脇道ナビ (49)  『気まぐれなレイコ』

自動車業界を始め、複数の業界にわたり経験豊富なコンセプトデザイナーの岸田能和氏が、日常生活のトピックから商品企画のヒントを綴るコーナーです。

【筆者紹介】
コンセプト・デザイナー。1953年生まれ。多摩美大卒。カメラ、住宅メーカーを経て、1982年に自動車メーカーに入社。デザイン実務、部門戦略、商品企画などを担当。2001年に同社を希望退職。現在は複数の業界や職種の経験で得た発想や視点を生かし、メーカー各社のものづくりに黒子として関わっている。著書に「ものづくりのヒント」(かんき出版)がある

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第49回 『気まぐれなレイコ』

ポチ、コロ、シロ、チビ、ゴン・・・。犬や猫を始め、小鳥、金魚、ウサギ、亀、ニシキヘビ、イグアナなどペットに名前をつけることは珍しい話ではない。時には花、サボテン、植木、盆栽のような植物にさえ名前をつける人もいる。もちろん、名前をつけるだけでなく、花に向かって「ハナちゃん(仮名)、今日はご機嫌いかが?そう、お水が欲しいの。すぐにあげるからね。」と話しかけながら育てている人もいる。植物も人のことばが分かるという研究もあるそうだから、まんざらオカシナ話ではないのかも知れない。

ペットや植物に名前をつけたり、本来は言葉が通じない相手に話しかけたりするのなぜだろうか。それは種類が同じチワワでも A さんの家で飼っている「チーちゃん」は世界に一匹しかいない。つまり、生き物である限り、それぞれが他とは違った個性や特徴を持った一匹、一羽、一本であるからだ。だからこそ、かけがえのない存在として大事にする。
もっとも、全く同じモノが作られているはずの工業製品であっても、ペットと同じように付き合う人たちもいる。例えば、ある種のスポーツカーや古いクルマなどのファンを見ていると、クルマに話しかけながら、ワックスがけをし、ヒマがあれば、なでている。故障をしても、「そうか、そうか、今すぐ直してあげるからね」と言って、目を細めている。故障すらクルマからのオーナーに対するメッセージだと喜んでいる始末だ。こうしたヒトとモノとの付き合い方はアナログカメラ、楽器、家具、建物などを大切にする人たちに見かけることが多い。

そうしたモノとの付き合い方は一部のマニアや物好きの人たちほどではないが、何とか世界でたった一つしかない自分だけのモノにしたいと思っている人は少なくない。例えば、若い人が持っている携帯電話を見ると、多くはシールを貼ったり、カラフルなマジックでイラストが描かれたりしている。街中では好きな柄をペイントしてくれるビジネスもある。もちろん、そうした思いをかなえるために、携帯電話メーカーも着せ替えボディやカラーバリエーションを増やしている。

高品質、高機能で価格も安い。それは大量生産だからできることだ。しかし、そのために他人と同じモノしか選択できないとしたら、面白くない。例えば、「うちのレイコちゃんはちょっと冷たくで、気まぐれなんだよね・・・」そんな風にユーザーが言うような一台づつが個性豊かな冷蔵庫は作れないものだろうか?

<岸田 能和>