脇道ナビ (33)  『開けゴマ!』

自動車業界を始め、複数の業界にわたり経験豊富なコンセプトデザイナーの岸田能和氏が、日常生活のトピックから商品企画のヒントを綴るコーナーです。

【筆者紹介】
コンセプト・デザイナー。1953年生まれ。多摩美大卒。カメラ、住宅メーカーを経て、1982年に自動車メーカーに入社。デザイン実務、部門戦略、商品企画などを担当。2001年に同社を希望退職。現在は複数の業界や職種の経験で得た発想や視点を生かし、メーカー各社のものづくりに黒子として関わっている。著書に「ものづくりのヒント」(かんき出版)がある

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第33回 『開けゴマ!』

出先で打ち合わせをするというのに筆記用具がないことに気づき、通りがかりの文具店に入ろうとした。しかし、ガラスのドアの前に立ってもドアが開かない。センサーの調子が悪いのかと思い少しドアから離れて、もう一度立ってみるのだが、一向に開く様子はない。そんなことをしていると、ガラスドア越しにお店のオバちゃんがやってきて、「スミマセンね、これは『手動ドア』なんですヨ」とドアを開けてくれた。よく見ると、確かにドアには「申し訳ありません。手で開けて下さい。」と手書きで書かれた小さな注意書きが貼られていたが、あわてていたので気が付かなったのだ。最近は自動ドアが多いので、ドアの前に立つと、ドアは勝手に開くものだというクセがついていた。そのため普通なら、なんと不親切なお店かと思ったかも知れない。しかし、決して達筆とは言えない手書きで書かれた注意書き、そして、「申しわけないわネェ。自動ドアだと思ってしばらく立っているお客さんが多いのヨ」と言い訳するオバちゃんの優しい笑顔がほのぼのとしていてかえって楽しくなってしまった。そんなオバちゃん相手だと、ついつい「まあ、何でもかんでも自動だと人間は退化するし、省エネになるしネ」と冗談を口にしていた。

自動ドアに限らず、私たちの身の回りは「自動」のものが増え、便利になっている。しかし、所詮、相手は機械だ。例えば、自動販売機で切符を買うとき、高額紙幣だと、紙幣のおつり、硬貨のおつり、そして切符が出てくる。それらが、バラバラの出口から出てくるため、機械から「お取り忘れにご注意下さい」というアナウンスや電子音が鳴って注意を促してくれる。それでも、私はおつりを取り忘れてくやしい思いをしたことが何度かある。あわてていて、しかも、雑踏の中では、いつも同じ調子の機械的なアナウンスなどでは効果がなかったためだ。

私たちをとりまく機械は自動化でどんどん便利が良くなっている。しかし、そんな機械を使うのは生身の人間だ。ドアは手動だったが、文具店のオバちゃんの笑顔や手書きの注意書きには機械にはない、人だけが持つやさしさやぬくもり、そして何より生身の人を動かす強さを持っていることを思い出させてくれた。

<岸田 能和>