脇道ナビ (70)  『浦島太郎』

自動車業界を始め、複数の業界にわたり経験豊富なコンセプトデザイナーの岸田能和氏が、日常生活のトピックから商品企画のヒントを綴るコーナーです。

【筆者紹介】
コンセプト・デザイナー。1953年生まれ。多摩美大卒。カメラ、住宅メーカーを経て、1982年に自動車メーカーに入社。デザイン実務、部門戦略、商品企画などを担当。2001年に同社を希望退職。現在は複数の業界や職種の経験で得た発想や視点を生かし、メーカー各社のものづくりに黒子として関わっている。著書に「ものづくりのヒント」(かんき出版)がある

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第70回 『浦島太郎』

「絶対に開けてはいけませんよ」と言われると、開けてみたくなるのが人情。そんな人情に負けて、玉手箱開けると、あっと言う間に白髪、白いひげのおじいさんになってしまったのが浦島太郎だ。だいたい、どうしてそんな玉手箱を竜宮城のお姫様がくれたのかが大人になった今でも理解できない。自分のところを去っていった男に対する恨みなのだろうか?

そんな玉手箱がずらっと並んでいるのが、現代社会だ。情報の伝わりにくい国などで何十年かを過ごして日本に帰ってきた人たちは、ほんの数十年で大きく変わった政治、経済、都市の姿、交通、情報通信、ファッションなどを見て、浦島太郎のキモチがわかっただろう。

そんな現代の浦島太郎たちでなくても、私たち自身もほんの少し前と比べてみて、身近な生活機器の変化の大きさに気づき、驚くことがあるはずだ。たとえば、手のひらの上に載るような大きさで動画までやりとりできるケータイ。テレビだって凄い。大画面でありながら、奥行きの薄い、液晶やプラズマディスプレーなども少し前なら夢のような商品が今では身近なものとなっている。もちろん、調理や洗濯などに使われる家電製品も、いろいろと工夫が加えられベンリになっている。

そんなベンリな商品の一つに電気ポットがある。私もオフィスで使っているが、カルキを飛ばす機能とか、洗いやすくするためにふたや内部をカンタンに取り外せるようになっているし、何より、指一本でお湯を注ぐことができるので重宝している。しかし、一つだけ不満がある。それは、お湯がなくなった時、ふたを持ち上げた手に、内部から出てくる湯気があたってしまうことだ。ふたには「やけどの恐れあり。ふたを開けるときは蒸気やつゆの飛び散りに注意すること」とご親切に書いてあるが、すぐに忘れてしまい、何度も熱い目にあっている。こんな熱い目にあうのは私が使っている電気ポットだけなのか、他のメーカーも機種でも同じようなことがあるのかは、知らない。ただ、カタログなどを見る限りでは、似たようなことになりそうに思えるモノは少なくない。

20年前にはお湯をわかすことしかできなかった電気ポットに、今ではたくさんの機能が追加され、カタチもそれなりに変わっている。しかし、玉手箱と違って「開けなくてはならないふた」を開けるたびに熱い目にあわないといけない電気ポットなんて進化していないのと同じだ。玉手箱を開けた浦島太郎なら「カタチは変わっても、案外と中身は変わってないね」と言うだろう。

<岸田 能和>