準天頂衛星がクルマ社会にもたらす効果

◆政府、GPSの精度を高めるための「準天頂衛星」、2009年度に打ち上げ

携帯電話の歩行者向け道案内サービスは誤差20cm程度まで精度が高まるとしており、大震災など災害時に役立つ仕組みを検討へ。今秋にも文部科学相、国土交通相らによる関係閣僚会議を設置し、総費用330億円を見込み、来年度予算案に数十億円を計上する予定。

政府は2003年度から計画を進め、当初は官民が資金を拠出して衛星3基で日本上空を24時間カバーする予定だったが、まず政府が単独で2009年度に1基打ち上げる事にした。米国のGPS衛星と組み合わせて運用する。

<2006年07月04日号掲載記事>

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【GPSの仕組みとカーナビの状況】

国内のカーナビゲーション(カーナビ)の累計出荷台数は、今年 3月末の時点で 2232 万台を突破(国土交通省調べ)しており、国内のクルマ社会において、カーナビは不可欠の存在となっている。このカーナビが、自車の位置を正確に把握するために最も重要な役割を果たしているのが、GPS (Global Positioning System)である。元来、米国が軍事目的で開発、運用していたものが、民間にも開放され、測量、航空機やカーナビ等に利用されるようになった GPS であるが、現在、世界最大の利用国は米国ではなく、カーナビ大国である日本だと言われている。

ご存知の方も多いと思うが、今一度 GPS の仕組みについて簡単に紹介する。GPS とは、米国が運用・管理する最も広く利用されている地球的衛星測位システムであり、地球の軌道上を回る 24 機(+予備 5 機)の GPS 衛星を利用して、地球上での位置を把握するものである。GPS 衛星には、正確な時刻を持つ原子時計が搭載されており、この時刻を含む電波を発信している。

一方、受信側では、このうち 4 つの GPS 衛星からの電波を受信し、受信機の座標位置(3 次元空間における座標)と受信機が持つ時刻の誤差を算出し、正確な位置と時刻を把握することが可能となる。最低 4 つの衛星から電波を受信できれば、位置情報を特定することが可能となるが、より正確な位置情報を把握するためにも、それ以上の衛星の電波を捕捉し、条件の良い情報を選別し、算出に利用することが求められ、カーナビに搭載されている受信機でも 10 機前後の衛星の電波を受信できるようになっている。

こうした地球的衛星測位システムの安全保障上の重要性は高い。米国の GPS以外にも、ロシアは GLONASS (Global Orbiting Navigation Satellite System)を実用化しており、EU は Galiloo と呼ばれるシステムを開発中である。米国も「GPS 近代化」として更なる機能の高度化を図る計画を現在も進めている。政府が後述の準天頂衛星に莫大な予算を当てている理由もここにある。

しかし、この GPS による位置情報の精度であるが、GPS 単体では決して充分なものではない。2000年以降、民間利用向けに意図的に GPS の精度を劣化させる制限も解除となり、10 倍以上に位置情報の精度が向上したと言われるが、現在でも GPS による位置情報を補正する機能がカーナビ等に組み込まれている。正確な位置を特定できている基準点での受信データを利用して誤差を補正するDGPS (Differential GPS)や、マップマッチング(地図の道路上に位置するように補正する仕組み)、ジャイロセンサ(角速度を検出し、どの方向に動いているか算出するセンサ)などにより、現在のカーナビの位置精度が実現されているのである。

【準天頂衛星がもたらす効果】

GPS の位置精度に限界がある原因としてはいくつか挙げられるが、最も根本的な理由は、電波の受信環境が良くない状態にあることに起因するものである。屋内は勿論、街中や山間部など、頭上に空が広く開けた状態にない場合は、GPS衛星からの信号を受信することが困難となり、測位できないことや、充分な精度が出ないことになる。GPS システムは日本が開発したものでも、日本のために運用されているものでもないため、その軌道が日本にとって受信しやすい最適な状態(つまり日本の真上を通る状態)ではないのである。

この問題を解決し、GPS の位置精度を飛躍的に高める技術として注目されているのが、この準天頂衛星システムである。日本のほぼ真上を(天頂)を通る(赤道面と傾いた形の)軌道を持つ衛星を複数打ち上げることにより、常に 1機以上の衛星を日本上空に配置するもので、これにより街中や山間部などでも良好な電波の受信環境を実現しようというものである。1 つの衛星が 7~ 9時間日本上空に滞在可能で、3 つの衛星を時間差で配置することで、24時間日本上空に衛星を配置することができるという。

当初は、官民が共同で資金を拠出し、3 機の衛星を打ち上げる予定であったが、民間側が収益性の面から事業化を断念したため、政府が単独で 1 機打ち上げることになったというものである。民間側としては、測位以外に、通信や放送への活用を考えていたが、莫大なコストがかかるのに対し、収益面で回収できる見込みが立たなかったため、参画を見送ったとい言われている。

前述の通り、GPS による測位には最低 4 つの GPS 衛星からの受信が必要である。今回打ち上げる予定となっている準天頂衛星は、単体で測位可能となるものではなく、あくまでも既存の GPS 衛星と組み合わせることで、GPS の利用効率や精度を向上させようというものである。

しかし、この準天頂衛星の効果は決して小さくない。これが稼動すると、以下のような効果が期待されている。

(1)カーナビ等の位置精度は誤差 20cm 程度にまで向上する。
(2)街中や山間部でも GPS が利用可能となる。
(3)GPS の初期測位(GPS の受信機が稼動してから、正しい位置を認識するまでの時間)が短縮される。

更に、通信・放送においても、受信感度が高まり、移動空間や災害時でも確実な受信が可能となると言われている。政府としても、災害時等に、自立したシステムを確立することで国家の安全を確保することにつながると考えているはずである。

【安全なクルマ社会の実現のために】

この準天頂衛星による GPS の位置精度向上がもたらす自動車業界への効果はカーナビだけに留まるものではない。カーナビとしては、世界の最先端を行く現在の日本の技術レベルは、ルート案内としては充分に機能しており、むしろ過剰な感もあるぐらいである。位置精度が向上することで、車線毎の認識などもできるようになるであろうし、高速道路と一般道路が並走するような場所でも正確な位置表示が可能になるであろうが、そのあたりは、GPS 以外の位置補正技術によっても実現できているとも言え、多少のコスト削減につながることは期待できても、それ以上の利便性の向上は期待しにくい。

むしろ、GPS の位置精度向上によって、新たな性能向上が最も期待できるのは、次世代 ITS が実現する安全性ではないかと考える。「2012年度には交通事故死傷者数を 5,000 人以下に減少させる。」と宣言した政府は、インフラ協調型の安全運転支援システムの実用化を推進するための取り組みを始めている。現在、ETC で普及が進んだ DSRC を活用した路車間通信(道路とクルマの無線通信)や車車間通信(クルマ同士の無線通信)により、未然に事故を防ぐ技術の実用化に向けた研究が進められている。特に車車間通信では、インフラ側で位置を特定することが難しく、GPS の位置精度向上による安全性の向上が期待される。

また、2007年には、携帯電話の新機種に GPS 機能の搭載を義務付けられると見込まれており、これを利用した歩行者の安全確保も視野に入ってくる。GPS 機能付携帯電話を持つ歩行者の位置をクルマ側で確認することにより、歩行者を巻き込む事故を未然に防ぐことが可能となるはずである。日本の交通事故死傷者数の約 3 割が歩行者と言われており、これを削減することが可能となれば、大きな効果が期待できる。

こうした将来のクルマ社会を見据えると、準天頂衛星による GPS 位置精度向上に大きな期待を持つと共に、通信・放送分野への新たな活用手法も視野に入れることで、あと 2 機の稼動も早期に実現することを期待したい。

<本條 聡>