新興国自動車メーカーによるブランド買収を考える

◆ロシア政府とカナダ政府、「オペル」のマグナへの売却を支持する意向

         <自動車ニュース&コラム 2009年 6月 18日号掲載記事>

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【オペル売却の基本合意事項】

 GM 再建に関連して、現在は法的拘束力のない基本合意に留まっているオペル株式のマグナ連合への売却について、買収側となるロシア政府とカナダ政府も支持を表明した。

 基本合意には 5月末時点で至っており、その主な合意事項は以下のとおりである。

・マグナ連合は、GM の欧州事業のうちオペルブランドに関するものを GM から継承する。

・新生オペルの株主構成は、マグナ 20%、ロシアのズベルバンク 35%、GM35%、残り 10% はオペル社員および販売ディーラーとなる。

・ロシアの自動車メーカー GAZ がオペルの事業提携先となる。

・ドイツ政府は、州立銀行による最大 15 億ユーロのつなぎ融資を含め、45 億ユーロの融資保証を行う。 

・マグナは、オペルの短期の資金繰り支援として 3 億ユーロを融資。中長期的には、マグナ及び、ズベルバンクが 5 億~ 7 億ユーロを注入する計画。
 
・マグナ連合はドイツ国内にある 4 カ所の工場すべてを維持、25,000 人のうち 2,600 人程度を削減する方針。

 今回の売却劇については大手部品メーカーであるマグナが長年の悲願である完成車事業に進出という論調が主流であり、読者の中でそういった認識をされている方も多いだろう。
【オペル売却のもう一つの側面】

 今回、一躍脚光を浴びたマグナは、カナダで 1957年に設立され、現在はボッシュ、デンソーに次ぐ世界第三位の部品メーカーとして、ボディ、シャシ、パワートレイン、内装、座席、電子システムなど多岐にわたる部品を生産している。加えて、独立系の立場でメルセデスベンツ、クライスラー、BMW などから完成車の委託生産も受けている。

 マグナの GM グループ向けは同社の売り上げの 19% を占めるといわれており、しかもその大半がオペル向けということから、オペルの救済はマグナの販売先の確保という意味もあるものと思われる。当然、車両開発に関するノウハウも吸収することができるだろう。

 しかしながら、マグナによる完成車事業進出というのは今回の売却劇の一つの側面でしかない。それ以上に注目されるのはマグナを超える 35% の株式を保有することになるズベルバンクと、業務提携先となる GAZ というロシア資本の動向である。

 ズベルバンクはロシア連邦中央銀行が約 60% の株式を持つ、いわば国営銀行であり、ロシアの個人預金の約 60% を保有している。一方でロシア自動車産業にとって最大の貸し手でもあり、GAZ だけでなく、ロシア最大の乗用車メーカー、アフトワズや商用車メーカーのカマズなども支援している。

 一方の GAZ は 1929年に、フォードと当時のソビエト連邦の共同事業として端を発した歴史あるロシア資本の自動車メーカーであるが、近年は 2008年で約1.2 億ユーロの損失という経営状態であり、製造している乗用車ヴォルガのロシア市場でのシェアもわずか 0.2% にすぎない。

 そして、この GAZ の大株主がロシアの富豪デリパスカ氏であり、プーチン首相とはきわめて近い関係にあるとされている。また、デリパスカ氏自身はマグナのストローナック会長とも交流があり、一時期はマグナの株を約 20% 所有していた。

 このような背景も踏まえると、今回のマグナ連合はデリパスカ氏を通じて組成された可能性が高い。
 また、先週、報道されたニュースによると、新生オペルの 35% を保有することになるズベルバンクはいずれオペル株を GAZ もしくは、他のロシア自動車メーカーへ転売する見込みとのことである。

 以上のことからわかるように、今回の売却劇は実態としてはロシア資本によるブランド買収の色合いが強いのである。

 ロシアの自動車市場は 2008年の販売台数が 280 万台となり、欧州 2 位の規模へ急成長したものの、新車市場の 7 割を外国車が占め、技術、デザインなどで見劣りする国産車の販売は低迷している。

 ロシア政府は自国の自動車産業の保護、育成をかねてより謳っており、今回の GM 再建を機に技術的に優れたドイツの自動車メーカーを獲得し、それにより自国の自動車産業の発展を図るという国家的な意図も垣間見える。
【新興国メーカーによるブランド買収】

 本ケース以外にもフォード傘下ボルボの吉利汽車への売却、GM 傘下ハマーの中国重機械メーカー「四川騰中重工機械」への売却がそれぞれ暫定合意されたりと、新興国資本によるブランドの買収は今回の業界再編の一つの特徴になっている。

 また、数年遡れば、フォード傘下のジャガー、ランドローバーがタタに売却されたり、MG ローバーが経営破綻ののち、上海汽車、及び南京汽車に引き取られるという事例もあった。

 このように新興国メーカーによるブランドの買収は今回に限らず、今後も起こってくることだろう。

 そして、このような新興国メーカーによるブランドの買収は自動車産業にとってどのような影響を及ぼすのだろうか。

 現段階では、新興国製のブランド車など性能、品質面での不安も出てくるだろうし、消費者もそれほど価値を感じないだろうという声が大勢を占めているのではないだろうか。
 また、そもそも、自動車という製品においては技術は自社で開発するものであり、技術をよそから買ってくるというのは業界特性、製品特性的に馴染まないという声もあるだろう。

 ただし、現在は混沌としている時代でもあり、意図的に、少し、天邪鬼的に物事を見ることも必要ではないかと思われる。

 2005年に中国のレノボグループが IBM の PC 部門を買収したニュースは当時はセンセーショナルであったが、現在、同様のニュースが流れてもさほど驚くべきこととは受け止められないだろう。むしろ、現在では 1台 6~ 7 万円の低価格ノートパソコンが市場の主流になりつつある。また、筆者が幼少のときに母親が衣料品に関し、日本製ということに拘っていた記憶があるが、今ではそんな層は少数派であろう。

 このように価値観、常識というものは、時代とともにいとも簡単に変わっていってしまう可能性があることを念頭に置いておく必要があるだろう。すり合わせ型の製品アーキテクチャの代表例とされている自動車の製品特性も、今後、変化がないとは言い切れない。
 そういう天邪鬼的な目つきでもって、ブランドを買収した新興国の自動車メーカーのその後を考えてみると、まず一定の安定化期間を経たのち、当該ブランドが持つ技術や工法を自社製品に取り入れようとするだろう。また、そうして開発した自社開発車の一部には当該ブランドを冠して市場投入するだろう。

 例えば、上海汽車は先の 4月に上海モーターショーで「MG6 コンセプト」を初公開したが、これは 2008年に発表した「栄威(ROEWE) 550」をベースに開発された MG ブランドとしての新型車であり、2010年には中国や欧州へと投入される予定である。

 もちろん、ブランド自体は歴史のあるものとして消費者に好意的に受け入れられたとしても、安全性能や環境性能といった性能面、品質面に不安が生じてくる可能性は否めない。
 しかしながら、新興国メーカー製の自動車の性能や品質に不安があるというのは自動車が現在、先進国で期待される水準に照らし合わせての話である。

 もしもそもそも自動車に期待される水準が低くなってきたら、、また新興国において、自動車に期待される水準のスタンダードが確立していない状態で、自動車とはこの程度の水準が普通なのだと市場が認知してしまったら、、話は変わってくる。

 更に、世界的な統一が期待されているものの現在は保安基準が各国ごとに異なる状態で、自国の自動車産業の育成を目論む新興国政府の思惑も絡んできたら、どうなるだろうか。

 また、どうしても新興国製では性能、品質面に不安があるのであれば、それを補完できるプレイヤーを関与させればいいではないか、という発想も出てくるだろう。今回のスキームの中で、マグナが期待される役割もそのあたりにあるだろうし、新興国メーカーによるエンジニアリング会社の活用もよく聞く話である。

 以上、多少おおげさだったかもしれないが、新興国市場が今後、主戦場になることを踏まえると、日本の自動車産業としても、高をくくらずに新興国メーカーを見据える必要があるのではないかと思われる。
【業界を牽引する立場としての心構え】

 日本の自動車産業としては自らの競争力を維持するためにも、また、自動車産業の未来を明るいものにするためにも、安全性能、環境性能といった性能面、品質面が重要というこれまで当たり前とされてきたことを、改めて、事業活動を通じて、また業界を牽引する立場として訴え続けていかなければならないのは勿論である。

 一方で、現在の製品、業界の枠組みを不変のものとして取り扱わず、新鮮な目つきでもって、時代に即した最適な形を模索していく必要もあるものと思われる。

 よく言われるところで、業界一位の企業が最も先進的、革新的であり、他業界の事例にも積極的に目を向けるという話がある。

 今回の一連の業界再編の過程で、相対的に業界を牽引する立場となった日本の自動車業界にも今後そうあることを期待している。

<秋山 喬>