日産、主要部品に生産時の履歴情報を2次元コードで刻印。…

◆日産、主要部品に生産時の履歴情報を2次元コードで刻印。追跡管理へ

自動車部品の詳細なトレーサビリティ(生産履歴追跡)を世界展開するもので、まず「ティーダ」などに搭載した新型エンジンの主要部品5点に2次元コードを刻印。販売した車に不具合が起きた場合、部品の製造拠点や時期などを瞬時に特定してリコールや工程改善に生かす。廃車後に部品をバラバラに分解しても構成部品それぞれの履歴が管理でき、再生利用も容易になる。

<2005年01月19日号掲載記事>
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【背景】
今更の話であるが、自動車を構成する多くの部品は、何層もの取引レイヤーを経て素材から複数部品が構成する機能単位へと価値が付加されていき、所謂部品サプライヤーと言われる企業へと至る。

そして、これらを最終的に完成車へと組み立てるのが自動車メーカーである。自動車メーカーはこうして組み立て上げた商品を元に(ディーラーを通じて)消費者に対して「商品を通じた価値提供の約束」及び、その大前提として「工業製品としての性能の約束」を負いながら結果として収益を獲得する構造となっている。しかし、昨今世間を騒がせている多くのリコール (更にはその事実を隠すという行為)は「工業製品としての性能に関する約束」という基本の反故であるという理由から、年々厳しくなる消費者の目には「裏切り行為」と映り、企業の存続そのものを脅かすまでになっている。

消費者に直接対峙する自動車メーカー(ディーラー)からすれば、こうした多大なリスクを負っていることも一定の利潤の獲得の前提であることから、リスクをゼロにすることは出来ない。ましてや、こうした仕入れ方向の取引レイヤーは整合性の取れる形で構造化されているわけではなく、複数企業による取引が複雑に絡み合って自動車メーカーに納入される為、誰かがリスクを取らないといけないのは必然である。

しかし、記事にもある通り「リコールの大半は部品の不良が原因とされる」状況下、電子部品の急増や衝突安全性や環境対策を進めた車体構造の高度化などにより、乗用車を構成する部品点数は 3 万~ 5 万点から更に増加する傾向にあることから、一定レベルの「リスクコントロール」が必要となっている。

こうしたリスクコントロールの一つとして、今回の 2 次元コード刻印は導入される。具体的には、構成部品毎の不具合把握→部品サプライヤーに対する製造物責任の部分的転嫁、と言う形である。

【トヨタの流通領域でのトレーサビリティ】
他社でも、同様の生産サイドのトレーサビリティを(日産ほどの細かな単位ではないものの)、例えばエンジン全体を一つのICタグなどで管理する手法により実現しているが、トヨタではこれに加えて「消費者への新車販売後のトレーサビリティを強化する仕組みを今年の夏を目処に構築予定」との記事が日経ビジネスの 2005年 1月 17日号に掲載されていた。

これは、個車に IC カードを貼付することで、車両に関する以下 2 種類の固有な情報を持たせるものと想像される。

1) 基本スペック情報
メーカーが提供する、自動車の当該モデル固有の情報。所謂スペックやオプションなどまでを含む内容。(但し、オプションについては一部ディーラーであろう。)

2) 販売後の各種履歴情報
販売店が提供する「消費者による車の利用」に付随して発生する各種事象(点検・補修、整備)などの履歴を記憶させた情報。

こうした新車販売後の情報インフラ整備の狙いは、大きく 3 つに分かれる。

(1)ユーザーの品質要求への対応
販売後の整備情報やユーザーの不満箇所に関する情報を迅速にメーカーに伝達することにより、現行生産車両に対する必要修正箇所のフィードバックやリコールを素早く実施することを可能とし、更には開発中・将来開発予定の新車に反映させる。

(2)新車販売回転率の加速化
日本の人口自体が今後は減少するといった環境下で、ここ数年の総保有台数の伸びも減少している。今後新車販売を少しでも増加させていくには、
1.他社のシェアを奪う
2.自社の資産である自社ブランド総保有台数の資産回転率を早め、買い替えを促進していく
という 2 つに一つしか有り得ない。
前者については各種差別化戦略によりマーケティングを実施していくしかないが、後者については、新車販売後のインフラ整備が有益である。
即ち、スペック情報と整備情報を兼ね備えた最新情報を元にユーザーに直接有益な情報(例えば新車販売情報や、今乗っているクルマの中古車相場など)を伝達することにより、積極的な買い換えを促すことが可能になる。
通常は、昨年 2004年の 8月 11日号の日刊工業新聞に掲載した拙筆のような金融商品と CRM エンジンの組み合わせといったものが必要となるが、メーカーレベルでのこうした情報インフラの整備は更に効果的である。
https://www.sc-abeam.com/mailmagazine/hase/hase0041.html

(3)販売会社のサービス部門強化
以前にも述べたことがあるが、現在日本の新車ディーラー全体の平均を取ると新車による売上総利益は新車以外からの利益を下回っている。(新車46 %:新車以外 54 %。)
この現象は世界各国のディーラーにほぼ共通しており、例えば NADA (アメリカ自動車ディーラー協会)の統計によると、2002年の新車売上総利益と新車以外の売上総利益の比率は 43 % vs 57 %となっている。
即ち、新車ディーラーにとっての主な収益源は今や(数字のうえでは)新車販売ではなくなっているという明白な事実が存在する。
この新車以外の収益の大半を占めるのが、サービス収益である。(日本のケースでは新車以外の粗利の 6 割弱を占める。)
新車販売後の情報インフラが整備されることにより、例えば過去のメンテナンス履歴などを参考にした個々の顧客に適したサービスの提供が可能になったり、情報インフラに ITS を絡めることにより、要修理箇所をオンラインで把握し、近くの自社系列販売店へと GPS を通じて誘導する、といったことも可能になるはずである。

【人類発展の鍵は遺伝子情報と言語】
突然話が飛躍するようだが、長い歴史の流れを経てきた人類が発展することができたのは何故だろうか?筆者はこの問いに対する答えが、自動車の製造・流通の両領域におけるトレーサビリティと大きくリンクしていると考える。答えを導き出す際の考え方には様々な切り口が存在するものの、筆者個人としてはその答えは以下の 2 つにあると考える。

1.我々の遺伝子に受け継がれてきた情報

2.言語(特に文字)を通じて伝達される情報

人間一人の寿命により、それまでに蓄積された知識伝達が断絶されるのであれば、人類全体の継続的な改善(即ち進歩)は実現不可能なはずである。しかし、人類はこれを「遺伝子」と「言語」により後世に伝達しているのである。

さて、自動車にこれを置き換えてみると、冒頭に紹介した日産による生産領域のトレーサビリティと 2 番目に紹介したトヨタによる販売後のトレーサビリティ(及びそれらを実現する情報インフラ)は人類にとっての「遺伝子情報」と「言語」に相当すると考えられないだろうか。

即ち、生産技術や開発領域におけるノウハウといった「クルマが生み出されるまでの情報」の伝達は「人間が生まれるまでに有する遺伝子を介在した情報伝達」に相当し、「販売後に個車が経験していく各種情報」は「人間が生まれた後に経験する事象を元に言語という形で蓄積される知識」に相当する、という考え方だ。

【業界発展・新事業の可能性】
こうした考え方に従えば、遺伝子工学・バイオ市場において今後大きな成長性が見込まれるのと同様に、自動車が有する情報の伝達にも潜在的には大きな可能性が秘められていると言っても過言ではないだろう。ヒトゲノムの解析と自動車そのものの部品単位からのトレーサビリティの実現は、そのビークル(乗り物)がヒトかクルマかという違いはあるものの、大きな考え方は類似している。「クルマのトレーサビリティ」を「クルマゲノム」と呼びかえれても良いくらいだろう。

「クルマゲノム」の解析が進み、自動車メーカーのみならず各種アプリケーションプロバイダーによる同プラットフォームの利用が可能になれば、クルマそのものの安全性能・品質管理は飛躍的に効率化し、バリューチェーン全般における「より最適な価値伝達」も IT 技術活用に伴い加速する。メーカーにとっては自社商品のユーザーを囲い込む手段として、独立事業体にとってはブランドを横串にした各種サービス展開のプラットフォームとして利用することも可能になるだろう。

現在ではこうしたデータを無線で飛ばす通信インフラが普及していないなどの理由もあり、俄かに現実的な話とは思えないかもしれないが、「クルマゲノム」解析に基づく個車の統合データインフラの整備は、自動車産業を自動車産業以上のレベルへと昇華させる大きな成長の可能性を秘めていると言えるだろう。

<長谷川 博史>