攻めるための株式非公開化

◆米フォード、株式非公開化も検討か。米紙USAトゥデーが報道

<2006年08月27日号掲載記事>

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【フォード再建計画の現在】

フォードは今年 1月、北米 14 工場の閉鎖と従業員 3 万人の削減を柱とする再建計画をまとめたが、その後も北米での販売不振が止まらず、今月になって再建計画をさらに加速するための広範な取り組みとして、前年同期比 21% にもあたる北米での大幅な減産、及び傘下の英高級車アストン・マーチン部門の売却を発表した。

上記施策に加え、アストン・マーチン同様、同社の高級車部門プレミア・オート・グループの一部であるジャガーの売却や金融子会社フォード・モーター・クレジットの売却の可能性が取りざたされている。

そして今回、米紙 USA トゥデーは、フォードが株式を非公開とする可能性について検討していると報じた。有力株主の意向にとらわれず、創業家出身のフォード会長兼最高経営責任者(CEO)が率いる現経営陣の主導でリストラ計画を推進するのが狙いという。

フォードは、創業家が株式の 5 %、議決権の 40 %を押さえており、有力株主の影響を受けにくい体制にはあるものの、株式非公開化で経営再建の主導権を完全に確保できる。

しかし、非公開化に要する資金は莫大なものになることが予想され、実際に株式非公開化に踏み切れば、現在の低い株価水準で試算しても買収金額は 133億 4000 万ドル(約 1 兆 5500 億円)となり、一般株主に代わる引き受け手の問題が浮上してくることになる。

【株式公開のメリットとデメリット】

株式の非公開化に関連して、ここで一旦、株式を公開していることのメリットとデメリットについて整理してみようと思う。

まずは株式公開のメリットである。これは大別すると 3 つある。

(1)資金調達力の拡大
株式市場を通じて広く一般投資家から資金を調達することが容易になる。企業はその資金を研究開発投資、設備投資などに活用し、さらなる成長・発展を目指すことが可能となる。

(2)経営品質の向上
株式公開することで企業経営が多くの投資家、アナリストの目に晒されることになる。株式市場との対話を通じて、経営戦略やコーポレートガバナンスのあり方等を見つめなおすことにより、結果的に経営品質の向上につながる。

(3)社会的な信用、知名度の向上
株式公開を行い上場企業になることで行政や金融機関、取引先などからの信用が高まる。また知名度の向上により、優れた人材の確保や従業員のモチベーションの向上にもつながる。

次にデメリットである。これは主にメリットの裏返しとも言うべきものだが、大別すると 2 つある。
(1)意思決定のスピードの鈍化
株式公開以前は、経営者兼オーナーの意向により迅速な経営判断がなされていたものが、株式公開により一般株主の同意も得ることが必要になり、結果的に意思決定のスピードが鈍化する恐れがある。また、長期的視点に立った新規事業への進出など大きな意思決定を行う際に、短期的な利益を求める株主の同意が得られず、売り浴びせられるなどの可能性も出てくる。

(2)敵対的買収の危険性
株式市場における評価が低く、満足な株価が得られない可能性が出てくる。その結果、敵対的買収の危険にさらされる場合も多い。

近年は後者の株式公開のデメリットがクローズアップされることも多く、メリットの中で最も重要な資金調達力を維持する形で、非公開化に踏み切るケースが増加している。

【非公開化における金融機関の役割】

非公開化の事例が増加してきた背景には、資金の受け皿となる投資ファンド等の金融機関が一般的な存在になってきたことが大きい。

非公開化は、投資ファンド等の支援を得て MBO (マネジメント・バイアウト)の手法を用いて行うことが一般的である。多くは、中長期的には再上場を目指すものの、抜本的な事業の再構築を行うために、一旦、非公開化し、企業価値を高め、生まれ変わった姿で市場に評価を問う。

これまで日本において MBO という手法は親会社の業績が落ち込み、事業の選択と集中を進める中で子会社を経営陣に売却する場合に主に用いられてきた。通常、経営陣が株式を買い取る際に全額負担することができない為、投資ファンド等が資金の受け皿となり、経営陣と一緒に出資するケースが多い。

自動車業界では、部品メーカーのキリウ、リズムなどが日産の傘下から独立した際にこの手法を用いたことが知られている。

つまり、これまで主に子会社売却の手段として用いられていた MBO が非公開化の手段としてより注目されるようになってきたということである。

【類似事例の紹介】

非公開化に関連した異業種の類似事例を二つほど挙げようと思う。

まずは外食チェーンを展開するすかいらーくである。

すかいらーくは、2005年 12月期に 3793 億円だったグループ売上高を、09年12月期には 1 兆円に拡大する目標を掲げており、既存店の立て直しや、積極的な企業のM&Aを行う予定だ。

そして、上記再構築を実行するため、2006年 9月に野村証券グループの野村プリンシパル・ファイナンスと英投資ファンドの CVC キャピタルパートナーズより、最大で 2718 億円の買収資金の提供を受ける形で MBO を行い非公開化する道を選択した。

創業一族でもある横川竟会長兼 CEO は、現在の同社に対する強い危機感が非公開化を考えるきっかけになったとしており、雑誌のインタビューの中でも「低価格だけでなく新しい価値を構築しないと持たない。」「グループ全 3000店舗を作りかえないといけない。」と述べている。そして「既存店の改修には相当の投資が必要で、赤字もありうる。株主にそうしたリスクを理解してもらうのは難しい」と述べ、非公開化を決断した経緯を語っている。また、一方で、売上高1 兆円企業に向け「既に絵は描けていますよ。」とも語っている。

次に紹介する事例はインターネット検索大手のグーグルである。グーグルは2004年に株式公開したばかりではあるが、同社の株式公開の手法はかなり特殊なものであり、株式公開により資金調達しつつも、完全に開かれたパブリックカンパニーにはしない、ということがポイントであった。

27 億ドルの資金調達をねらった 2004年のグーグルの株式公開は、異例のオークション形式で実施され、議決権の異なる 2 種類の株式が用意された。これは、創業者である ラリー・ペイジ氏とセルゲイ・ブリン氏が株式公開後も決定権を維持できるよう保証されたものである。

「Owner’s Manual for Shareholders (株主取扱説明書)」と題した投資家宛の書簡には「企業が外部からの圧力に屈して、四半期ごとの市場の期待に応えようとするあまり、長期的な機会を犠牲にすることがとても多い」と述べられ「われわれは長い間非公開企業として努力し、このやり方で成功してきた。われわれは、公開企業としても同じように運営していく」と投資家への注意が促されている。

これら二つの事例に共通するのは、防御のために非公開化を選択したのではなく、将来に向けて、より果敢に、機動的に攻めていくため戦略的に非公開化する道を選択したということであろう。

【二つの事例が示唆すること】

そして、これら二つの事例が示唆するのは日々、自社のことを考え、自社の行く末を見通す先見性を持った、創業者でもある経営者と、ともすれば短期的な利益を求めがちな一般株主との間のギャップの存在であろう。

従来であれば、そのギャップは IR 活動によって埋めるというのが上場企業の使命であったのだろうが、経営環境がめまぐるしく変化し、経営判断のスピードが最重要となる現代においては、将来を見越した革新的な事業プランを一般株主に理解してもらい、同意を得ている間に競合他社に先を越されてしまう可能性も出てくる。それならば非公開化してしまい、少数の理解ある株主のもとで迅速に戦略を遂行したほうがよい、ということであろう。

実際に、すかいらーくは全く新しい価値を提供することを視野に入れての非公開化であるし、グーグルは株式公開後もグーグルアース、グーグルトークなどの新サービスを矢継ぎ早に生み出し実用化している。

翻って、非公開化を検討しているフォードには単なるリストラだけではない、一般株主がついてこれないような革新的な事業プランが存在しているだろうか。大株主からの提案により、決して前向きとはいえない姿勢で、日産・ルノーグループとの提携検討に着手した GM のような事態を避けたいという考えで、非公開化を検討しているのであれば、それは防御のための非公開化ということになってしまうだろう。

また、このような非公開化の流れの背景には、資金の受け皿となる投資ファンド等金融機関の存在があることは前述したが、まだまだ日本においても、未上場企業→上場企業という一方通行の意識が強い。資金の受け皿が整備されつつある現在においては、事業のステージに応じて、柔軟に双方の間を行き来するようなことがあってもいいのではないだろうか。

例えば、自動車業界においては今後、更なるグローバル化の進展が予測されるわけだが、部品メーカーは自動車メーカーの海外展開に対応できないとグロバルレベルでの取引を解消されかねないため、身の丈を超えた多額の設備投資が必要となる事業ステージも出てくるだろう。そういった意思決定を行う場合に、一般株主からの賛同が得にくいということも考えられ、株式の非公開化も一つのオプションになりうるのではないか。

そして、そのような事業ステージに応じた資本政策立案のサポートについても、弊社では業界特化型の立場としてお手伝いしていきたいと考えている。

<秋山 喬>