イスラエル:自動車関連イノベーション視察

 昨年 11月末、イノベーション大国の一つに数えられるイスラエルの自動車関
連スタートアップを訪問するチャンスに恵まれた。以下、その時の体験に基づ
き、まだ入門者編ではあるが、学んだこと、感じたことを書いてみた。

 現地時間夜 23時、私の乗った飛行機 NH5461 便はテルアビブ空港に着陸した。
日本時間なら翌朝 6時、興奮と一抹の不安(筆者はイスラエルの敵にあたるイ
ランにも駐在した経験がある)に捕われつつここまで来たが、流石に眠い。そ
れもその筈、羽田からフランクフルト経由で乗継時間を含めて 19時間の移動。
飛行機から出て直ぐ、タラップに立つお姉さんのボードに私の名前を見つけて
ホッとした。空港からのリムジンサービスと一緒になった「VIP サービス」。
一寸歯痒い名前ながら、これは絶対お奨めだ。料金は結構高額だが、結局、筆
者は往路も復路も利用した。テルアビブのイミグレーションは通常なら、相当
時間がかかるという。然し、これを使えば、エレベータで飛行機のすぐ下に降
り、其処で待っていたクルマに乗り込み、イミグレーション到着一番乗り。パ
スポートへのスタンプの代わり入国カードを貰い、バゲージクレームで荷物を
拾い、出口に向かう。イスラエルの初代首相ベン・グリオンの名前を冠する空
港は、デジタルのサイネージがいたるところにあり。ピカピカ輝いた先進的な
感じ。ビルを出てリムジンサービスに乗ってホテルへ。時間を見たら 24時。着
陸後なんと 1時間でホテルについた。

 テルアビブは地中海に面しており、港町特有の開放感があるが、どことなく、
中東の匂いもする。それもその筈、街にあふれる看板のヘブライ語は、字体は
異なれど、アラビア語と同様、右から左へ書く。但し、ビジネスの上では英語
で十分。なお、ユダヤ教では、金曜日の日没から土曜日の日没までが安息日な
ので、イスラエルは、金曜日と土曜日の週休 2日制だ。

 テルアビブの歴史は古くて新しい。その地名が最初に登場するのは旧約聖書
だが、町が建設されたのは 20 世紀の初頭。街中の建物は古く見えても然程古
くはない。ユダヤ人はローマ帝国をはじめ色々な国に支配され、色々なところ
で移民として暮らしたが、ユダヤ人の為の国家建設を求めるシオニズムの思想
の下、遂に 1948年、イスラエルが建国され、ユダヤ国家が誕生した。ほぼすべ
てのイスラエル人とその先祖は過去 200年ほどの間にこの地に移住してきた為、
実に多様な人種が居る。白人系、アラブ系、黒人系、様々。彼らは、まさに更
地から耕し、国を創った。国と民族を守るべく経済成長による国力の維持に励
んだ。果敢に起業にもチャレンジする。「フツパー」とは、厚かましいほどに
大胆不敵な態度を意味する。現地で受け入れてくれたベンチャーキャピタリス
トに、「失敗は怖くない?」と訊いた。彼は笑いながら、「俺も失敗したけれ
ど、それから多くのことを学んだよ」と答えた。テルアビブ市内にも数か所、
スタートアップの集積地があり、「シリコン・ワジ(=バレー)」と呼ばれる。
本場のシリコンバレーにも劣らない活気に満ちている。イスラエルのスタート
アップ企業総数は約 5,000 社、毎年約 1,000 社が生まれ、凡そ同数のスター
トアップが消える。多産多死を支えるエコシステムが形成されている。

 現地で数多くのスタートアップと面談した。然し、気が付くと、多くの人は
年齢的には若くない。40 代後半から 50 代が目につく。若者は 18 乃至は 19
歳で徴兵される。通常、男は 3年、女は 2年。中でも 1/300 の比率で選ばれた
優秀なエリートは、「タルピオット」部隊で、最先端の数学・物理・コンピュー
タ教育を受ける。更に優秀であれば、兵役期間は 6年に延長される。彼らが兵
役を終えた後、大学、大学院で学んだ選りすぐりの頭脳がスタートアップとし
て起業する。また、斯様なバックグランドが故、イスラエル発の技術イノベー
ションにとって、軍と民間の垣根は低い。

 イスラエルは、世界一の R&D 投資国(対 GDP 比率 4.2 %=2015年)。R&D
投資促進の為、国家機関 IIA (Israel Innovation Authority)による年間約
4 億ドルもの予算を充てたスタートアップ支援制度がある。通常、アーリース
テージのスタートアップに金を出すのは「3 F (Family、Friend、Fool)」。
然し、この制度の認定を受けると、そのスタートアップはベンチャーキャピタ
ルからも資金調達が有利に行える。また、政府指定の領域に関連する企業には、
法人税率の緩和(通常 25 %⇒緩和 5 %)もある。

 また、イスラエルは宿敵である中東諸国(=多くの場合、産油国でもある)
に経済的に依存しない様に、脱化石燃料化を国策的に志向している。首相直下
に Fuel Choice Institute という機関があり、脱石油(=電動化)とニューモ
ビリティ関連のビジネスを奨励する。傘下には Capsula というスタートアップ
を支援するアクセラレータもある。其処の嘗てのリーダーに話を聞いてみた。
彼曰く、「イスラエルは元からクルマ産業の国ではなかった。クルマが脱化石
燃料化やデジタルイノベーションの影響で、イスラエルに近寄ってきたのだ」
と。結果、イスラエルは自動車産業においても、イノベーションの地として注
目されている。先述の 5,000 社の内、約 500 社が自動車・モビリティ関連と
言われる。昨年、Intel に買収された Mobileye をはじめ、数多くの企業が名
を連ねる。彼らは、「電動化・バッテリー技術」、「自動運転技術」、「スマー
トモビリティ」、「ビッグデータ、AI 技術」、「その他自動車関連技術」とい
った領域で活発に活動中だ。

それら自動車分野で活躍する新興スタートアップの例を幾つか挙げよう。

〇 高速かつ安全な新世代リチウムイオン電池を開発する企業、元々はテレビデ
ィスプレー用に開発されたものだが、後に自動車にも転用可能となったと言わ
れる。目下、研究開発段階ではあるが、欧州系 OEM が積極的に投資を行う。

〇 地中に埋め込んだカメラ・センサーと AI を使った車内の異物危険物検出機
を開発した企業も居た。何となく、イスラエルらしい、危険さを感じる。肉眼
では到底見分けられない些細な違いを認識し、人間オペレータに情報を伝える。
同社は、同様の技術を用いて、車体上の些細な傷も検出可能する装置も開発し
た。

〇 スマホに搭載されたセンシング技術を徹底活用し、AI 技術によって解析す
ることで、当該スマホオーナーの活動状況を把握し、その挙動から、今後の活
動を予知し、価値あるサービスに結びつけている。同社の技術は欧州のプレミ
アムカーにも既に採用されている。

等々、どれも独特の発想から、独自の技術・ビジネスモデルを創りだしている。

 然し、イスラエルの自動車関連スタートアップは、技術的に優れている一方、
国内市場が小さい為、スケールする為には、グローバル市場へのアプローチが
必要とする。また、ソフトウェア、R&D には優れていても、ハードウェアの量
産化とか、品質保証技術が課題とも言われる。これらは何れも日本企業が得意
とする領域だ。イスラエルの技術開発力を日本のモノづくり能力と組み合わせ、
グローバル市場でビジネスをスケールさせる、モノづくり大国の日本とのシナ
ジーが期待できる。

 かくして、私のイスラエル出張は、短いながら、大いに興奮させられるもの
だった。立ち寄った、エルサレムの旧市街は、僅か 1 平方キロメートルの狭い
土地に 4 つの異なる民族と宗教とが共存していた。12月にはトランプ大統領に
よるエルサレム首都認定もあり、また緊張を呼んだ。余りいい加減には言えな
いが、ある種、こうした緊張が日常茶飯事なのかも知れない。平和な日本とは
異なるものの、ある種のダイナミズムを前提とする安定感であろうか。「多様
性」と「新結合」がイノベーションの神髄であるとするならば、その現実の姿
は斯くある様なのかも知れない。多民族、多宗教、という面も然り、日本とは
多くの点で異なるが、学ぶべきことも多々ある様に感じた。自動車産業との関
係も密接になりつつある中、イスラエルのイノベーションの仕組みについて、
技術・社会・ビジネスの夫々からより一層掘り下げ、研究してみたいと筆者は
考えている。

<大森 真也>