AYAの徒然草(42)  『いいとこ取りの「ポジティブシンキング」』

仕事で成果を出すことにも自分を輝かせることにもアクティブなワーキングウーマンのオンとオフの切り替え方や日ごろ感じていることなど素直に綴って行きます。また、コンサルティング会社や総合商社での秘書業務やアシスタント業務を経て身に付けたマナー、職場での円滑なコミュニケーション方法等もお話していくコーナーです。
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第42回 『いいとこ取りの「ポジティブシンキング」』

私は、楽天的な性格なので、意識しなくても、なんでもポジティブにとらえて行動しているんだろうなと思います。それでも、つらいことや悲しいことがあると人並みに落ち込み、立ち直るのにはそれなりの時間がかかります。そんな時、「ポジティブシンキング」の発想が、落ち込んでいる私にすーっと助け舟を出してくれるわけで、イヤなことを私の頭の中から運び出して忘れさせてくれるんです。

立ち直りの場面だけでなく、これから何かにチャレンジする(しないといけない)場面でも「ポジティブシンキング」はとても役立っています。
「自信がないなぁ。失敗したらどうしよう?」と思うよりも、「できるに違いない!!」と思って行動に移す方が、その時点ですでに、成功の一歩を踏み出しているんだと信じて、今までいろんなことにチャレンジしてきました。

こんなふうに、私は、つらいことや悲しいことをなんとか乗り越えてこれましたし、新しいことにチャンレジする時だって、自分に自信を持ってポジティブ精神をモットーに頑張ってきました。それでハッピーな人生を送ってきているので、今までの私のこの思考パターンは間違っていないと信じていたのですが、それが最近、覆されてきているんです。

今年の 6月に、雅楽師の東儀秀樹さんの講演を聴く機会がありました。講演のテーマは「すべてを否定しない生き方」でした。講演を聴く前にこのテーマを見た瞬間、「今の僕があるのは、ポジティブシンキングで生きてきたからなんだ。」とでも語るのかしら???随分と平凡だこと。あんなに成功を収めている人なんだから、もっと、私たち凡人じゃ考えつかないようなことや、人生観と共に雅楽師としての思想を語ってくれればいいのに。と、講演内容を勝手に想像して、正直言ってあまり期待せずに聴きに行ったんです。(東儀さん、ごめんなさい!)

それが、東儀さんは、「ポジティブシンキングを心掛けることは、強迫観念にとらわれることに近いと思っているので、僕にはできない。」と言い、いきなり講演の冒頭から「ポジティブシンキング」を否定し始めたんです。

東儀さんの言う「すべてを否定しない生き方」の「否定しない」とは、「肯定する」(「ポジティブシンキング」)とは違う概念なんだそうです。
東儀さんの「否定しない」とは、「事実や違いをまず認めて、それを受け入れること」という意味なんだそうです。悲しいことやつらいことがあっても、その事実を一旦受け止め、それに違和感があったとしても、拒絶せずに自分のものとして冷静に受け止めることで、なにか新しいものが生まれてくる。そう信じているそうなんです。

ところで、もしもみなさんが、体の不調から病院へ行ってみたら、医者から、「あなたの余命は、あと三ヶ月です。」と言われたとします。みなさんなら、どうしますか?その時、自分がどういう状況になるか、想像がつきますか?

私なら、まず、三日間はふて寝だと思います。いや、三日じゃなくて二週間、いや一ヶ月の引きこもり生活に突入かもしれません。なかなか現実を受け入れることができず、挙句の果てには、ふて寝をしたままあの世へ行ってしまってもいいとさえ思うかもしれません。それに、死ぬことが怖くて気が狂い、周囲の人へ当り散らすかもしれません。

東儀さんは、25 歳の時に、膝に違和感があって病院へ行ってみたら、膝のお皿に腫瘍があると言われ、入院をしたそうです。
医者からは、「手術をして取ったら退院です。」と言われたので安心していたのに、医者と自分の親がこそこそと、「実は、腫瘍は悪性で、命はそう長くない。」という会話をしているのを聞いてしまったそうなんです。その後の東儀さんの行動は、私には想像できないものだったのです。

「あと、どれくらい生きられるのか」が知りたい。おしえてくれないなら、三日後に死んでもいいように、悔いなく過ごしたい。まずそう思ったそうです。若干 25 歳にして、この精神力と度胸は、男性だからでしょうか???三日後に死んでもいいように、すぐに友達と会う約束を取って一緒に遊んだり、当時、はまっていた趣味のロックで、思いついた良いフレーズを楽譜にメモして残そうとしたり、好きな絵を描いたりして三日間、思う存分楽しく過ごしたそうです。
そんな生活を送っていたら、なんと、奇跡が起き、次の検査で悪性腫瘍の数値が下がっていて、その数週間後には健康な体で退院できたそうなんです。もしも、あの時、生きる気力をなくしていたら、がん細胞に蝕まれていたかもしれないとおっしゃっていました。

東儀さんは、今から 2年前に交通事故に遭い、同じように生命の危機に瀕しているんです。その時も、事故直後の意識が朦朧としている中ですら、「今、コンサートツアー中なのに、ステージに立てなくなったらどうしよう!!」とは考えずに、「起こってしまったことは遡ることはできない。しょうがないこと。もう取り戻すことはできない。
じゃ、これから何ができるだろうか?とりあえず、明日からのコンサートでは、指さえ動けば演奏はできる。」と思い、まず、自分の指が動くかどうかを確認したそうなんです。生命の危機に瀕している瞬間に、コンサートを続行させることを冷静に考えられる東儀さんの精神力は、どこから来るのでしょうか?その上、そんな時ですら、「否定しない生き方」を全うし、どんな現実でもすんなりと受け入れていることが、私には信じられなかったのです。

ちょうど同じころ、全く別の機会ですが、元ラグビー日本代表監督の平尾誠二さんの講演を聴く機会があったんです。
現役時代、神戸製鋼を 7年連続日本一に導いた、あの平尾誠二さんです。平尾さんの講演のテーマは「メンタルタフネスの重要性」でした。平尾さんは、現代の社会では、ストレスにどれだけ耐えられるかという心の柔軟性がとても大切だというお話を、ラグビーの逸話を通じて語ってくださいました。その中で、特に印象に残っている平尾さんの言葉があるんです。しばらくの間、私の耳から離れなかったんですよ。

平尾さんのラグビーでは、対戦相手がわかっている場合、相手の得意な戦略や弱点を研究し、それに合った作戦を練って練習に励み、試合に臨むそうです。
それが、いざ、試合に臨んでみたら、相手チームの戦法がガラリと変わっていて、事前に企てていた作戦が全て意味の無いものになってしまった経験が、今まで何度かあったそうなんです。
そんな時、一生懸命試合に臨んでいる選手たちをどんな言葉で励まし、指示を出していたのか。なんと平尾さんは、選手たちへ、(関西弁で)「しゃぁーない!」(標準語だと「しょうがない!」)と言って、早く見切りをつけさせていたそうなんです。
平尾さんも東儀さんと同じ、「現実を受け止める主義」(「否定しない主義」)で、事実を受け入れて開き直ることも人生には必要だということを主張していたのです。(この「しゃぁーない!」精神で開き直って、却って良い方向に試合が運んだこともあるそうなんですよ。)私の耳から離れなかった言葉は、この「しゃぁーない!」なんです。

東儀さんと平尾さんの思想で共通していることは、「悪いことも否定せずに現実を受け止める。その上で、今ここに全力を尽くす。」なのです。どちらの講演も、生で、しかも近距離で聴いていたせいか、お二人ともお話している姿が堂々としていて男らしくとてもカッコ良かったのですが、これでは思想もカッコ良すぎですよね。

そんなカッコいい東儀さんと平尾さんの影響を受けて、私も、最近、何かつらいことや自分ではどうしようもできないことに直面した時に、自分自身に、この「しゃぁーない!」を言い聞かせて「現実を受け入れる訓練」をし始めたんです。
今までの私は、もしかしたら、ひたすら「諦めない精神」を全開にして、どこまでも追求する姿勢が強すぎがのかもしれないと思い、東儀さんや平尾さんの考え方をちょっとマネてみたんです。

しかし、なぜ私がそういう思考の転換をし始めたと思いますか?それは、たとえ自分にとってマイナスな出来事であっても、その現実を受け止めるだけで、その後の私の行動の選択肢が広がることに気づいたからなのです。
一つの意志を貫き通して諦めないことも大事ですが、「ショックやダメージからなにができるか」ということを考えることの方が、もしかしたら可能性が広がるんじゃないのかなと思ったのです。

そして、平尾さんの「しゃぁーない精神」を持つようになってから、東儀さんの理論もだんだん飲み込めるようになってきたんです。それに、お二人の思考パターンをマネしているうちに、私の中で、全く別の新しい発想も生まれてきました。どちらかと言うと悪い意味に使われがちで、ポジティブシンキングの正反対である「ネガティブシンキング」も、実は、時には必要なのかもしれないと考えるようになったのです。

つまり、私が信じてきた「できるに違いない!」とポジティブに考えていたことは、実は、自分自身の気分を盛り上げるための呪文に近いものであって、もしかすると「過信」になっていたこともあったのかもしれないと思ったのです。
それに比べ、最初から、「できないかもしれない」と思い、行動に出る前から用意周到に先々のことを考え、万が一失敗した場合のことを先回りしている人の方が、現実的には上手く行っている場合もあるのかもしれないのです。良くない方向へ考えてしまうこの「ネガティブシンキング」も、結果的にものごとを良い方向へ導くこともあるんじゃないのかなぁと思い始めたのです。時と場合によっては、「ネガティブシンキング」も必要なんじゃないのかなぁと。

それに、ポジティブシンキングの人は、私のように楽天家に見られがちです。たとえば、私が仕事で大きなミスをしたとします。いちいちミスをしたからと言って、そこで立ち止まってくよくよしていてもしょうがないので、早く忘れて元気になろう!と、ポジティブシンキングで気分を一掃させようとします。
しかし、見方を変えると、立ち直りが早い分、すぐにそのミスの痛手を忘れるので、次にもまた同じミスを繰り返してしまうという可能性もあるのです。そこで一旦、長い間深く傷つき、落ち込んでダメージを受けているネガティブシンキングの人の方が、実はその後、同じミスを起こす確率は低いのではないかと思ったのです。同じミスを繰り返していると、周囲の人からは、信用を失うこともありますよね。「ミスをしても深く反省しない人。同じミスを繰り返す人。」というレッテルを貼られてしまうこともあり得るのです。だから、ミスをしたら、たまには「ネガティブシンキング」で、深く落ち込むことも、人間の成長には必要なのかもしれません。

要するに、時には、「心のリスク管理」として、また、「人間の成長の糧」として「ネガティブシンキング」を根底に取り入れた「ポジティブシンキング」が、理想のような気がしてきたのです。

人の考え方は千差万別ですよね。東儀さんの思想、平尾さんの思想、私の思想は、基本は同じ「ポジティブシンキング」でも、似て非なるものです。また、人の思考のパターンって、なかなか変えられるものではありませんよね。

でも、東儀さんや平尾さんのような成功人生を送っている方々の人生論を聴いていると、とても良い刺激になって、自分にはない発想だったら積極的に取り入れてみようと試みます。
そして、「時にはネガティブシンキングも必要かもしれない」というような、これまでの自分の思考パターンからは生まれてこなかった理屈まで考えるようになるので、マンネリ化していた思考パターンを変える良いきっかけとなり、発想と行動が固執されなくなってくるのです。

東儀さんや平尾さんの思想をマネし始めてそろそろ三ヶ月が経ちますが、お二人の思想を取り入れた私の新たなポジティブシンキングは、まさにお二人の「いいとこ取りをしたポジティブシンキング」になりつつあるんです。そして、時と場合によっては、ネガティブシンキングも登場させて、両方を使い分けることのできる、そんな私独自の思考のスパイラルを描いていければ、これこそ理想なのかもしれませんね。

<佐藤 彩子>