脇道ナビ (23)  『一、二、・・・たくさん』

自動車業界を始め、複数の業界にわたり経験豊富なコンセプトデザイナーの岸田能和氏が、日常生活のトピックから商品企画のヒントを綴るコーナーです。

【筆者紹介】
コンセプト・デザイナー。1953年生まれ。多摩美大卒。カメラ、住宅メーカーを経て、1982年に自動車メーカーに入社。デザイン実務、部門戦略、商品企画などを担当。2001年に同社を希望退職。現在は複数の業界や職種の経験で得た発想や視点を生かし、メーカー各社のものづくりに黒子として関わっている。著書に「ものづくりのヒント」(かんき出版)がある

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第23回 『一、二、・・・たくさん』

どこか南の海に浮かぶ島では、一、二・・・と数え、ある数を超えると、あとは「たくさん」となる、と聞いたことがある。やしの実と魚を交換するにしても、いちいち数を数えなくても、お互いに見せっこして、ニッと笑えば取引が成立する。ささいな数に追われない。なんとも、のんびりした、うらやましい話だ。

そんなハナシは遠い南の島のことだと思っていたが、私たちが暮らしている世の中も案外と、「一、二、・・・たくさん」という数え方になっているのではないかと思い始めている。いや、むしろ、一や二といった数はなく、「たくさん」しかないと思っている人が増えているのではないだろうか?

たとえば、私たちの生活で使う製品には、「金型」を使って作られたモノが多い。金型を使えば、タイヤキのように同じモノをたくさん作ることができ、価格も安くできる。モノを作る側、売る側としては、同じモノをいくらでも、作ることができ、ある限界はあるが、作れば作るほど安くできるので、喜ばしい作り方だ。販売の現場としても、同じモノばかりを売るのであれば、人やお金を集中することができるので、ありがたいハナシとなる。

ただ、金型やその金型を使って生産する設備は高価なので、その費用を回収するためには、ひとつでも多く生産し、売れることが求められる。しかも、それはできるだけ短い期間であることが条件となる。また、こうした作り方を前提にすると、売る側もたくさん売ることを前提とした大がかりな体制を組み立てる。そうなると、失敗が許されなくなり、確実に売れることを求め、あたりさわりのない商品や他社のモノマネ商品を作ってしまう。また、一歩間違えると、なりふりかまわず、売ることで、本来のターゲットであるユーザー以外の人にも手渡してしまうこともある。

もちろん、みんなが、全く同じモノを求めているのであれば問題はないが、そんなことはない。「たくさん」だけ前提としない、ものづくりや売り方もあることを、もう一度考えてみるべきだ。たしかに、数が少ないと、作るにしろ、売るにしろ、面倒なことばかりだ。しかし、多少、品質がばらついていても、価格が高くても、手に入れるまでに少し待たなければならなくても、他の人と同じモノでは満足できない人はたくさんいるのだから。

<岸田 能和>