戦略から考えるデザイン (3)  『デザイン評価指標の必要性』

自動車業界におけるデザイン分野の戦略的マネジメントのあり方について探求していくコーナーです。

……………………………………………………………………………………………

第3回 『デザイン評価指標の必要性』

【フランクフルトモーターショー開催間近】

9月 11日からフランクフルトモーターショーが開催されるため、開催期日が近づくにつれ、メディアでは各自動車メーカーが出展するクルマに関するニュース&情報が増えている。

・ホンダの「アコードツアラー」コンセプトモデルは、次期アコードツアラーのデザインを表現。また低公害エンジン、新開発の車体を盛り込んでいる。

・日産の小型ハッチバッククーペ「ミクシム」コンセプトモデルは、最先端のEV 技術を搭載し、新たなエクステリアデザインを施したものであり、日産の環境対応プログラムに準じたものとなっている。

・三菱自動車のコンパクト SUV 「コンセプト CX」は欧州の排出ガス規制 EURO5に適合する新開発のクリーンディーゼルエンジンを搭載し、動力伝達効率に優れるトランスミッションとの組み合わせで低燃費、低排出ガスを実現。また、独自開発の植物由来樹脂技術「グリーンプラスチック」を内装材に多用するなど環境対応技術を採用している。

・VW は現在発売中の環境対応を重視したブルーモーションモデル * を新たに6 車種発表する。(*TDI ディーゼルユニットエンジンを軸とし、動力性能の最適化と空力性能の向上による低燃費・低エミッションを実現)

・Ford は CO2 排出量が少ないコモンレール式ディーゼルエンジンを搭載した「ECOnetic」シリーズを出展。まず 2008年初めに発売する Focus に設定。空気抵抗と走行抵抗の軽減措置も施している。

以上はメディアに流れている情報のいくつかを抜粋したものであるが、自動車メーカー各社が次期開発モデルにおいて共通に取り組んでいる商品戦略は環境技術、安全技術、デザインの 3 点であることが分かる。

次期開発モデルに搭載する先進的、革新的な技術は新モデルをより魅力的な商品とすること以外に、法規制として設けられている環境対応基準や安全基準をクリアするために必要不可欠なものである。

環境対応基準においては、地球温暖化防止に貢献するため厳しい自動車排出ガス規制値が設定されており、その低減基準値をクリアする認定制度がある。また、燃費基準においても具体的な数値を設けて、その認定を受けたクルマには税制での優遇を施す制度がある。

安全基準であれば、衝突安全性能総合評価で運転席でフルラップ前面衝突試験、オフセット前面衝突試験、側面衝突試験の 3 種類の衝突試験の評価点を合計し 6 段階で評価し、助手席ではフルラップ前面衝突試験、側面衝突試験の 2 種類の衝突試験の評価点を合計し 6 段階で評価するものがある。

環境対応や安全技術については上記以外にもいくつかの規制値があるが、次期開発モデルに盛り込まれている商品戦略のうち、デザインについてはクリアすべき統一された評価基準は明確になっていない。

【デザイン革新の妨げになる危険性】

過去 2 回の本コラムにて述べている通り、デザイナーの業務領域は事業戦略におけるデザインの重要性の高まりから、周辺領域である開発、設計、エンジニアリング等まで拡大しており、デザイナーにはデザイン以外の知識、ノウハウ、スキルが必要となっている。

その結果、デザイナーが抱えている問題、ストレスは本業のデザイン業務に深刻な影響を与えるものとなっている。

1 つ目は業務領域の拡大に伴い、デザイナーの日常業務が忙しすぎることである。デザイナーはデザインを個人的な想いだけで描くようなことはなく、消費者から高い評価を受けるような商品は何か、それを支える技術は何かを考えながら企画開発コンセプトに基づくデザインを描き上げる。

その時に重要なポイントになるのは実用性であり、自社商品のユーザーが実際に使用してどのような点を評価して、どんな点に不満を持っているかということである。

勿論、マーケティングや営業部から消費者の意見を聴くことも出来るが、実際に生の声を聞けることは少なく、消費者が思っている本当のところはデザイナー自身で確認したいのに忙しすぎてそれが出来ていないそうである。

2 つ目は練りに練ったデザインでも製品化する中でエンジニアリング面や経済合理性を優先するため、デザイン変更を受け入れざるを得ないことがあることである。商品の細部にまで詰めたデザインが変わってしまうことで売れると思っていた商品がそう思えなくなってしまうことはデザイナーにとってフラストレーションに繋がるという。

3 つ目はデザイン評価に関する指標が統一されていないため、評価が曖昧になってしまうことである。デザイナーは商品の売上や利益だけでデザインを評価して欲しくないそうである。売上が上がれば良いデザインと評価されるが、売れない場合はデザインが悪かったと評価されるのはおかしいと思っている。

1 つ目と 2 つ目の課題については開発プロセスやマネジメントの変更、プロジェクトチーム内コミュニケーションの強化等により解消できる可能性があるものと思われるが、3 つ目のデザイン評価の曖昧さはデザイナーの本業に対するモチベーションを削いでしまうため、デザインの創造力の低下という結果に繋がる危険性があることから企業による迅速な対応が求められる。

【デザインを評価する基準とは】

上記のように述べてきたが、世の中にデザインを評価する基準が全く無いわけではない。
公の評価指標の 1 つである財団法人日本産業デザイン振興会が主催しているグッドデザイン賞の審査基準は、まず初めに「良いデザインであるか」が一定以上の水準にあるかを判断し、次に「優れたデザインであるか」、「未来を拓くデザインであるか」の評価を中心に採点するもので、それぞれいくつかの評価項目で構成されている。

※グッドデザイン賞の HP より抜粋

(1)良いデザインであるか

◆良いデザインであるための基本的要素

美しさ、独創的、使いやすさ・親切さ、使用環境への行き届いた配慮、価値に見合う価格、誠実、機能・性能が良い、安全への配慮、生活者のニーズに対応、魅力を感じる

(2)優れたデザインであるか

◆優れた点を明らかにするポイント

●デザイン
・デザインコンセプトが優れている
・デザインのプロセスマネージメントが優れている
・斬新な造形表現がなされている
・デザインの総合的な完成度に優れている

●生活
・ユーザーの抱えている問題を高い次元で解決している
・「ユニバーサルデザイン」を実践している
・新しい作法、マナーを提案している
・多機能、高性能を分かりやすく伝えている
・使いはじめてからの維持、改良、発展に配慮している

●産業
・新技術、新素材をたくみに利用している
・システム化による解決を提案している
・高い技能を活用している
・新しいものづくりを提案している
・新しい売り方、提供の仕方を実現している
・地域の産業の発展を導いている

●社会
・人と人の新しいコミュニケーションを提案している
・長く使えるデザインがなされている
・「エコロジーデザイン」を実践している
・調和の取れた景観を提案している

(3)未来を拓くデザインであるか

◆優れた点を明らかにするポイント

●デザイン
・時代をリードする表現が発見されている
・次世代のグローバルスタンダードを誘発している
・日本的アイデンティティの形成を導いている

●生活
・生活者の創造性を誘発している
・次世代のライフスタイルを創造している

●産業
・新しい技術を誘発している
・技術の人間化を導いている
・新産業、新ビジネスの創出に貢献している

●社会
・社会、文化的な価値を誘発している
・社会基盤の拡充に貢献している
・接続可能な社会の実現に貢献している

グッドデザイン賞の目的は「生活の向上と産業の高度化」を「デザインを活用して社会全体を推し進めていくこと」を役割としているとのことであり、各企業の事業戦略として取り組んでいるデザインの役割と重なる部分がある。

しかしながら上記の評価ポイントは、全ての業界や商品を評価するための謂わば最大公約数としての評価基準であり、そのままで各企業が活用することは不適切かもしれない。
何故ならば企業によって重視する戦略が異なれば、商品デザインに対する評価指標の重要度についても異なるはずだからである。例えばクルマであれば環境問題を重視する傾向にあるため「社会」のカテゴリーに評価指標を多くおくことになるであろうし、日用雑貨であれば「生活」のカテゴリーに評価指標を多くおくことになるだろう。

各メーカーは独自の評価指標(KPI:Key Performance Indicator)を持ち、新商品のデザインを決定しているはずである。それは独自のものであるため、各社の戦略や商品コンセプトによって評価基準となる KPI は異なる。

つまり、KPI の組み合わせは商品単位で 1 つ 1 つ異なるものであり、それを最適に組み合わせることによって目指している方向性や戦略との整合性を正当に評価することが出来るのである。

【評価指標が革新的デザインを推進させる】

産業機械やクルマ等の工業製品のデザインにおいては、エンジニアリング等の技術的な部分や安全技術等との兼ね合いの部分が重視される評価対象となっていると思われる。何故ならば、商品の実用性は工業製品のデザインを評価する場合において最も重視される指標だからである。

この評価方法については決して間違ったものではないと思うが、一方でデザインを評価することの優先順位を下げてしまう結果になってしまっていないだろうか。

デザイナーが商品企画コンセプトを如何に表現してターゲット顧客に訴求するデザインを描くか、ということは正に本領発揮のところである。そのデザインにはイメージ喚起力であったり、商品独自のストーリー性であったり、トレンドを踏まえた上での革新性や保守性、創造性や普遍性、統一性や一貫性など、様々な要素が巧みに組み合わされている。
もしもデザイン戦略を事業戦略上の重要ポイントとするのであれば、デザインのクリエイティビティの KPI を細分化し、デザイナーが正当に思うような評価指標を設けることがデザイナーに対する最大の支援策となるのではないだろうか。

iPod のデザインにおいてアップル社 CEO スティーブ・ジョブズがこだわったボタンを本体から消すということは、普通では誰も思いつかないことである。しかし、このトップダウンは現在の使い方(実用性)に捉われる事でデザインを制約していた状況を破壊し、デザインの革新性をもたらした。また、その結果、iPod ブランドの普遍性や統一性をもたらしマーケットのデファクトスタンダードしてその地位を確立するに至っている。

iPod の成功事例はトップダウンだから出来たのかもしれないが、デザインの評価指標として何を評価するかということを評価する側と評価される側が共通の認識を持ってデザインに望めば、もっと頻繁に奇抜ではない、本来の革新的なデザインが出てくるように思うのである。

一般に、消費者が購買を決定する際の判断の 80% は視覚によるものといわれている。

制約条件が多いインハウスデザインにおいて、より革新的、先進的なデザインを創造するためには、デザイナーが正当であると思えるデザイン評価制度とKPI を整備することが重要であると思うのである。

<大谷 信貴>