東日本大震災による自動車業界への影響と復帰に向けた取組みについて

 今回は、「東日本大震災による自動車業界への影響と復帰に向けた取組み」を
テーマとした以下 4 問のアンケート結果を踏まえてレポートを配信致します。

https://www.sc-abeam.com/sc/library_s/enquete/5170.html

 ・「東日本大震災による日系自動車メーカー国内生産台数への影響について」
 ・「東日本大震災で被災された部品メーカー復帰へのスケジュールについて」
 ・「国内車両生産復旧に向けた自動車メーカーの短期的な取組みについて」
 ・「国内/海外車両生産に対する自動車メーカーの長期的な取組みについて」

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【東日本大震災による国内生産台数への影響と復興へのスケジュール】

 2011年 3月 11日に発生した東日本大震災は、自動車産業を始めとする日本の
産業に大きな爪痕を残した。特に被災地に立地していた自動車メーカーの工場
や、部品サプライヤの工場は甚大な被害を受け、日本の「モノづくり」の根幹
を揺るがす事態となった。

 今回の震災影響に伴う、本年の車両生産台数減少幅に関する問いに対しては、
100 万台以上とする方が 8 割近くにのぼり、200 万台以上と答えた方も半数を
超えた。

 ・「300万台以上」 :25 %
 ・「200万台~300万台」:26 %
 ・「100万台~200万台」:28 %
 ・「100万台以下」 :21 %

 3月の乗用車国内生産台数は、昨年 3月の約 82.4 万台から 34.8 万台へと、
約 48 万台の減少(日本自動車工業会データによる)となり、4月中旬以降生産
再開された各工場の稼働率も、継続的な部品供給の不透明さ故、震災前の生産
状態に戻るにはまだ暫く時間を要すると思われる。

 また、車両生産の正常回復には必須である、被災部品メーカーの復帰時期に
関する問いに対しては、半年以上を要すると答えた方が半数以上を占めた。

 ・「1年以上」  :23 %
 ・「半年~1年」 :33 %
 ・「3ヶ月~半年」 :25 %
 ・「3ヶ月以内」 :19 %

 実際に、例えば、被災した半導体大手ルネサスエレクトロニクスは、代替工
場での生産分と合わせても、被災前の那珂工場の供給レベルまで戻るには、本
年 10月末まで必要という見通しを示している。

 このような部品サプライヤの復興状況を踏まえ、各自動車メーカーは今年の
秋口以降に生産が正常化すると発表(日産:10月中、ホンダ:年内)している。
トヨタのサプライヤ向け内部計画では、生産正常化が 11月~ 12月から 9月に
前倒しされているとも報道される等、その時期は早期化が見込まれてはいるが、
6月末までは各社共 5 割~ 7 割程度の生産に留まる事から、毎月 20 万台~
30 万台の昨対比減少は避けられない。

 今後直面する電力不足への対応や生産体制の週末シフト化等、車両生産への
不透明要素も重なり、正常化以後のリカバリを考慮したとしても、結果として、
100 万台以上の減少は避けられないと想定される。

 
【生産台数減少の主要因】

 今回の震災による生産台数減少の主要因として、「サプライチェーンの寸断」
が挙げられる。サプライチェーン最適化やバックアップ等、これまでもリスク
管理の一部として考慮されてはきたが、東日本大震災はその基準を超える「想
定以上」の災害だったと言えよう。

 今回の震災では、様々な部品構成レベルで「部品や素材そのものが供給され
ない」という事態が発生した。部品供給体制(部品構成)は、最終製品の性能
や価格競争力にも影響を与える非常に重要なファクターであり、部品によって
は、国内調達と海外現地調達の並行開発等、これまでも”供給されない(出来
ない)”リスクや代替案について、議論はなされてきた。

 しかし、非常に高度で複雑な開発・性能目標を有する部品を始め、全ての部
材に対するバックアップ品開発というのは、3 万点超の部品点数を有し、広大
な裾野を持つ自動車産業においては困難であろう。この”難しさ”が、今回の
サプライチェーン寸断を引き起こした最大要素である事は、想像に難くない。

 自動車メーカーと密接な関係を持つ Tier1 / 一部の Tier2 部品サプライヤ
に比べ、その下位レベルの部品サプライヤに対する自動車メーカーの関与は薄
い。メーカー納入時の Assembly 品目で、性能保証や供給体制保証がなされて
いる為であるが、この事により下位構成レベルの部品や素材サプライヤの特定
や被災状況の入手が難しくなった。

 これらの下位構成レベルの部品群が、異なる車種において同一サプライヤに
集中していた事もまた、今回の震災で明るみに出た。車両軸だけではなく、部
品軸・素材軸で車種横断的に開発を実施している部品も多々存在するものの、
結果的に同一サプライヤになっていた事による”供給体制リスク管理”まで賄
う事は非常に難しかったと言えよう。

 さらに、夏場を控えた電力需給への対応も、生産台数減少の要因となってい
くだろう。ホンダのグリーンファクトリー計画や、マツダの自家発電所等、こ
れまでも地球温暖化対策や省エネルギー対策という観点では、電力需給への対
応も図られてきたが、今回の災害で発生したような大規模な電力不足への対応
を主眼に置く活動ではなかったであろう。

 
【国内車両生産復旧に向けた自動車メーカーの短期的な取組み】

 このような状況の中で、各自動車メーカーにおける短期的な復興への取組み
についてアンケートを取ったところ、下記のような結果となった。(4月 19日
時点)

 ・「既存サプライチェーンの早期復興」    :36 %
 ・「新規サプライチェーンの構築(国内サプライヤ)」  :17 %
 ・「新規サプライチェーンの構築(海外サプライヤ)」  :13 %
 ・「輪番操業への対応(電力需給対応)」   :15 %
 ・「自家発電能力の増強(電力需給対応)」   :12 %
 ・「車両生産移転」      : 5 %
 ・「その他」       : 2 %

 回答頂いた方の 66 % がサプライチェーンに対する取組みを選択され、中
でも”既存サプライチェーンの早期復興”がその半数を占めた。実際に、被災
したルネサスエレクトロニクスには、自動車メーカーを始め各産業界から最大
で 1日 2500 人以上もの方が、早期復興を目指し支援を行っている。このよう
な会社を越えての不断の努力が、生産開始時期の前倒しにつながっている。

 既存サプライチェーンの早期復興が最優先となる背景には、”直ぐに代替調
達は出来ない部品特性(設計構造)”がある。部品共通化や流用化が叫ばれる
一方で、車両特化型の単独設計 / 評価手法を持つ部品の点数も多い。

 また、代替調達となれば、新規調達先での品質造りこみや、各自動車メーカー
の評価基準をパスする為の性能評価、複雑な設計変更手続きが不可避となる。
量産には向かない精密加工等の技術が集積している東北地方を震災が襲ったの
も、容易には代替調達が出来なかった一つの要素であろう。

 しかし、代替調達先を確保した事例も実在する。壊滅的な被害を受け、復興
へのスタートをすぐにはきれないサプライヤもあるからだ。自動車業界を含む
製造業全般における素材・加工業種が対象ではあるが、経済産業省が 4月に実
施した「東日本大震災後の産業実態緊急調査」によると、調達困難に陥った原
材料や部品・部材の調達先を、国内始め海外にまで変更する事例も認められた。

 これは、調達先を変更されてしまったサプライヤからすると、災害で会社や
工場に多大な被害を受けた上、今後のビジネス継続という点で非常に大きな痛
手である。一旦変更されてしまうと、そのシェアを奪い返すにはよほどの耐力
がないと難しく、過去の取引ベースで元に戻る訳ではない。

 サプライチェーンの再構築に次いで、アンケートでも回答数の多かった、夏
季に向けての電力需給対策も加速している。日本経団連が、東京電力管内の大
口需要家に対して実施している「電力対策自主行動計画」の中から代表的な事
例を紹介させて頂く。

 - 自家発電機能の導入及び強化
 - フレキシブルな操業形態の敷設
 - 使用電力の大きな機器の時間シフト(深夜シフト) 等

 既に自工会では、7月~ 9月の間、電力需要が少ない土・日曜日に全国の工場
を稼働させ、木・金曜日を休みとする方針を決めた。部品供給もそのスケジュー
ルに足並みを揃えていく必要があるが、通常通りのカレンダーを適用している
他産業界とのつながりや、土・日のシステム稼働対応等、短期間の中で解決す
べき課題は多い。

 
【国内/海外車両生産に対する自動車メーカーの長期的な取組み】

 一方で、今回の震災により各自動車メーカーは、短期的な取組みだけに留ま
らず、長期的な取組みへも着手し始めている。長期的な取組みとして各自動車
メーカーが注力する項目についてのアンケート結果は以下のようになった。

 ・「国内生産拠点における有事への対応力強化」   :22 %
 ・「国内での車両生産分散化」     :16 %
 ・「海外を含めた車両生産分散化」    :16 %
 ・「調達先の分散化」      :26 %
 ・「在庫管理手法の最適化」     :17 %
 ・「その他」       : 3 %

 上記結果に偏りがなかった事からも言えるように、長期的な視点において、
どれか一つの対策を講じるだけでは、今回のような”想定以上”の事象に耐え
る事は出来ないであろう。

 これらの各項目を具体化していくにあたっては、勿論、各担当者レベルで推
進出来るものではなく、全社的な活動が必要不可欠であるが、まず、各社にお
いて、”どのレベルまでの危機管理を想定範囲内とするのか”を再定義する必
要があると考える。

 そしてその中で、各社の状況や戦略に基づき、車両生産分散化/調達先の分
散化/有事への対応力強化等を、バリューチェーン横断的に、優先順位を付け
て推進していく事が重要と考える。

 例えば、「車両生産分散化」に伴い車両の供給地が変われば、最適な部品供
給形態も変わるように、自動車メーカーのみで取組みを推進していく事は不可
能である。部品サプライヤと一体となった供給体制議論も必要となり、決して
自動車メーカーの範囲内に留まるものではない。

 「調達先の分散化」に関しては、部品サプライヤ側が早くも手を打った実例
がある。ドイツに本拠を構える自動車塗装向け顔料「Xirallic(R)」を生産する
Merck KGaA 社は、5月 10日、被災した小名浜工場での生産再開と共に、ドイツ
でも生産工場を建設し 2011年末をメドに生産体制を整えると発表した。

 Merck KGaA 社の取組みは、部品サプライヤ側から、バックアップ供給体制の
早期構築を目指した事例であり、自動車メーカー側からもまた、自社内で優先
順位付けした各項目に対し、サプライヤも含めた全社横断的、組織横断的な取
組みが必要となろう。

 このような「リスクの分散化」は、各自動車メーカーと Tier1 サプライヤの
間だけではなく、広大な裾野で構成されている部品供給体制の各レイヤーにお
いても、今までより一層重要なファクターとなるであろう。

 上述してきたように、”全社的な方向性(戦略)”に基づき、設計・製造・
調達・物流等の各部門において、「災害への危機管理視点」を再度洗い出し、
部門/グループ/個人と、具体的なアクションプランに落とし込み、それらの
情報を各会社・部門で情報共有出来る、強固な組織体制の構築が重要と考える。

                                                                                                   

<川本 剛司>