少気筒化の流れ~インターナショナルエンジンオフザイヤー2011~

  世界 36 カ国 76 名の自動車ジャーナリストによって構成される「インター
ナショナル・エンジン・オブ・ザ・イヤー 2011」の開票が 5月 18日ドイツで
行われた。
http://www.ukipme.com/engineoftheyear/

 フィアット・グループの 2 気筒エンジン、「ツインエア」がグリーンエンジ
ンオブザイヤーと合わせ 2 冠を手にしている。

 この賞は車の心臓部、エンジンに着目して優れたパワーユニットを選出する
もので、2011年が 13 回目。5月時点で少なくとも世界 1 カ国以上で販売され
ている乗用車のエンジンを対象に(中略)最高のパワーユニットを決定した。

              <2011年 5月19日 レスポンス配信記事より>

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 フィアット・グループの受賞に終わった今回の結果は日本のメディアでは殆
ど取り上げられなかったが、「ツインエア」に代表されるエンジンの気筒数を
少なくする所謂「少気筒化」のトレンドは今後グローバルに拡がっていくよう
に思う。

【少気筒化のメリット】

 内燃機関では未だに燃料がもつエネルギーの 70 パーセント以上が排気・冷
却損失や機械損失等で失われ、動力に生かされていないとされる。

 こういったエネルギーの損失を減らすには、
・エンジンの表面積を相対的に小さくすることで熱効率を高め、
・ピストンやバルブ、軸受けの数を少なくすることで摩擦損失を低減する
等の手段が考えられる。気筒数を少なくすることは有効な方策の一つという。

 たとえば同じ1.0L エンジンでも 4 気筒より 3 気筒、3 気筒より 2 気筒と
いうように少気筒化によって燃費向上の余地が生まれてくるという理屈である。
更に、気筒数が少ない方がエンジンの軽量化に貢献するメリットも考えられる。

 但し、気筒数は少なければ少ないほどよいということではないらしい。熱効
率を考えると 1 気筒あたりの排気量には適正値があるという。ガソリンエンジ
ンの場合、400mL~ 600mL がそれにあたるとされる。それ以上の排気量になる
と気筒内で炎が伝わる距離が長くなり、燃焼するのに時間がかかって熱効率は
逆に下がってしまうという。因みに今回受賞した「ツインエア」は 875mL で
1 気筒あたり 約440mL である。

 つまり、(一旦乗り心地は脇に置いて)燃費だけを見たとき1.0L エンジン
では 2 気筒が、1.2L エンジンでは 2 ~ 3 気筒が最適な気筒数ということに
なる。(注:気筒数が最適であってもボアとストロークのバランスが悪ければ、
冷却損失が増えてしまい必ずしも燃費がよくなるとは限らないという。)
 

【欠点の解消】

 気筒数を減らすと燃費が良くなるのは以前より分かっていたことだが、これ
を実現できなかったのは「振動の問題」と「気筒数が多い方が高級なエンジン
という消費者のイメージ」があったためとされる。

 4 気筒エンジンではエンジンの回転軸であるクランクシャフトが1回転する
間に 2 回の爆発がある。2 気筒にすると1回の爆発で済むが、同排気量の場合
1回あたりの爆発量が倍になるため振動が大きくなってしまう。

 この振動の問題は特に車が停まっているアイドリング時に顕著に感じられる。
しかし、停車時にエンジンを自動停止する「アイドリングストップ」技術が最
近普及してきたことによってこの問題は大きく改善されたという。「アイドリ
ングストップ」機能は低燃費対策として日本でも導入が進んでいくと見込まれ
ている。

 更に、走行時の振動についても各種エンジン部品の改良やマウント位置の工
夫によって気になるレベルではなくなってきているという。

 気筒数の少ないエンジンに対して消費者が抱くネガティブな「イメージ」の方
も燃費向上が重要な社会要請のひとつとなっている昨今、特に小・中排気量領
域では販売面で大きな障害とはならなくなってきていると言えよう。

 
【マニュアルトランスミッション→アイドリングストップ→少気筒化】

 上記の通り「アイドリングストップ」の普及は「少気筒化」の流れを加速し
そうである。もともと、この「アイドリングストップ」は欧州で火がついたと
言われる。同機構は導入当初、アクセルに踏み込むタイミングとエンジンの再
始動時間に時間差が生じてしまう傾向があったという。しかし、トランスミッ
ションがマニュアルの場合、ドライバーはレバーやクラッチの操作に気を取ら
れその時間差があまり気にならなかったとされる。 こうして マニュアルトラ
ンスミッション搭載比率が現在でも 9 割程度と言われる欧州でアイドリングス
トップは急速に普及しているとのことである。

 その後、AT や CVT の場合でもこうした“時間差”の課題をクリアするため
にスタ―タモータや油圧ポンプ等の改良を通して機構の進化が進み、 AT 乃至
は CVT 比率の高い日本でもアイドリングストップが実用に供され始めている状
態である。

 こういった流れを考えると日本でも今後少気筒化の潮流が生まれてくるかも
知れない。

 
【新興国対策】

 少気筒化の良いところは「燃費(=環境面)」だけではない。エンジンの重
量が軽くなることで、多気筒エンジンに比べ素材となる金属等で材料費が安く
なるメリットも大きいとされる。

 一人当たりの GDP が日本の 4分の 1 から 40分の 1 程度である新興国市場
では「乗り心地」よりも「車両価格(=初期投資)」や「燃費(=維持費)」
といったコストに関係する要素が優先される側面もあろう。

 マニュアルトランスミッションにアイドリングストップを組み合わせた少気
筒エンジンで、各新興国市場で受け入れ可能な振動レベルをよく調査し、市場
に適合した製品をより安価に提供することで市場開拓をリードできるかもしれ
ない。

 これまで日本の製造業は難しいと言われた「技術の壁」を乗り越えることで
発展してきた(=Engineering Forward の) 側面が大きいように思う。一方、
世界では市場のニーズに合わせその時点で対応可能な技術を集めて商品化する
ことで発展した(=Marketing Forward の) 国も多い。

 「少気筒化」でも振動や AT/CVT 対策に懲りすぎ、Engineering Forward で
いくと新興国市場の動向を完全に汲み取れず、落とし穴にはまりかねない。手
をかけて日本市場向けに開発した少気筒化エンジンを将来そのまま新興国に展
開すると折角のコストメリットや価格競争力が薄れてしまう可能性も考えられ
よう。

 一言で少気筒化といっても、「ここまで来た」先進国市場向け技術と「ここ
までで十分」と判断した新興国市場向け技術に区分した設計コンセプトが問わ
れてくるように思う。

 
 世界の自動車メーカーでは新興国市場を意識したフレックス車(ガソリンと
メタノールやエタノールなど、1種類以上の燃料が混合して走行が出来るよう
に設計された車)対応の少気筒化エンジンを準備しているところもあるようだ。
日系各社も「少気筒化エンジン」の更なる開発を進めていると聞くが、新興国
市場をターゲット据えたモデルが現在どのような開発状況にあるか、大変興味
のあるところだ。

<櫻木 徹>