顧客に一番近い場所で商品開発を行うということ

◆Reynolds and Reynoldsが中国の開発拠点を閉鎖・米国での開発へ

<2007年4月23日 Automotive News掲載記事>

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米国のディーラーマネジメントシステム(DMS) 大手の Reynolds and Reynoldsが中国の IT 開発拠点を閉鎖したとのことだ。

更にインドにある外注先向けプロジェクトを停止し、米国本土のオハイヨ州のデイトン(本社所在地)にて 100 名を超える IT 技術者の雇用を進めている。

同社は 2009年までの間に、西安に開設する開発センターにより商品開発費を年間 40 百万ドル削減するとのプランを米証券取引委員会に提出していたが、2006年 10月に Universal Computer Systems 社に買収された後にこの計画を修正する形となった。

【顧客が価値と感じる部分のアウトソースの危険性】

40 百万ドルという大幅なコスト削減を実施する計画を修正する理由として、Reynolds & Reynolds の社長は、「ソフトウェア開発は競争力の源泉であり、顧客であるディーラーに付加価値を提供する根幹であることから、これまでのオフショアリング手法を是正するもの」であるとのコメントをしている。

筆者は、米国で流行しつつあったオフショアリングを参考に、日本企業が当時直面していた「デフレに伴う価格引き下げ圧力」に対応する為には、

1.売上=価格x販売数量≒顧客がどれだけの価値を自社の商品やサービスに見出してくれるかという外部要因はコントロール不能であることから、

2.そのバッファーとしてコントロール可能な「コスト側」をなるべく抑える、という行為としてのオフショアリングは健全であるが、

3.顧客が価値と感じる個所にまでメスを入れて、コスト削減のみを金科玉条の如く取り進める行為は、コストをベースに一定のマージンを設定して市場に売りに出す行為と同様に、顧客・市場のことを忘れた「目的と手段の逆転現象」となりえる。

という指摘を今から3年前の2004年3月にしていた。

『海外雑誌・業界記事紹介(3)・米国オフショアリング』

今回の Reynolds & Reynolds はこの 3 つ目の過ちを是正するべく行った施策と言える。

【競争力の源泉】

ソフトウェア開発ビジネスにおける競争力の源泉は、設備機材でもなければ土地・建物でもなく、人材である。

もちろん、全ての企業における競争力の源泉は人材であると言っても過言ではないが、あらゆる業種の中で特にその割合が高いのが IT/ ソフトウェア開発型ビジネスと言えよう。

このことは、ソフトウェア開発型のビジネスが保有する主要資産が無形固定資産のソフトウェアであることが多いこと、更にその構成要素の殆どが製品開発を行うために必要な労務費や外注費など、所謂人件費であることでも分かる。

この無形固定資産は一般的に 3年で償却されるため、通常ソフトウェアを開発するために費やした人件費は(開発費扱いで当初から費用計上される分を除けば) 3年以内で回収されなければならない。

即ち、競争力の源泉である「人材」は、

1.自らの費用を 3年以内で回収できる収益性を持つか、

2.自らの費用が圧倒的に低いことにより同様の効果を生む

必要がある。

当然後者がオフショアリングの論理であり、当初 Reynolds & Reynolds 社も40 百万ドルのコスト削減を目論んでいたわけだが、この場合のリスクは資産計上される無形固定資産が回転して売上に結びつくことなく、(安いとはいえ)結局はコストとして終わってしまうというところにある。事実、外注や海外拠点へのオフショアリングを実施した IT 企業が納入する成果物が顧客の想定していたものと異なることから問題が発生し、最終的には顧客が価値を感じることなくソフトだけが残り、売上にはつながらないというケースは散見される。(同社でも同様のケースが生じつつあった可能性はある)。

一方、前者の 3年以内に回収できる高い収益性を持つ「人材」を作るにはどうしたらよいだろうか?

【顧客に近い場所で顧客の欲するものを作る】

付加価値の高いソフトウェアというのは、顧客のニーズを理解したうえで、痒いところに手が届き、必要なサポートを常に提供できる、という類のものである。

特に DMS の場合、少なくとも商品の要件定義段階ではディーラーのオペレーションについて「ディーラー以上に内容を把握」していることが大切だ。

しかし、いくら同じディーラーとはいえ、国単位で規制も異なれば税制や商慣習なども異なることから、例えば日本人に米国ディーラーのソフトを作らせてもベストな商品を開発できるとは限らない。

同様に、中国やインドといった国のプログラミングに優れた人間が日本の商習慣や米国の商習慣などを理解したうえで最適なソフトウェア開発をするには困難が伴う。

つまり、高い収益性を持つ競争力の源泉である「人材」を作るためには、商慣習を共有可能な単位のエリアにおける特定業種の最適なビジネス手法を模索できる環境が大切である。

この環境の下、複数の顧客との対話を通じて(※)、最適なビジネスプロセスを導き出し、標準化しながらも必要最低限の仕様改変を行うといったことを継続することで、初めて(例えば)ディーラー以上にオペレーション内容を把握する「人材」が創り出される。
こうした人材の存在が顧客が期待する以上の価値を生み出し、企業に超過収益力をもたらす。

※自動車メーカーにおいて、デザインについては 3本部制(日、米、欧)といった形で、エリア毎の顧客の好みに合わせて開発を行っていることに似ている。

コスト削減を目的としたオフショアリングが成功した場合、圧倒的に低いコストで同じ売上を上げることが可能になり、短期間での収益性向上に結びつけることが可能になる。
しかし、製品開発そのものをも含めたオフショア化・外注化は慎重な判断とプロセス単位での選択的な実施が肝要である。

昨今、当コラムで取り上げている企業を含め、米国基準の DMS を日本企業とのアライアンスによりローカライズして、日本のディーラーに適用するという動きも起こっている。
こうした際にも、そもそも日本の規制や商慣習をしっかり理解した人材が提携先の日本企業に存在すること、そしてその存在に敬意を払いながら如何に商品開発に繋げていくことが出来るかがポイントであろう。

特に顧客が価値を感じるポイントについては、一番顧客に近い場所にいえる人材が開発を行うことが大切である。

<長谷川 博史>