脇道ナビ (72)  『目をさませ、デザイナー』

自動車業界を始め、複数の業界にわたり経験豊富なコンセプトデザイナーの岸田能和氏が、日常生活のトピックから商品企画のヒントを綴るコーナーです。

【筆者紹介】
コンセプト・デザイナー。1953年生まれ。多摩美大卒。カメラ、住宅メーカーを経て、1982年に自動車メーカーに入社。デザイン実務、部門戦略、商品企画などを担当。2001年に同社を希望退職。現在は複数の業界や職種の経験で得た発想や視点を生かし、メーカー各社のものづくりに黒子として関わっている。著書に「ものづくりのヒント」(かんき出版)がある

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第 72 回 『目をさませ、デザイナー』

我が家には 30年あまり使ってきた目覚まし時計がある。デジタル時計だが、液晶や LED ではない。数字が印刷された板がパタパタとめくられて時刻を表示するタイプである。駅や空港の案内でも見かける表示方法だ。数字が大きい上に、黒い板に白い数字が印刷されているので、ねぼけまなこで見るときでもよく分かってベンリだった。さすがに、30年を超え、「ヒョロ、ヒョロ、ロロ、ロ・・・・・」、力が抜けるような目覚まし音しか出なくなったので、引退させることにした。

早速、近くにある大手スーパーに行ってみた。最初は今までと同じデジタル時計にしょうと思ったが、液晶だとコントラストが弱く、暗い寝室では読みづらいことに気がついた。そこで、アナログ時計を選ぼうとしたて驚いた。寝室に置きたいと思えないデザインばかりだったからである。しかたなしに、カメラや時計を扱う量販店に行った。さすがに、商品の数は先に行ったスーパーの比ではなかった。しかも、価格も手頃で、電波を受信して狂いを自動的に補正する時計などもあり、機能的にはスゴイものもあった。しかし、それほどの数があっても、けばけばしく、安っぽいデザインで、しかも似たようなモノばかりで、我が家の寝室に置きたいと思うものがなかった。

そこで、小じゃれた雑貨店にも出かけてみた。唯一、目についたのは、昔のデザインのまま作られているドイツ製の目覚まし時計だった。レトロなデザインが落ち着いた雰囲気なので、気に入った。しかし、手巻きであったことと、目覚まし音が本物のベルを打つタイプであったために買うのはやめた。毎日、忘れずにぜんまいを巻く自信はないし、小心者の私としてはけたたましいベル音で起きるのは堪えられないからだ。どうやら電池式で、電子音の時計という現代的生活からは後戻りはできなくなってしまったようだ。

結局、量販店に戻り、目立たない小さな時計を買ったが、あくまでも急場しのぎである。そんな買い物をしていて、だんだんと腹がたってきた。たかが目覚まし時計を一つ買うのに、それも 30年以上も前に作られたモノの買い替えがカンタンにできないなんて、と。
洋風、和風を始め、住宅のインテリアはさまざまである。あるいは、そこに住む人もさまざまな好みを持っている。しかし、どう、ひいき目にみても、時計売り場に並ぶ目覚まし時計が、そんなさまざまな好みに応えているようには思えなかった。時計のデザイナーさんたちには大きな音のする目覚まし時計が要るようだ。

<岸田 能和>