燃料電池車について

今回は、「燃料電池車について」をテーマとした以下 2 問のアンケート結果を
踏まえてレポートを配信致します。

https://www.sc-abeam.com/sc/?p=6382

 ・「2015年頃(導入期)の燃料電池車(FCV)の国内ユーザー像について」
 ・「燃料電池車(FCV)の普及課題について」

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【燃料電池車(FCV)開発の歴史】

 FCV の歴史を遡ってみると、道路を走行可能な FCV は、1966年に GM によっ
て開発されたのが最初とされている。日本では、1969年に工業技術院(現:産
業技術総合研究所)が、 FCV の試験を行ったとされている。1969年の日本の自
動車市場は、1950年代のモータリゼーション以降、漸く四輪車の保有台数が 1,
000 万台強となり、国民 10 人の内 1 人がクルマを持っているというレベルで
あった(2011年末時点:約 7,500 万台、国民 10 人の内 6 人がクルマを保有、
というレベル)。その頃から既に FCV の研究・開発が進められていたと考える
と実に感慨深いものがある。

 1995年にはカナダ Ballad Power Systems 社が燃料電池を搭載したバスを試
作する等、自動車メーカー各社の FCV 開発が本格化してきた。2002年以降、ト
ヨタ、ホンダ、日産が続々と FCV のリース販売を開始したが、車両価格は 1~
2 億円とも言われ、本格的な普及には至らなかった。2011年のワーズオートの
記事によれば、「車両価格を 1,000 万円まで下げることに成功した」と日系自
動車メーカーの米エンジニアがインタビューに答えている。しかし、それでも
市場から見れば、まだまだ高価であることには変わりなかった。

 このように、FCV の普及に向けては、先ずは車両価格の低価格化が課題と挙
げられてきた。加えて、「耐久性」、「低温作動性」といった技術的な課題も
取り沙汰されてきた。

 しかしながら、各種報道によれば、以下の通り、低価格化や技術的課題に一
定の解決の糸口を得て、2015年に 500 万円以下で車両を投入する道筋が付いて
きている。

 [低価格化に向けた取り組み]

  「燃料電池スタック」
   ・発電セルの高出力化
   ・触媒における白金の使用量削減、等

  「水素タンク(強度部材として筺体に使用する CFRP が高い)」
   ・水素タンクの本数削減
   ・使用する CFRP の低グレード化
   ・水素タンクの内製化、等

  「補器類」
   ・ EV や HEV との共通化
   ・補器類の限定化
    (例:スタック内の水管理の高度化→加湿モジュール廃止)、等
  
 [耐久性]

   ・発電セル自体の改善
   ・システム側で電流と電圧を高精度に制御
    (劣化に繋がる過電流・過電圧の防止)

      →耐久性 5,000時間(≒走行距離 20 万 km)の寿命確保
  
 [低温作動性]

   ・発電セル内の水分管理の徹底
   ・作動時に発電セルが発熱して 0℃以上となるような制御を行い、精製
    した水の凍結防止

   →マイナス30℃での作動を実現
  
 しかしながら、このように車両の技術・製品開発は一定の目途が立ってきた
ものの、本格的な普及に向けてはまだ十分ではない。次章で FCV の普及課題に
ついて触れていきたい。
  
【FCV の普及課題】

 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO) や自動車メーカーやエネルギー
各社等で構成される燃料電池実用化推進協議会(FCCJ) によれば、2025年の本
格普及期には車両販売価格が 300 万円、保有台数は 200 万台、水素ステーシ
ョンは 1,000 基(2,000台 / 基)程度を普及させ、以降は経済原理に基づく自
立的な拡大を目指す、という見通しとなっている。

 バス・タクシーの車両保有台数(2011年 3月末時点)は 30 万台強であり、
行政機関用に+αがあるとしても、やはり一般法人や個人もターゲットにしな
いと 200 万台迄は普及しないだろう。

            車両保有台数(2011年3月末時点)
 [営業用バス] 108,228台
 [法人タクシー] 209,566台
               (出典:交通エコロジー・モビリティ財団)
 

 では、一般法人や個人も巻き込んで FCV を自立的に普及させる為に、何を優
先的に解決すれば良いのだろうか。弊社メルマガ読者にご意見をお伺いしたと
ころ、以下のような結果となった。
  
[燃料電池車(FCV)の普及課題について]

 ・「市販車両並の販売価格の実現」    :29 %

 ・「ユーザー利便性を確保した全国的な水素インフラの構築」 :24 %

 ・「耐久性、低温作動性、安全性等の技術的課題
                  の解決、一層の性能向上」 :24 %

 ・「安価な水素燃料の安定供給の実現」    :15 %

 ・「その他」       : 8 %
  
 「市販車両並の販売価格の実現」がトップを占めた。次世代環境車の中で、
走行距離や燃料の充填時間も現在のガソリン車と変わらないという利便性はあ
るものの、上述の 300 万円でも個人ユーザーにとっては高いということであろ
う。EV ユーザーは、国から補助金を受けて購入していることもあり、FCV も本
格普及に至るまでは、補助金を付ける必要があるかもしれない。

 また、「ユーザー利便性を確保した全国的な水素インフラの構築」が次点と
なった。サービスステーション約 4 万店舗に対して、現行の水素ステーション
15 基ではユーザーにとっては制限があるとも言える。

 但し、水素インフラの設置コストは非常に高額であり、欧米では 1 基当たり
1 億円以下で設置できるのに対して、日本では 5~ 6 億円 / 基掛かると言わ
れている。サービスステーション設置費用(7,000 万~ 1 億円 / 基)と比較
しても、事業者の負担は重い。

 日本のコストが高くなっているのは、安全対策に対する規制が厳しいことに
起因している。これを欧米並みに合理化する動きが始まっており、将来的には
日本でも 2 億円 / 基位迄下がるとの見通しがある。具体的には、立地規制を
緩和したり、高圧ガス保安法で定める圧力容器の設計基準や使用可能鋼材の制
約等、規制の再点検が始まっている。

 安価な水素燃料の安定供給という課題にも積極的に取り組まねばならないで
あろう。2015年に向けては「石油精製の際に生じる副生水素」や「天然ガス改
質による水素」が有力な供給源と見られている。水素の供給方法には以下 2 パ
ターンがある。

 1.オフサイト:“製油所の水素製造設備を利用した”大規模生産水素
         →高圧水素輸送
         →高圧水素供給

 2.オンサイト:ガス供給インフラを活用しての天然ガス輸送
          →“ステーションでの”水素製造
          →高圧水素供給

 オフサイトの場合は、輸送用車両 1台で FCV60台分程度の水素しか輸送でき
ないという課題があり、オンサイトの場合は各ステーションに水素製造設備を
設置する必要が出てくる。水素の価格目標がガソリン換算で 60~ 80 円 /L と
言われているが、ステーションの建設 / 維持管理費用の点も含めると、採算面
では相当厳しいと思われる。現行規制では、「ユーザーのセルフ充填は禁止」
となっているが、ユーザーの利便性や、水素供給価格の低価格化を考えると、
ここでももう一歩踏み込んだ取り組みが必要になってくるであろう。

 また、欧米では、水素を化石燃料から製造するのではなく、大規模な水力発
電や風力発電等、再生可能エネルギーの余剰電力を用いて、水の電気分解で製
造したり、バイオ燃料から改質する動きが始まっており、今後注視していく必
要があるだろう。

 このように本格的な普及に向けては、(1) 車両、(2) インフラ、(3) 燃料と
しての水素、何れも取り組む課題がまだ残っている。今は、社会実証実験等を
通じて、一つずつ課題を解決し、着実に駒を進めるというステージだと考える。
  
【FCV の導入期の国内ユーザー像】

 FCCJ の計画によれば、2015年を FCV の一般ユーザーへの普及開始元年とし
ている。これに呼応するように、2011年 1月に、下記 13 社が、FCV の 2015年
国内市場導入と水素供給インフラ整備に向けて、以下共同声明を出している。

 [共同声明を発出した 13 社]
  
   「自動車メーカー」
    トヨタ自動車、日産自動車、本田技研工業、

   「エネルギー各社」
    JX日鉱日石エネルギー、出光興産、岩谷産業、大阪ガス、コスモ石油、
    西部ガス、昭和シェル石油、大陽日酸、東京ガス、東邦ガス
  
   [共同声明の内容]
  1. 自動車メーカーは、技術開発の進展により燃料電池システムの大幅な
    コストダウンを進めつつあり、FCV 量産車を 2015年に 4 大都市圏を
    中心とした国内市場への導入と一般ユーザーへの販売開始を目指し、
    開発を進めている。導入以降、エネルギー・環境問題に対応するため、
    更なる普及拡大を目指す。

  2. 水素供給事業者は、FCV 量産車の初期市場創出のため、2015年までに
    FCV 量産車の販売台数の見通しに応じて 100 箇所程度の水素供給イン
    フラの先行整備を目指す。

  3. 自動車メーカーと水素供給事業者は、運輸部門の大幅な CO2 排出量削
    減に資するため、全国的な FCV の導入拡大と水素供給インフラ網の整
    備に共同で取組む。これら実現に向け、普及支援策や社会受容性向上
    策等を含む普及戦略について官民共同で構築することを、政府に対し
    て要望する。
  
 NEDO や自動車メーカー等、官民共同で社会実証実験を通じて、 FCV の普及
を推進しており、2015年の市場投入は現実味を帯びてきている。

 それでは、2015年頃(導入期)の国内ユーザー像はどのようになっているの
であろうか。弊社メルマガ読者の皆様に伺ったところ、集計結果は以下の通り
となった。

[2015年頃の FCV の国内ユーザー像について]

 ・「行政機関(地方公共団体・自治体、等)」   :29 %

 ・「公共交通機関、交通事業者(バス、タクシー、等)」  :24 %

 ・「広報・ CSR も目的とした一般企業(CSR 活動の一環
         として環境対応への注力をアピールしたい、等)」:23 %

 ・「個人所有(イノベーターやアーリーアダプター
                 と言われる層の個人所有、等)」:11 %
 
 ・「適宜利用(レンタカー・カーシェアリングでの利用、等)」 : 7 %

 ・「その他」        : 6 %
  
 「車両価格がまだ高い」、「インフラの数が限定的」といった声もあり、や
はり個人ユーザーではなく、行政機関や公共交通機関等の公共性の高い事業者
が主体となるとの回答結果が多くを占めた。

 決まった距離を走る等、走行条件が一定であり、普及するまでの初期データ
が取得しやすいといったモニター的な側面から起用されるとの見方もあるであ
ろう。社会実証実験の延長線上にあるとも言えるが、データ取得のサンプル数
が増えるのは確実であろうし、また、バス等の公共交通を通じて一般ユーザー
の目に触れることで、将来の普及に向けて、大きな宣伝効果もあるであろう。
実際に今回のアンケートでもそうした声が寄せられている。
  
【FCV の役割と市場】

 漸く現実味を帯びてきた FCV であるが、現実味を帯びてきたからこそ、足下
で普及に向けた課題が細かく見えてきている。普及までには、まだ関係者の方
にとって険しく苦しい道が続くと思われるが、FCV 事業を国を挙げて推進する
には、以下のような大義があり、是非頑張って頂きたい。
  
 1.エネルギー需給の安定化:
     水素には再生可能エネルギーを含め多様な供給源があり、運輸・交通にお
     けるエネルギー需給の安定化に貢献できる

 2.地球温暖化対策:
   FCV は排気ガスがゼロであり、CO2 排出量削減に貢献できる

 3. 産業競争力の強化:
   日本は燃料電池に関する特許出願数が多く、国内産業の空洞化防止、自動
   車産業の競争力確保に貢献できる

 4. 非常時の電源供給:
   FCV は非常時の電源としての役割を果たすことができる(1台で一般家庭
   の約 10日分)
  
 今後の自動車市場が二極化する中で、「国内市場」=「高付加価値車」、
「新興国市場」=「低価格車」と安易に考えるような話がでることもあるが、FCV
のような新エネルギーについては、こうした議論とは別モノとして考えるべき
であろう。エネルギー問題に直面しているのは日本ばかりではない。加えて、
天然ガス産出国や、日本以上に石油精製の際に生じる副生水素が多量に取れる
国はあるだろうし、FCV のターゲットとなる市場は現在開発が進んでいる日本
や米国などの先進国に限定できないはずである。

 FCV の役割を改めて再評価し、グローバルな視点でその意義を考えるべきだ
ろう。

                                        

<横山 満久>