脇道ナビ (77)  『最終回 デザインのお勉強』

自動車業界を始め、複数の業界にわたり経験豊富なコンセプトデザイナーの岸田能和氏が、日常生活のトピックから商品企画のヒントを綴るコーナーです。

【筆者紹介】
コンセプト・デザイナー。1953年生まれ。多摩美大卒。カメラ、住宅メーカーを経て、1982年に自動車メーカーに入社。デザイン実務、部門戦略、商品企画などを担当。2001年に同社を希望退職。現在は複数の業界や職種の経験で得た発想や視点を生かし、メーカー各社のものづくりに黒子として関わっている。著書に「ものづくりのヒント」(かんき出版)がある

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第77回 『デザインのお勉強』

三つ子の魂百までと言う。ただ、50も過ぎると、さすがに子どもの頃のように靴を脱ぎ、電車の座席に上がって窓に張り付くようなことはしない。それでも、電車に乗ると、窓の外を流れていく風景を見るのが今でも好きだ。

しかし、JR 中央線から見える新宿の風景にはいつも幻滅する。JR 線と交差する靖国通りや職安通りを挟んだあたりの看板やビルがぎっしりと建ち並ぶ街並みがあまりにも醜いからだ。隣に並んでいる看板に対し、目立てば良いとばかりにけばけばしい色を使い、大きさを競うことで他を押しのけようとしている。夜ともなると、さらにギラギラと光り輝いてその醜悪さを増す。

ただ、念のために言うが、私はニュータウンなどにある整然とはしているが人工的な街並みは好きではない。人や企業のエゴをむき出しにした雑然とした街並みのほうが、人の息づかいを感じる分、好きである。ただ、そんな私でも、新宿の風景は醜いと思う。それは、同じように雑然としている香港や台湾の風景に比べても、様々な色、カタチ、大きさ、文字などが混在しているからだと思う。

こうした醜い街並みを作り出したのは、これまで家庭、学校、地域で「デザインのお勉強」をキチンとしてこなかったツケが回ってきた結果ではないだろうか。

もちろん、デザインのお勉強と言っても学校の美術の授業で学ぶようなものではなく、生活の中でデザインを考える力をつけることである。

例えば、スーパーで買ってきたお惣菜をパックのまま食卓に出すのではなく、食器に移すだけで全く違って見える。さらにお惣菜にピッタリの色やカタチの小鉢に盛ると、おいしそうに見える。そうなると、その小鉢を置くテーブルクロスや照明でさらに雰囲気も変えることで、食事もおいしくなるだけでなく、話も弾むことが分かってくる。そんなことを親子で体験することで、生活を潤いのあるものにできるモノや環境のデザインこそが良いデザイン、美しいデザインであることが分かってくる。

外出もデザインを学ぶ絶好の機会である。初めて行く街の駅にある案内表示、カタチ、大きさ、色使いのデザインは、子どもの目の高さ、能力から見ると、間違いなく分かるようになっているだろうか。あるいは目立つことだけが目的の広告や街並みが邪魔をしてはいないだろうか。そんなことを親子で手をつないで話し合いながら、お出かけ先に向かうのも重要だし、面白い。

そんなデザインのお勉強をするための教材はどこにでも、そしていくらでもあると思う。

<岸田 能和>