脇道ナビ (24)  『裏表』

自動車業界を始め、複数の業界にわたり経験豊富なコンセプトデザイナーの岸田能和氏が、日常生活のトピックから商品企画のヒントを綴るコーナーです。

【筆者紹介】
コンセプト・デザイナー。1953年生まれ。多摩美大卒。カメラ、住宅メーカーを経て、1982年に自動車メーカーに入社。デザイン実務、部門戦略、商品企画などを担当。2001年に同社を希望退職。現在は複数の業界や職種の経験で得た発想や視点を生かし、メーカー各社のものづくりに黒子として関わっている。著書に「ものづくりのヒント」(かんき出版)がある

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第 24 回 『裏表』

あるパーティで有名なデザイナーにお会いしたときのことだ。彼がデザインをした商品を手にして、「こんなにすばらしいデザインなのに、なかなか分かる人が少なくて・・・」と嘆いていた。そして、ワインを渡してくれながら、たたみかけるように「デザインの分かる岸田さんなら、この良さが分かりますよね?」と聞かれ、つい「ハイ、先生のデザインの良さが分からないようだから日本のデザイン界はまだまだですよね」と答えてしまった。しかし、その商品のデザインはどう、ひいき目に見ても、奇妙なカタチであり、アート作品ならともかく、商品として受け入れてくれる人は少なそうだった。しかし、相手が有名なデザイナーであり、ワインも欲しかったこともあって、本音とは違ったことを言ってしまったのだ。そして、同じパーティ会場で出会った後輩のデザイナーに、「あんなデザインをやっているようじゃ、あのデザイナーも、もう終わりだね」と耳打ちしているのだから、我ながら、裏表のハッキリした人間だと思っている。

そんな裏表のある私が、頭に来ているモノがある。それはカセットテープに裏表があるということだ。昔は高級機を除いて、A 面の再生や録音が終わると、カセットテープを取り出し、裏返して B 面を出し、再びラジカセやコンポに入れていた。しかし、今どきのラジカセ、カーオーディオ、ミニコンポの多くはオートリバースになっているので、A 面、B 面のどちらの側もボタン一つで再生が可能だ。確かに、こうした機構はベンリだ。しかし、今、どちらの面が再生されていて、その面にはどんな内容が入っているかが、分かっていないとある曲や内容を探すのは難しい。まして、急いでいる時に最後に録音した場所の後に録音しようとするのはまさに「神業」だ。その点、ビデオテープや MD などは、一方向でしか再生や録音をしないので、こんな混乱はない。しかも、MDでは録音内容が文字表示されたり、お目当てに曲を一気に探しだすランダムアクセスができたりするなど、カセットテープが淘汰されるだけのことはあると思わせる工夫がある。

しかし、まだまだ、多くの人がカセットテープを楽しんでいる。それは、特に高齢者や新しい機械に弱い人達に多いはずだ。マイナーな存在になってしまったカセットテープだが、テープ自体やラジカセ側の工夫で裏表のどこを再生しているかを、もっと分かりやすく教えてくれる工夫も考えて欲しい。

それにしても、人にしろ、機械にしろ裏表があるというのは、良くないことだ。

<岸田 能和>