FlexRayとX-by-Wireとクルマの進化

◆NXP Semiconductors社、「FlexRay」対応トランシーバを「BMW X5」に供給

<2006年12月03日号掲載記事>

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【BMW X5がモデルチェンジ】

1999年に登場した BMW 初の SUV 「X5」は、好調な北米 高級 SUV 市場の波に乗り、累計生産台数 60 万台を超える大ヒットモデルとなった。同社の米国工場で生産されるこのクルマの約 4 割が米国で販売されたという。

しかし、ここ 1年、競合先も相次いで新商品を投入しており、市況は決して楽観できないはずである。メルセデスベンツは、昨年にフルモデルチェンジした「M クラス」に加え、3 列シートを備えた大型 SUV の「GL クラス」、同じく 3 列シート MPV の「R クラス」を北米で生産し、市場投入した。これまでこの市場に参入していなかった アウディも 3 列シートの「Q7」を投入してきた。レクサスはハイブリッド SUV 「RX400h」(ハリアーハイブリッドの北米仕様)を投入して人気を博しており、その他、VW 「Touareg」、ポルシェ「Cayenne」、ボルボ「XC90」などもマイナーチェンジで商品力を強化している。

こうした中、「X5」が 7年ぶりにフルモデルチェンジすることとなった。来年から世界各地に順次投入される予定であるが、外観的には若干ボディサイズが拡大されて、近年の BMW らしいエッジの効いたデザインとなるものの、基本的には現行モデルの流れを受け継ぐ形となっている。先代の大ヒットを考えれば当然の帰結であろう。

ただし、中身については、いくつかの機能を追加し、商品力を高めたものとなっている。新開発の V8 エンジンやサスペンション、競合車種も備える 3 列シートに加え、SUV セグメントでは初となるアクティブ・ステアリングやアクティブ・ドライブなどのハイテク技術も搭載されるという。まだ日本での価格が発表されていないが、来年の今頃は日本の街中でも見かけることになるであろう。

【FlexRayとは?】

この目玉技術の一つであるアクティブ・ドライブを実現したのが、今回のお題である「FlexRay」である。

「FlexRay」とは、次世代の車載用 LAN 規格の一つで、10Mbps (現行の CANの 10 倍の通信速度)という高速・大容量の通信速度を実現するものである。通信方式は送信タイミングが早いものを優先するイベントトリガ型に加え、周期的に送信権を割り当てることで遅延を防ぐタイムトリガ型も対応可能であり、高速通信をサポートする。また、通信ネットワークを二重化することも可能なため、現行の CAN よりも信頼性が高いのも大きな特徴である。この高い高速性と信頼性が、次世代車載通信規格の本命と目されている所以である。

2000年に BMW、ダイムラークライスラー、フィリップス、フリースケール(米系大手半導体メーカー)の 4 社が「FlexRay コンソーシアム」を設立し、この開発を進めてきた。現在では、この 4 社に加え、GM、VW、ボッシュがコアパートナーとして名前を連ね、日産、ホンダやデンソーなどの国内勢も含め、世界の自動車メーカー・部品メーカー約 80 社がこのコンソーシアムに加わっている。今回、BMW が採用を発表したことを皮切りに、アウディやダイムラークライスラーなども順次採用を計画していると言われている。

BMW が今回 FlexRay を採用した一番の理由は、前述の高速性にあるという。同社のアクティブ・ドライブとは、FlexRay により、車輪の回転速度や位置・角度などの大量の情報を素早く伝達して処理することで、可変ダンパや電動スタビライザを作動させ、路面状況に応じた最適な走行制御を実現するものである。FlexRay 対応のマイコンの処理能力向上も進められており、将来的には、採用範囲を拡大し、多くの機能が連携して機能するシステムを実現していくことを目指しているという。

日本でも、車載用ソフトウェアの標準化を目指してトヨタ・ホンダ・日産等が設立した「JasPar」が、FlexRay の実用化に向けて動いており、国内電子部品メーカーでも、FlexRay 関連製品が展示会等でも多く紹介されている。近い将来、日系メーカーでも採用されることになりそうである。

【X-by-Wireがもたらすメリット】

FlexRay の普及が拡大することで、期待されていることの一つに、「X-by-Wire」がある。X-by-Wire とは、油圧や機械的な機構により駆動・操作していたシステム・機能を、電気的な信号を介してモータ等の電気的な機構により制御する技術のことである。「Brake-by-Wire」や「Steer-by-Wire」などがこれにあたる。既にアクセル開度を電気的に制御する「Throttle-by-Wire」(電子制御式スロットル)は広く普及している。

ブレーキやステアリングを電子的に制御するためには、高い信頼性と高速性が求められる。アクセル操作に多少誤差があっても大きな事故には至らないが、ブレーキ操作に誤差が生じるとそうはいかない。ステアリング操作に至っては、ほんの少しの誤差も許されないであろう。そうした観点で、FlexRay にかかる期待は大きい。

とは言え、全く遠い将来の話というわけではない。今年 10月に開催された「CEATEC2006」では、ルネサステクノロジが FlexRay を用いてアクセル・ブレーキ・ステアリングを制御する電動カートのデモ走行を行っている。実際に量産車両に実用化されるにはまだまだ課題も残っているであろうが、既に実験レベルでは実現しているのである。

X-by-Wire が実現すると、自動車の設計概念は大きく変わることになる。油圧系システム等の複雑な機構が不要となるため、自動車の構造自体が大きくシンプルかつコンパクトなものになる。そのため車両設計自体の自由度が高まると同時に、汎用性も高まるため、これまで別々であった右ハンドル車と左ハンドル車の設計・製造も共通化が進み、工数も削減できる。結果、低コスト化や安全・環境性能の向上も期待できる。将来の技術の方向性は、X-by-Wire の実用化に向けて進んでいることは間違いないであろう。

【クルマの進化に向けて】

ところで、こうした X-by-Wire の実用化が進み、全ての操作が電子的に制御される次元になると、最早クルマの概念も変わってくることも考えられる。アクセル・ブレーキ・ステアリングというクルマの基本操作自体は、既存の機構により発明・設計・製造されてきたものであるが、統合制御が可能になれば、ゲーム機のコントローラのようなものでも代用できるであろう。また、現在複雑な架装を要する身障者用の車両についても、もっと簡単で利便性の高いものが実現されるであろうし、高齢化社会に向けて、お年寄りでも安全かつ手軽に運転できるものも実現されるかもしれない。ここまで来ると、現在の車とは全く別のモノになっているのかもしれない。

今年秋に、弊社が本メールマガジンの読者のうち、自動車メーカー等で設計・開発等に携わる方を対象に実施したアンケート調査において、X-by-Wire についても質問を設定していた。2015年にグローバルに見て量販車種(B/C/D セグメント)に採用されている X-by-Wire 技術について尋ねたところ、約 3 割の方がシフト・ブレーキ・アクセルの全てに X-by-Wire が採用されているという回答を得た。

現在の技術レベルから考えれば、少し高いように思われる方もいるかもしれない。しかし、現場で開発に携わっている方から見れば、あと少しのところまで来ているのかもしれないし、技術的に可能だと信じて開発すればこそ、革新的な技術が生まれるのかもしれない。

業界全体で導入を検討し始めた FlexRay は、クルマの概念を変える重要な技術となるだろうか。今後の業界の発展とクルマの進化を追いかけていきたいと同時に、弊社としても何らかの形で、こうしたクルマの進化に貢献する技術の実用化に寄与していきたいと考えている。

<本條 聡>