脇道ナビ (63)  『ベイフロントの朝』

自動車業界を始め、複数の業界にわたり経験豊富なコンセプトデザイナーの岸田能和氏が、日常生活のトピックから商品企画のヒントを綴るコーナーです。

【筆者紹介】
コンセプト・デザイナー。1953年生まれ。多摩美大卒。カメラ、住宅メーカーを経て、1982年に自動車メーカーに入社。デザイン実務、部門戦略、商品企画などを担当。2001年に同社を希望退職。現在は複数の業界や職種の経験で得た発想や視点を生かし、メーカー各社のものづくりに黒子として関わっている。著書に「ものづくりのヒント」(かんき出版)がある

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第63回 『ベイフロントの朝』

ある朝、ベイフロントにある駅に電車が到着した。ドアが開くと、同じような色の服を着た数十人、いや数百人の集団が降りてきた。それも、同じくらいの年代の女性ばかりだ。ただ、彼女たちはお互いに話すどころか、目を合わすこともしない。しかも、ベイフロントにあるしゃれたお店や街並みには目もくれず、一斉に駅から少し離れたところに建つホテルに向かって歩いていく。やがて、ホテルの入り口にある回転ドアの前に立つと、一人の例外もなく、コートを脱いでからホテルのロビーへ入って行く。ロビーには、地方から来た観光客や海外出張とおぼしき青い目のビジネスマンがいたが、次々に入ってくる彼女たちを興味深そうに眺めていた。やがて、彼女たちは、背筋を伸ばし、ロビーにあるエスカレーターにひとりずつ乗って上の階にある大きなホールへ向かって行った。ホールの前にある案内板を見ると「ユニバーサル株式会社・会社説明会場」とあった。

同じファッションに身を包んだ学生たちが会社説明会に向かうのは毎年恒例だ。しかも、ここのところの不況で採用が絞られているため、まじめそうに見せようと紺か黒のスーツが多いが、口の悪い友人に言わせと、まるでお葬式だ。「誰でも」同じ服で用が足りるということからすれば、まさに今流行りのユニバーサルデザインなのかも知れない。

そんな冗談はさておき、隣にいる人と見分けのつかないようなファッションに身を包んで、居心地は悪くないのだろうか?彼女たちも、普段はそれぞれ、個性的なファッションを楽しんでいるはずだ。なのに、なぜ、会社に入ろうとすると、いきなり他人と同じファッションでも構わなくなってしまうのだろうか。そんな他人との違いを表現できないような人が、会社に入って、隣の人と違う仕事ができるはずはないし、そんな会社が伸びるはずはない。もちろん、目立つだけの奇抜なファッションで会社説明会に参加すべきだと言うつもりはない。ただ、紺や黒以外でも、おちついた雰囲気を出す色はあるし、ツーピースのスーツ以外にも選択肢はあるはずだ。そんな自分らしさを表現しないような人が、会社でオモシロイ仕事はできないのではないだろうか?

ただ、そのホテルの大ホールで開かれた説明に入ってくと、同じようなグレーのスーツを着た人事担当者がずらっと並んでいて、みんな同じような顔に見えたそうだ。

<岸田 能和>