自動車に移動手段以外の価値を感じている層を取り込む

◆人材派遣会社「キャリア」、福利厚生でフェアレディZを5千円で貸し出す

「休日をエンジョイしてリフレッシュするためにスポーツカーを貸し出したらと考え、昨年 8月フェアレディ Z を購入した」と話す。ガソリン代は自己負担。オレンジ色のオープンカーで、冬の利用は少ないが、春から秋にかけての土曜・日曜は、利用予約がほぼ埋まるという。

                    <2008年07月07日号掲載記事>

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【市場が縮小するスポーツカー】

 かつて、今回の記事で取り上げるフェアレディ Z を始め、スープラ、RX-7、スカイライン GT-R、それらより低価格な車種でもセリカ、カローラ・レビン、インテグラ、シルビアなどのいわゆるスポーツカーが一世を風靡した時代があった。

 しかし、最近では、輸入車や国産車の一部の高級スポーツカーに根強い人気はあるものの、スポーツカー市場は明らかに縮小した。

 その主な原因としては、スポーツカーのメイン顧客であった若者の数自体が減少していることや、若者の嗜好・行動が変わったことが挙げられている。以前筆者が執筆した「若者シリーズ」で、女性にモテる男の性質が変化し、車(スポーツカー)を持っていてもモテなくなったと述べたが、それは若者の嗜好・行動が変わったことの一因であると考える。

 現実的に、若者の嗜好・行動以外においても、車両本体価格だけでなく燃費・保険料を含めた保有コストが高いといったこともスポーツカー離れの原因と考えられる。
【自動車メーカーの対応】

 スポーツカー市場の縮小に対して自動車業界でも対応を続けてきた。一つは、スポーティな要素を他セグメントに持ち込むことだ。例えばミニバン×スポーツの MPV やオデッセイなどがあるだろう。

 次に、いわゆるスポーツカーのセグメントでは、GT-R や IS-F のように、ターゲットを若者から、かつてスポーツカーに憧れていた若者であった現在の団塊世代に変えてきている。

 とはいえ、若者へのアプローチもあきらめた訳ではないだろう。各社はコンパクトカーにもスポーティなグレードを設定しているし、トヨタと富士重は共同で低価格のスポーツカーを開発中とも言われている。ホンダはコンパクトなハイブリッドカーでスポーティなモデルを開発中とも報道されている。
【新車開発以外のアプローチ】

 そもそも、若者がスポーツカーから離れていく理由は、スポーツカーという製品そのものの魅力が低下したからではないと考えている。今回のニュースを取り上げた理由もそこにある。前述したような新車開発以外にもアプローチがあるだろう。

 例えば、スポーツカーを短期に貸し出すという方法である。今回のニュースでは人材派遣会社「キャリア」が購入した上で従業員へ貸し出すという形であり、自動車業界の企業が貸し手ではないが、スポーツカーを貸し出すという行為に一定の需要があることが実証されている。

 これだけではない。オリックスレンタカーが行っている GT-R のレンタルである。GT-R のレンタルは期間限定のサービスで、レンタルするには事前予約が必要であるが、応募者多数のため、事前予約期間を前倒して終了する程の人気のようだ。

 GT-R のレンタカーは 10時間で 35 千円と一般的な車種のレンタカー料金に比べれば圧倒的に高い。車を単なる移動手段としてしか見ていないならば、この料金ではレンタルしないだろう。
【移動手段以外の価値を貸し出す】

 一般論として、消費者が自動車に求める価値の中で、運転をする楽しみや自己表現の場としての価値が低下しつつあり、ともすれば単なる移動手段としての価値しかないとまで言われている。しかし、フェアレディ Z や GT-R のレンタカーの例が示しているのは、移動手段としての価値以外を見出す層も一定量存在するということではないだろうか。

 ただし、その価値感は、自動車を購入するところまでは至らず、あくまで一時的に利用する程度だということであろう。数百万円を払って購入し、駐車場やガソリン代、保険など維持費も年間数十万円払うことを高いと考えるのは、わからない話でもない。

 こうした自動車に単なる移動手段以上の価値を感じているが、購入には至らずレンタルをする層に充分に訴求できいているか、というところに問題があると感じている。

 もっとサービスとしての付加価値を高めるのであれば、例えば、車が持つ移動手段以外の価値を抽出し、抽出した価値と同種の価値を持つ異業種のサービスとセットにして訴求していくことが考えられるのではないだろうか。

 今回のスポーツカーの例を「ときめき」をレンタルするプランとしよう。そうすると、高級レストランのコースとセットにすることや、高級ブランドの服のレンタルをセットにすることなどが考えられる。

 他にも、「おもてなし」をレンタルするプランでは、ラグジュアリーな自動車のレンタルと、ホスピタリティのあるホテル及びエステ・マッサージなどホテルに付随する各種のサービスをセットにすることが考えられる。

 実際に、リッツカールトン大阪にはプロポーズプランというサービスがある。ホテル内のレストランでディーナー⇒チャペルでプロポーズ⇒成功時にはシャンパンで祝福⇒ベントレーで送るという内容であり、自動車がプロポーズを演出する一つの手段として使われている。

 上記のように、特に高級志向ではなくとも、旅行のプランの中で、日常で使うような自動車とは異なる自動車をセットにして、非日常を演出していく、単なる移動手段ではない車の価値を積極的に提案していくことが考えられる。
【移動手段以外の価値を貸し出す意義】

 一般消費者を、自動車に対して感じている価値と購入する・しないのパターンで分けると以下のように大別できる。

(1)自動車に移動手段としての価値しか感じておらず、購入しない層
(2)自動車に移動手段以外の価値を感じているが、購入しない層
(3)自動車に移動手段としての価値しか感じていないが、購入している層
(4)自動車に移動手段以外の価値を感じており、購入している層

 今回取り上げたスポーツカーのレンタルをする層は上記の(2)に分類される。
(2)に分類される顧客は、自動車業界にとって、比較的取り組み易く、有り難い層に成り得るのではないかと考える。

 例えば、(1)や(2)に分類される層が購入に至らない原因を自動車の購入価格が高いからとする。(1) の層は移動手段としての価値 VS 購入価格で検討するが、(2)は移動手段+αとしての価値 VS 購入価格で比較するはずである。つまり、移動手段以外の価値という観点で、市場ニーズに応える商品を開発できれば、(1)の層よりも(2)の層をターゲットに付加価値を訴求する方が価格競争に陥らなくてすむはずである。

 同様に、(4)に分類される層は、(3)の層に比較して、自動車への憧れや拘りが強いと考えられるから、将来的により安定した顧客層につながるはずである。

 つまり、(2)に分類される層を如何に(4)にしていくかが最も有効な戦略だと考える。その有効な手段として前述のようなレンタルがあるのではないだろうか。レンタルでの運転・利用体験を通じて購入してもらう方法である。

 BMW を始め、一部の高級ブランドで 2、3日~数ヶ月モニター試乗のキャンペーンを行っている。購入を意識させる試乗の延長的なキャンペーンだけでなく、多少料金をもらっても、レンタカーがわりに使ってくださいといったイメージで、通常のレンタカーにはない「ときめき」や「おもてなし」をエッセンスとして加えたレンタカープランがあっても良い気がする。あの時感じた「ときめき」や「おもてなし」が将来の購買につながることもあるのではないだろうか。

<宝来(加藤) 啓>