新年に際して

2011年の幕が開けた。

昨年を総括すると「品質」「新興国市場」「電動化」という 3 つの単語が業界を大きく揺るがしたように思う。新年に際しこの 3 つのキーワードを改めて見つめ直してみたい。
トヨタ自動車の豊田章男社長が品質問題に直面した際、参照したものの 1 つが米経営学者ジェームス・ C ・コリンズの著書「ビジョナリーカンパニー」だったといわれている。同書には「品質」だけでなく「新興国市場」や「電動化」戦略を考える上でも示唆に富む指摘が多く記述されているように思う。
コリンズは栄光を極めた偉大な企業が衰退するときには、次の 5 つの段階を経るとしている。
    
第一段階:成功から生まれる傲慢

第二段階:規律なき拡大戦略

第三段階:リスクと問題の否認

第四段階:一発逆転策の追求

第五段階:屈服と凡庸な企業への転落か消滅

(出典:「ビジョナリーカンパニー(3)衰退の五段階」-山岡洋一訳)
筆者が注目したのは「規律なき拡大戦略」に走る第二段階である。

コリンズは「偉大な企業が衰退する前にはかならずイノベーションが減少するとの仮説が否定された」とし、寧ろ「偉大な企業は機会が少なすぎて飢える可能性よりも、機会が多すぎて消化不良に苦しむ可能性が高い」という「パッカードの法則」を強調している。
今、自動車産業の伸びシロである新興国市場や EV ・ HEV 市場では地場の産業や他国からの競合がひしめきあい、かつてない勢いで量的拡大をめざす状況が続いている。新興国のメーカーや海外の競合は如何に他社に先んじて多くのパイを奪い取るか必死である。
今後更に激しさを増していくグローバル競争時代に突入するに際して、昨年日本の自動車産業がその屋台骨を揺るがすほどの大きな品質・安全問題に直面 し、これを特定の会社だけの問題と捉えず業界全体に通じる共通の問題と真摯に受け止め、どの国の競合よりもことの重大さについて心に刻み込むことができたのは、日本の自動車産業にとって大きな収穫であったと言えはしないか。
中国をはじめとする新興国は、当面旧来の西欧型合理主義を貫き、量的拡大にまい進し続けていくように思われる。
 
このようなマーケットの騒がしい状況に直面しても、日系企業各社はこれまで先進国市場向けで膨れ上がった機能の絞り込みは喫緊の課題として行っていくにしても、製品の品質・安全に関する質的向上にはこれまで以上に細心の注意と労力をかけて対応していくものと確信する。
「EV」と一言でいっても概念は広い。ゴルフカートや遊園地のゴーカートもEV である。今後ゴルフカートまがいの EV が新興国で爆発的に売れるかもしれない。しかし、機能やスペースをゴルフカート並みに落としても日系メーカーが提供する EV 技術は公道を 100パーセント安全に心地よく走る車に限られてこよう。
エンジン音のない EV では車体の更なる剛性と静寂性が求められる。急加速しても軋み音がでず、高速で走っても風切り音がない車として日本製車両の品質が見直されるかもしれない。
昨年はブレーキのフィーリングも問題になった。中身をひも解くと回生ブレーキと油圧ブレーキの協調制御の問題であることが分かった。騒音・振動対策も絡んだ複雑な改善案の過程でおきた事象であり、その解決策は結果としてメーカーにとって大きな財産となったはずである。
かつて車のドアの開け閉めの際“ドイツ車のような”と表現された高級車のイメージが、将来高品質・高級感の代名詞として“日本車のような”ブレーキ操作感と言われる日がくるかもしれない。
多種多彩な市場の声を細かにすくいとり製品に反映する努力こそが日本の自動車産業の底力となり、他国の技術との差別化を促すことになるとの信念は浸透しているものと思う。
そういった信念と地道な努力が社会に貢献する真の技術を生み出し、その会社に勤める人間のわくわく感を醸し出しモラルを高めていくように感じる。(コリンズは「偉大な企業が成長を担う適切な人材を集められるよりも早いペースで売上高を増やしつづけた場合、停滞に陥るだけではない。衰退していくのである。」とも指摘している。)

一方で、競争の激化にともない、これまで以上に設計レベルからの部品の共通化を推し進め、コストをミニマイズせねばならない大変苦しい状況は続く。
こういった中で水平分業化の波を捉えて、各部品メーカーは品質に裏打ちされた卓越した技術を他国・他社の実情に落とし込むことで積極的に売り込んでいく道も模索していく必要があるように思う。これまでの上位下達式の開発だけではなく、各部品メーカーが独自にマーケティング・開発した技術の横展開も深化させていくことで収益基盤を充実させていく戦略も必要だろう。
品質面・安全面で課題の多い新興国市場や EV ・ HEV 市場は日本の完成車メーカー・部品メーカーそれぞれのレベルで大いに開拓余地のある領域である。ただ、もはややみくもに拡大戦略に走る日系メーカーは少ないと思う。 
各国の成長スピードに適合するテンポで、品質に裏打ちされた新技術を地道に提案・投入し続けていくことが中長期的に他国の競合に勝ち続けるための近道だと思う。

 20011年1月5日

株式会社住商アビーム自動車総合研究所
代表取締役社長 櫻木 徹

<櫻木 徹>