クルマ離れと言われる若者の購入意欲を高めるための考察 『第5回 バーチャルな若者へのアプローチ』

第5回 『バーチャルな若者へのアプローチ』

本シリーズは、クルマ離れと言われる若者の購入意欲を高めるための方向性や施策案を考えるものである。

方向性や施策案を考える前提として若者を取り巻く環境の変化を取り上げ、その変化から考えられる魅力あるクルマの姿やサービスを提言している。

第 5 回は「バーチャルな若者」を取り上げたい。
【バーチャルな若者】
バーチャルの定義には様々あるかと思うが、今回は電子的な世界観(設定)・空間を持つモノとしたい。例えば、テレビを通じて放映されるアニメや映画にも固有の世界観や設定があるし、ゲームやインターネットにも仮想世界・空間が広がっている。これらのバーチャルな世界や空間への依存度が高い若者を「バーチャルな若者」と呼ぶことにする。

頻度は各々異なるだろうが、テレビや映画まで含めれば若者に限らず誰しも、これらのバーチャルな世界・空間を楽しんだことがあるだろう。ただ、現在の若者世代は、物心付いた時からゲームやインターネットが存在しているから、よりバーチャルな世界・空間への依存度が高い人が多いだろう。

<バーチャルな若者の行動様式>
アニメや映画、ゲーム、インターネットなどでバーチャルを楽しむ活動は、基本的にはインドアで行われる。アニメや漫画、ゲーム、アイドル等を愛好する「オタク」と呼ばれる人々も、バーチャルな若者の一種と考えられる。

バーチャルな若者はインドアにいながら、例えば、バーチャルの人格で格闘をしたり、恋愛をしたり、世界を旅したりして、バーチャルな世界・空間にワクワク感やドキドキ感、ファンタジーを感じるのである。
【バーチャルな若者のクルマに対する態度】

バーチャルな活動はインドアで行われるから、クルマを保有するのに必要な移動というニーズが薄い。映画館やイベントなどに出掛ける際には移動を伴うが、毎週のようにゴルフやスキーなどアウトドアに出掛ける若者に比べれば、出掛ける回数も少ないだろうし、クルマのラゲッジ・スペースとしての有用性なども発揮されないだろう。そうすると、クルマを保有するとお金が掛かるし、都市部での移動であればクルマ以外の交通手段で充分だと考えるのではないだろうか。

また、ワクワク感やドキドキ感は、バーチャルな世界で味えるから、クルマを保有したい、もしくは保有していたとしても、リアルなクルマに求めるのは運転する楽しさより、小型で街乗りし易いとか、スライド・ドアで乗り降りがし易いといった、より実用的な面をクルマに求めると考えてもおかしくない。

そして、クルマを必要としない、必要だとしても実用性を求める若者が増加し、周りの友達もクルマに乗っていないし必要ない、クルマは家族や子供が出来て、実用的な面で本当に必要になったら買おう、というのがバーチャルな若者に代表される現在の風潮になっているのではないだろうか。
【バーチャルな若者へのアプローチ】

バーチャルな若者が実用的なクルマを求めるとすれば、一つのアプローチは、より実用的なクルマを作ることだろう。実際に、最近のコンパクトカーや軽自動車人気の背景には、バーチャルな若者に限らず実用的なニーズが増えていることがあるのかもしれない。

コミュニケーションデータシステムによるテレビコマーシャル注目度調査によれば、最近のクルマのテレビコマーシャルの注目度は 1 %程度だという。
(注目度:関東圏約 130 万人の消費者モニターから定期的に 1,200 人を抽出し、業界を問わず想起される CM を複数回答する。その全回答数の中で特定のクルマの CM を回答した割合)

ところが、B ピラーレスで乗り降りのし易さやオムツの取り替え易さを訴求した「タント」の注目度は 7 %となっており、実用性の要素が注目を集めているといえる。バーチャルな若者においても、こうした傾向があるかもしれない。

バーチャルな若者はインドアで活動し、それほどクルマを必要としない若者とすると、まずはリアルなクルマに興味を持ってもらうことから考えなければいけないだろう。二つ目のアプローチは、バーチャルを活用してリアルなクルマに興味を持ってもらうことが考えられる。

現在でも行われているが例えば人気映画をモチーフにしたカラーやオプション装備を持つ限定車や、バーチャルで人気を持つキャラクターをモチーフにした用品などの企画・販売がこれにあたる。

つまり、私は××という映画・キャラクターが好きであり、それを自己表現の場として、リアルなクルマにも持ち込むことをバーチャルな若者に提案していく方向だ。痛車と呼ばれるアニメキャラクターをボディに描いたクルマが一部で広がっていることを考えれば、こうしたニーズもあるはずである。

しかし、クルマは高価なモノであるし、保有期間は数年間という長期間なモノである一方で、個人的な趣味・志向はいつ変わるともわからない。クルマでバーチャルの世界を体現していくにも限度があるだろう。

例えば、昨年、「シャア専用携帯」という携帯電話が販売されて話題となった。シャアというのは機動戦士ガンダムというアニメの人気キャラクターであり、基本的な機能自体は普通の携帯電話であるが、携帯本体の形や色、充電器まで、そのシャアをモチーフとした凝った作りになっている。値段は通常の携帯電話の倍以上の 10 万円で限定 5 千個販売された。仮にシャア専用クルマを作ったとしても、法規制の面から携帯のように大胆なデザインは出来ないだろうし、価格の面からもあまり売れるとは思えない。作り手側から見ても 5 千台では収益を成り立たせることは難しいかもしれない。

そうすると、バーチャルで人気のある映画やキャラクターにあわせてモデル開発・カスタマイズするのではなく、既存のモデルをバーチャルな世界で取り上げて、バーチャルならでのドキドキ感やワクワク感を伝えてクルマへの興味を高めることはできないだろうか。

例えば、映画化もされた「頭文字 D」という少年漫画がある。この漫画の人気により、主人公が乗る旧型のトヨタスプリンタートレノ(AE86)に人気が集まり、中古車価格相場が高騰した。これは既に販売中止となったモデルであるが、こうした流れを活かしてバーチャルな若者に訴求する手法があるはずである。

他にも、先日フルモデルチェンジした新型 Fiat500 の発表会には、アニメ「ルパン三世」を絡めた演出が取り入れられた。新作アニメの中に新型 Fiat500を登場させ、Fiat500=ルパン三世の愛車というイメージをアピールしている。バーチャルの世界でクルマの価値(カッコイイ、オシャレ等)を創り、リアルの世界で保有したいという想いを喚起できるのではないだろうか。
【リアルなクルマの魅力を伝える】

そして、三つ目のアプローチが中長期的な対策であるが、バーチャルに頼らず、リアルなクルマの魅力を子供達に伝えていくことである。

バーチャルの世界で野球ゲームやサッカーゲームを楽しむ子供達は多くなっても、子供達はリアルの世界でもプロの選手になりたいと思うし、リアルでプレーを楽しんでいる子供達も多い。

クルマの場合にも同様に、クルマのゲームを楽しむ子供に対して、自分が運転するという楽しさを伝えていく余地はあるのではないだろうか。例えば、子供が遊ぶ施設に実車を配置し触れてもらう、トミカと合同でミニカーと実車のイベントを行う、子供用のカート場を作るなどである。

自分の手足を使って運転する楽しさを経験すれば、リアルの世界の車への興味も高まるであろうし、そうした子供達が将来、若者となった時にクルマを欲しがる世代になることを期待できる。

かつて誰もがクルマを欲しがっていた時代は、最初はカローラから入っても、いつかはクラウンが欲しいという流れが確立されていた。消費者のライフスタイル自体が多様化した現代においては画一的なアプローチだけでは不十分である。若者のクルマ離れに対しても、最初はバーチャルから入っても、いつかは○○が欲しいという流れを作る必要があると考える。

<宝来(加藤) 啓>