して調整してもらう方が遥かに早く、安いのではないかと考えられる。

また、産業横断的にコンソーシアムを組成して共同開発を行なうのは、化学の世界では規模の経済が働くからで、1 社対 1 社で個別に共同開発チームを組成するよりも安上がりになると考えられる。各社ごとの差別化のための材料開発ではなく、産業の存続をかけた材料開発であるから横断的プロジェクトが組み易いはずだということもある。

共同開発の対象とするのはリサイクル性に優れた繊維強化樹脂である。リサイクル性を強調するのは資源の有限性から来るコスト上昇を抑えるためであり、マトリクス樹脂も強化用の繊維も再生利用可能なものが望まれる。

開発予算は参加各社が売上の一定比率を一律で拠出する方式が考えられるが、それでも足りない部分についてはリサイクル費用もしくは自動車重量税と同様に、もしくはその一部としてユーザに負担してもらうべきではないかというのが第二の提案である。

モビリティ(行動の自由)の受益者である自動車ユーザに対して、その持続可能性が危機に瀕していること、その解決が自動車産業単独では難しいこと、コンソーシアム方式での解決策はあるがそれでも一定の費用が掛かることを、行政とユーザに対して、全面的に開示し、丁寧に説明していけば、受益分相当の負担をすることを理解してくれるユーザも多いと思われる。それでもユーザの理解が得られなくても失うものはない。モビリティが持続可能性やユーザの支持を失えば、いずれにせよ自動車産業に未来はないからだ。

<加藤 真一>