業界再編により一層カオス化する自動車業界

◆米オバマ大統領、「クライスラー」の破産法適用申請を発表。

                    <2009年 04月 30日号掲載記事>

◆米 GM、2009年 1~ 3月期は純損失 6000 億円。売上高は半減。破綻懸念強まる。

                    <2009年 05月 07日号掲載記事>
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【クライスラーとチャプター 11】

 日本では既に多くの企業が大型連休に突入していた 4月後半、自動車業界に大きな激震が走った。周知のとおり、クライスラーがチャプター 11 の適用を申請したのである。

 自動車業界を一変させた昨年来からの金融危機は、これまで業界で起こりつつあった変化を急速に顕在化させ、ついにビッグ 3 の一角の破綻を引き起こしたわけである。

 米財務省は破綻を回避するため、債務削減について期限直前まで債権者と交渉を続けたが、一部債権者が最後まで抵抗したことで時間切れとなり、結果的に、オバマ政権はチャプター 11 の適用とフィアットとの資本提携のセットが再建の近道と判断したとされている。

 今回のクライスラーのケースのように債務負担が重く、このままでは債務の返済が不可能だと判断された場合に用いられるのが会社整理だが、会社整理にも企業と債権者が合意して私的に整理する私的整理と、裁判所に申し立てて法律の力で整理する法的整理が存在する。

 但し、私的整理を行うには全ての債権者からの同意が必要であるため、一部債権者が抵抗した今回の場合は法的整理であるチャプター 11 申請に至ったのである。

 また、私的であっても法的であっても整理後の再建を目指か、それとも清算を行うかという選択肢があり、法的整理を行ったうえで再建を目指す手続きがチャプター 11 である。(法的整理を行ったうえで清算する手続きはチャプター7 となる。)

 そして、今回はプレパッケージ型(事前準備型)手続きと報道されているが、これはあらかじめ大口債権者等の関係者から同意を得たのち、法的整理を申請する手法であり、利点としては再生手続き申請後、すぐに再生計画が提出することができるためスムーズに再生手続きが開始できる点が挙げられる。

 今回のケースでいくとフィアットによる出資、米、カナダ両政府からの資金支援、労働組合による負担軽減、大口債権者からの債務削減といった内容を事前に調整したうえで申請したわけである。

 今後は GM にもチャプター 11 が適用されるかどうかが焦点になっているが、通常、再建を目指す場合は要件として本業の事業活動でしっかりと利益、キャッシュフローが確保できている点が挙げられる。GM は少なくとも 2004年以降営業赤字に陥っており、チャプター 11 を適用したとしても今後の再建の行方はクライスラー同様、不透明な状況といえる。
【業界再編がカオス化を増長する】

 また、ここにきて GM、クライスラーの経営危機に関連した様々な業界再編トピックが取り沙汰され始めている。この 1 週間で自動車ニュース&コラムに掲載されていた関連記事を下に列挙してみた。

◆マグナ・インターナショナル、独オペルへの出資計画をドイツ政府に提出
◆ロシアのGAZ、加マグナによる米GMの欧州部門買収計画への参加を検討
◆伊フィアット、独オペルを中核とする米GMの欧州部門獲得で交渉中と表明
◆中国・長安汽車集団、「ボルボ」買収に向け法的な準備に着手。中国紙報道
◆独ポルシェ、独 VW との統合を発表
◆米 GM、「サターン」ブランドの売却交渉先に「ルノー&日産」など浮上
◆伊フィアット、米 GM の欧州・南米・南アフリカ部門との合併を計画
◆米 GM のサーブ買収をめぐり、中国・吉利汽車など 10 前後の候補が資産査定

 では 上記トピックを眺めたうえで、ダイムラークライスラーや日産、ルノー連合が結果的に誕生することとなった 2000年前後の業界再編と比較した場合、今回の業界再編の特徴はどういったところにあるといえるだろうか。

 まず、1 点目には破綻と隣り合わせのレベルまで進行しているビッグ 3 の経営危機が直接の引き金となっているため、当然、買収を検討する側が圧倒的に優位な状況であり、ビッグ 3 が保有するブランドがいわゆるバラ売りのような形で世界中に拡散する可能性があるという点である。

 また、2 点目には買収に名乗りをあげているプレイヤーの多くが決してこれまでの自動車業界の主役ではない、という点が挙げられる。

 中国企業やロシア企業は言うまでもなく、フィアットであっても現時点では売上高でようやく自動車業界のトップ 10 に入る企業であり、新興国市場や小型車といった今後の業界トレンドに即した企業が買収側に回っているといえるだろう。

 そして、3 点目には業界共通の思想がない状態での再編ということができるだろう。2000年前後の業界再編においては 400 万台クラブの言葉が生まれたように、規模の拡大を図るというのが再編の当事者達の共通思想であった。

 しかしながら今回の場合は、各々が自社の利害に基づき行動しており、いわばそれぞれがいいところ取りをしようとしているような状態である。

 以上、2000年前後の業界再編と比較してみると、今回の業界再編は業界構造をより混沌とさせるものと推測される。
【空白が生まれ流動性が高まる】

 また、直近では影響力が弱まっていたとはいえ、やはり自動車業界においてこれまでビッグ 3 が果たしてきた存在感や役割は大きい。それを踏まえた上で、今後の業界構造を考えると、今回の経営危機でビッグ 3 が弱体化したことによる空白が生まれ、業界内の様々な観点で流動性が高まることも予期される。

 まずは市場の観点である。

 2007年時点での世界各地域におけるビッグ 3 グループ合計の市場シェアを見てみると、北中米 60.7 %、南米 34 %、西欧 22.4 %、中東欧 18.5 %、アジア(日本除く) 12.8 %、アフリカ・中近東 12.2 % となっており、言うまでもなく、ビッグ 3 のシェアの高い地域のほうが今後、市場の流動性が高まることになるだろう。

 ちなみに、4月の米国新車販売は前年同月比 34.4 % 減の 81 万 9,540台となっているがビッグ 3 のうち、GM とフォードが前年同月比の落ち込み幅を 3月の 4 割台から 4月は 3 割台へ回復させており、フォードがトヨタを抜いて、1年 2 か月ぶりに 2 位に返り咲いた。

 一方で、チャプター 11 を申請したクライスラーは、販売台数が前年同月比は 48.1 % 減とほぼ半減し、ホンダに抜かれて 5 位に後退した。

 このように既に米国では、目まぐるしく市場シェアが変動しており、市場の流動性が高まっている。

 続いては、業界内のポジショニングの観点である。

 これまで長年、自動車業界は日米欧メーカーの 3 極体制であったが、今回の業界再編により米国メーカーの影響力が薄れる一方で、新興国メーカーの存在感が高まりつつある。
 従来、主に米国メーカーが業界をリードしてきたのは商品コンセプトや市場セグメントといった分野であり、SUV、ミニバン、AT、カーエアコン、エアバッグなど様々なものが米国発である。

 今後の自動車業界においては、これまで米国メーカーが担ってきた分野を他の誰かがリードする必要が出てくる。

 更には、部品メーカーとの関係の観点である。

 ビッグ 3 の経営危機は部品を納入する部品メーカーにも影響を及ぼすことは明白である。デンソーの場合でいうと 2009年 3月期のビッグ 3 向けの売上高は約 1,980 億円であり、5月 1日時点でのビッグ 3 向けの債権額は約 110 億円にのぼるという。

 しかし 2009年 3月期ベースの数字で見ると売上高は全体の 6.3 %、債権額は2.9 % であり、全体からするとそれほどのインパクトではない。

 勿論、額自体が大きいため、一時的にビッグ 3 向けの債権回収の問題は浮上するが、より重要になってくるのはブランドが世界中に拡散する等の業界構造の変化により、取引関係にも変化が出てくるということである。なかには取引関係が見直される部品メーカーもあれば、逆に新たな取引を獲得する部品メーカーも出てくるだろう。

 このように業界内の様々な観点でビッグ 3 弱体化による空白が生まれ流動性が高まるという状況が起こってくるものと思われる。
【空白を埋めるのは】

 このような状況を考えた場合、日系自動車メーカー、及び日系自動車部品メーカーは現在こそ業績が低迷しているものの、やはり空白を埋める有力候補にあるといえるだろう。
 確かにトヨタの 2009年 3月期連結決算の数字を見ても、最終損益が 4,369 億円という記録的な赤字であり、1~ 3月期に至ってはトヨタの純損失が約 7,600 億円と、GM の約 60 億ドル (約 6,000 億円) を上回る数字になってしまっている。

 しかしながら自動車業界全体は混沌としながらも、日系メーカーが得意とする小型車、環境対応車という方向に急激にシフトしており、自動車業界における日系メーカーの地位は相対的に高まっていくものと考える。

 ミニバンのコンセプトを普及させたクライスラー破綻の一方で、トヨタが先鞭を付けたハイブリッド車においては、プリウスが国内生産台数トップに躍り出ようとしており、今後、世界 80 カ国で販売されるというのは時代の転換点の象徴とも取れる。

 日系自動車メーカーの業績は 2010年 3月も引き続き、厳しい状況が予想されているが、短期的な施策と同時に、自動車業界に生じる空白を埋める有力候補として、自動車業界の中長期的将来像を描いていくことが求められている。

<秋山 喬>