成長期に入ったハイブリッド車市場に求められる戦略とは

◆トヨタ、200 万円を切る小型の新型ハイブリッド専用車を 2011年にも発売

                    <2009年 03月 15日号掲載記事>

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【大衆化するハイブリッド車】

 ホンダのハイブリット専用車インサイトが販売開始されて 1 か月半ほど経つが 今月 10日に発表された当初 1 か月の受注は計画 5,000台に対し 1 万 8,000台と、ここ 10年の同社の登録車の新モデルとしてはフィット、フリードに次ぐ3 番目の規模となった。

 現時点で注文しても納車は 2、3 か月後になるそうだが、ハイブリッド車の自動車取得税と自動車重量税(当初 3年分)が免除される環境対応車減税が始まる 4月以降も引き続き市場の関心を集めることになるだろう。

 一方で、トヨタは 5月に全面改良を予定する次期プリウスの最低価格を、205 万円程度とする方針を固めたのに加え、併売する現行モデルをホンダのインサイトと同程度まで大幅値下げするという。

 現在、現行プリウスの最も安いグレードが 233 万 1,000 円であるから、次期プリウスにしても、現行プリウスの併売バージョンにしても、現在に比べて、だいぶ割安での市場投入ということになる。

 そして、このようなホンダとトヨタの競争により、ハイブリッド車の価格帯が押し下げられ、一気にハイブリッド車の大衆化が進むことが予想される。
【事業者の施策が市場を形成する】

 更に、報道によると、トヨタは 200 万円を切る新型ハイブリッド車を開発し、2011年にも日本で発売するとのことである。

 他車種との部品共通化などでコストを抑え、現行プリウスより 2、3 割安い、インサイトを下回る価格を目指すということである。

 また、これ以外にも、トヨタからは 2010年までにカムリハイブリッドのコンポーネンツを流用したハイブリッド専用車、そのレクサス版、次期レクサス RX400h (現行ハリアーハイブリッドの後継モデル)、プリウスのプラグイン HEV、プリウス派生の HEV ミニバンなどの発売が噂されており、ハイブリッド車のモデル数についても、一気に増加することが見込まれる。

 そして、今回のケースから改めて実感したのが市場というのは事業者側の施策によって形成される、ということである。

 弊社では、コンサルティングプロジェクトの一環として市場調査や市場予測を依頼されることがあるが、そういった経験から、市場というのは外部環境のように必ずしも与件ではなく、事業者側の施策によって、拡大もするし、縮小もするものだと捉えている。

 ハイブリッド車の市場動向については、業界関係者誰しもが関心も持つところだと思うが、何も勝手に消費者の意識や購買行動が時を経れば変化するというものではない。やはり、事業者側の施策の積み重ねにより、市場が変化していくのであり、のちのち、振り返ったときには、今回のインサイト投入が市場拡大の一つのターニングポイントになるのではないだろうかと考えている。
【成長期に求められる戦略】

 また、今回のインサイトにおけるホンダの低価格戦略、及び、それに対する市場の好意的な反応、そしてトヨタの追随という一連の流れはハイブリッド市場が黎明期を抜け成長期に入ったことを感じさせた。
 そして、成長期に入ったということは、それぞれの事業者にとっても成長期ならではの戦略が求められることになることを意味する。一般的に、成長期に求められる戦略というと以下のようなポイントが含まれる。

 まず、第一に市場浸透価格である。

 成長期に入り市場が拡大する局面においては、ある一部の限定的な層だけでなく、市場の大多数の層に対して製品が浸透していくような価格政策を取る必要があると言われている。また、裏を返すと、そういった価格政策を成り立たせるだけの量産技術の確立も必要ということである。

 今回、インサイトが一定の利益を確保しつつも低価格を実現し、それが市場に好意的に受け入れられたということは、まさに市場浸透価格政策であり、言い換えると市場自体としても成長期に入ったことを意味している。

 次に製品拡張である。

 成長期に入り、市場が拡大するうえでは、消費者の多様なニーズに対応する必要が出てくる。そのためには、様々な選択肢をユーザーに対して提示する必要があり、それが可能な企業がより多くの市場シェアを獲得していくことになる。

 先ほど、トヨタの今後の製品投入計画について言及したが、ハイブリッド車についても、今後、ニーズが細分化していくことが予想され、そのニーズに対応できるだけの、製品ラインアップを用意できるメーカーが優位に立つことは間違いないだろう。

 そして、最後に、製品の供給能力である。

 成長期に入ると、急激に需要が増加することになり、それに対応できるだけの供給能力を持っていないと、販売機会を逸することになりかねない。

 自動車という製品は、自動車メーカーと部品メーカーの分業によって初めて完成するものである。今後、ハイブリッド車ならではのハイブリッド専用部品がボトルネックになる可能性もあり、部品メーカーも含めて、成長期に応じた供給体制を確立する必要があるだろう。

 このように、成長期の戦略としては、より多くの顧客により多くの機会、選択肢を提供することが肝要なのである。

 次世代の環境対応車にはハイブリッド車以外にも、電気自動車など様々な方式があるが、インフラ等の問題もなく、最も汎用的に利用されるのはやはりハイブリッド車であると言われており、今後、自動車市場の中でもメインストリームになってくる可能性が高い。
 現在、自動車市場全体としては市場が低迷し、厳しい状況に置かれているが、次世代を担うハイブリッド市場は成長期に入りつつあるわけであり、この局面にどう対応するかが将来的な企業の成長にも大きな影響を及ぼすものと考えられる。
【業界構造への影響】

 また、ハイブリッド市場が成長期に入り、ハイブリッド車が大衆化することが、業界構造に与える影響も無視できない。

 ハイブリッド車が特別なクルマであったとき、つまり黎明期においては、ハイブリッド車が製品ラインアップにないことは、ブランドイメージ上は問題あっても、事業上は特段問題はなかった。

 しかしながら、市場が成長期に入り、ハイブリッド車が普通のクルマになったときに、ハイブリッド車が自社の製品ラインアップにないということは事業上の観点からも非常なハンデになるだろう。

 そう考えると、ハイブリッド車が大衆化するほど環境技術に関する技術格差が明るみに出て、それが引き金となって更なる業界再編が起こることも考えられる。

 過去のメールマガジンで筆者は今回の金融危機を乗り越えたあとはがらっと業界の姿が変わってしまっている可能性について、言及したが、今回のハイブリッド車に関する一連の報道を見ても、特に製品面での変化の胎動を感じる。

 日本の自動車業界は 1970年代の 2度の石油ショック、80年代後半の急速な円高、90年代初頭のバブル経済崩壊といった危機をばねにして、更なる成長を遂げてきたわけであるが、今回の金融危機についてもそうあってほしいと願っている。

<秋山 喬>