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コラム

自動車業界OBの親善大使化

◆小糸製作所 技能伝承にOB活用

<2006年03月08日付け日刊工業新聞掲載記事>

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【技能伝承が課題となってきた背景】

触診しながら金型の仕上げを行なう、切り粉の光り具合で刃具を調整する、匂いで炉の温度・湿度を管理する、図面を眺め回して戻りしろや干渉を判断する、最先端のテスターが見逃した小キズや加工ムラを目視で見つける-熟練した職人が持つ技能の伝承が製造業全般で重大な課題になっている。

ハイテク時代に人間の五感や熟練者のスキルが再び注目を浴びることは一見矛盾のように感じられるかもしれないが、実際には次の 4 点から経験に裏付けられた技能に頼らざるを得ない局面が増加している。

(1)製品の精密化とプロセスの複雑化

2年前に小誌で指摘したことだが、緻密さの単位が細かくなり、設計や加工のプロセスが複雑になると、加工機や検査器具も特定の部位や機能だけを集中的・反復的に加工したり検査したりする専門化が進むことになる。

また、機械の場合、その精度を上げるためには最適な作業環境が必要になるが、現場の作業環境はいつも完全とはなりえない。

その結果、重点管理している部位や機能以外の不具合や全体のバランスの悪さが見逃されたり、状況に応じた調整が行なわれないことによる精度の低下が起こることになる。

人間の五感やスキルは、こうした機械の構造的弱点を補完できる点が注目されているのだ。

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(2)デジタル・エンジニアリングの進展

三次元 CAD で図面を引き、製品の性能やラインの作業性を CAE や CAMでバーチャル・シミュレーションすることで、顧客に直接的なありがたみを与えない設計、試作、実験、生産準備といった工程の生産性・リードタイムを飛躍的に向上させ、浮いた工数を顧客にありがたみを与える工程である商品企画や解析の品質向上に充てよう、という考え方が自動車業界でも一般的になっている。

しかし、バーチャルの世界が進めば進むほどリアルな世界の裏付けが必要とされることになる。バーチャル・シミュレーションの精度を上げようとすれば、「こういう素材をこのような構造で組み立ててこういう方向からこのような力をこの範囲に加えたときにどんな反応が起こるか」というリアルな経験をできるだけ沢山インプットしておかなければならない。

また、バーチャルな設計図面にも「バリなきこと」といった数値にならず解釈が必要とされる情報が書き込まれることは普通であり、組立の作業性や、サービス・メンテナンスの作業性も実際に型を起こしてみないと分からないことも多く、そこがデジタル・エンジニアリングのボトルネックになっている。

バーチャル・エンジニアリングの進展によって、熟練者の知見が益々必要とされる事態が起きているということになる。

(3)創発的・擦り合わせ型ものづくりの強みの再発見

東大の藤本隆弘教授は、日本の自動車産業の生産システムや組織能力は必ずしも事前合理的にトップダウンで提供されたものが発展してきたものではなく、制約条件の克服のために現場が試行錯誤してきた怪我の功名として発展してきたという「創発的」な要素が大きいと説かれている。

また、日本の自動車産業が今日のような深層の競争力を獲得した背景に、日本社会の組織概念や日本人の労働に対する価値観が乗用車のような統合的で「擦り合わせ型」の製品アーキテクチャとよく適合したことが上げられると指摘されている。

日本の自動車産業の現場技能者たちは、部品単体や特定の工程の部分最適だけでは物的リソースの制約を克服できないことから、個別の部品や工程の枠組みを超えた全体最適的な「擦り合わせ型」の生産システムを「創発的」に作り出してきたわけだが、それが競争力の源泉になっているという理論的裏付けを得たことになる。

この面からも技能が注目されることになっていると考える。

(4)製造品質以外での差別化の遅れ

本誌でも何度か指摘している通り、JD Power の IQS (初期品質調査)に現われるような製造品質では日本車と米欧韓の差異は急速に縮小してきている。一方で、90年代半ば以降、リコール件数が急増しつつあり、リコールを発生させたり、隠したりする企業に対して消費者や投資家は買い控えや批判の動きを強めている。

つまり、製造品質は決して無意味化したわけではなく、重要性を増しているが、差別化要因として重要なのではなく、生存条件としての重要性を増していると考えるべきである。

今や世界のフロントランナーとなった日本の自動車業界には製造品質での優位性に満足することなく、企画品質での差別化が求められる時代になっているのだが、現状ではプリウスという個別商品や、カーナビ・テレマティクスという個別技術での差別化にとどまっている。

そのことが、引き続き製造品質を支える熟練技能への依存度が高どまりする原因になっていると考えられる。

「企画品質の時代」

このように「技能」に対して再び注目が集まっていることに加えて、その「伝承」が課題になっているというのはどういうことだろうか。

第一に、属人性が高く暗黙知に属する技能はもともと標準化や形式知化による共有・移転・統制が困難だという性質を持つことが上げられる。技能はデジタル的なロジックへの変換の努力と並行して、人から人へアナログ的に継承するという要素を無視できないことが明らかになってきた結果だと思われる。

第二に、技能が熟練の結果得られるものであることに加えて、自動車産業が経営環境に応じて採用を増減させてきた(製造業は 70年代前半まで工業高校卒業生の過半数を採用してきたが、石油ショックに見舞われた 70年代後半から 4 割に絞込んだ。業績が回復した 80年代に再び 5 割超に回復させたが、バブル崩壊以降再び 4 割代に低下させている)ために、高年齢層の従業員に偏在しがちだという問題がある。ベテランから若手へスキルの移転が必要とされているのである。

第三に、自動車産業の業務細分化・専門化が進み、自動車産業の業務や工程を横断的に経験し、自動車産業全体を俯瞰的に観察することのできる機会が減少しているという問題がある。熟練技能者たちは好むと好まざるに拘わらず、リソースの制約から横断的に業界の業務や工程を経験してきた。

【技能伝承にOBを活用することの意味】

このように技能の価値が見直され、高年齢層から若年層へアナログ的に継承する必要性が認識されてくると、定年退職者の有効活用が重要な選択肢としてクローズ・アップされてくることになる。

小糸製作所は、技能伝承を目的として 2000年から定年退職者の再雇用を制度化しているという。再雇用した熟練技能者を同社ではシニアスタッフ(SS)と称するそうだが、既に 200 人近い SS を再雇用して金型の磨き作業などの研修を実施しているとのことである。

会社にとっては最も低コストかつ即効性のある形で「2007年問題」を解決できるし、現役従業員にとっても自らの社内での地位や処遇を先輩に抑え付けられることなく能力開発に勤しむことができる。定年退職者にとっても時間を持て余すことなく、長年親しんだ職場で自らの得意領域で力を発揮しながら老後の生活費を捻出することができる。正に三方一両得のような仕組みである。

【技能伝承にOBを活用することの問題点】

技能伝承に OB を活用することは、一見するといいことずくめのように見えるが、問題点もないわけではない。主に次の 4 点が課題であろう。

(1)構造的問題の「見える化」が遅れがちなこと
(2)制度が悪用されると技能伝承が却って遅れかねないこと
(3)責任と処遇の不均衡が社内の士気活力を削ぎかねないこと
(4)技能以外の能力開発の動機付けが進みにくいこと

(1)構造的問題の「見える化」が遅れがちなこと

「2007年問題」とは、通常他の世代に比べて人口の多い 1947年~ 1949年生まれの「団塊の世代」のベテラン従業員が一斉に退職する 2007年から2009年までの 3年間の労働力の空白にどう対処するかという問題を指す。

ところが、産業界全体で見ても 60 歳未満の成人労働力人口は既に 1997年から減少し始めており、2007年以降もほぼ 10年ごとに全体の 10 %にあたる 5 百万人ずつ減少することが見込まれている。

また、自動車産業だけを取り出すと 1970年の米マスキー法がきっかけとなって急成長したこともあって 70年代前半の新卒採用が多いことから、労働力の急減傾向は約 10年間は続くと考えられる。

つまり、「2007年問題」は一過性の問題ではなく、自動車産業が今後 10年間その本質的解決に向けて立ち向かっていかなければならない構造的問題なのだが、OB の雇用延長によりその問題が覆い隠され、その分本質的解決の立案・実行が遅れがちになる恐れがある。

また、「製造品質以外での差別化の遅れ」を解決することも自動車産業が構造的に抱える課題であった。しかしながら、熟練技能者が社内に残って製造品質を指導し続けることで製造品質への依存体質が温存されがちになることも懸念材料である。

(2)制度が悪用されると技能伝承が却って遅れかねないこと

技能伝承を OB 再雇用の目的・条件とすることを強調しすぎると逆作用が起きる可能性もある。

OB の立場で考えると、現役中に技能伝承を進めすぎると自身の再雇用の機会が阻害されかねないから、再雇用されるまで技能を囲い込むという心理が働いてもおかしくない。
また、現役の立場から見ても技能習得までの年限が OB の再雇用期間だけ延び、いざとなれば自ら手を動かすことの出来る熟練技能者がそこにいるという安心感から自立成長の機会がそれだけ阻害されかねない。

(3)責任と処遇の不均衡が社内の士気活力を削ぎかねないこと

一人あたりのコストは低いとはいえ OB の雇用延長は人件費の総原資を圧迫することは間違いないわけだから、OB の引退によって業務や責任の範囲が一層拡大する現役組にとっては不満の種になりかねない。また、タイトルを失ったとしてもかつての上司が指導者の立場で残留することも自らの発言権・影響力を阻害しかねないという不満もあろう。

逆に OB の側からしても、現役中と変わらない業務を負担しながら、宮仕えの立場は変わらないだけでなく、かつての部下の指揮命令下に入り、給与も大幅に下がることをよしとしない気持ちも否定できないはずである。

(4)技能以外の能力開発の動機付けが進みにくいこと

そもそも OB は技能者ばかりではないし、OB の能力や成果も技能だけではない。技能伝承の側面ばかりが強調されると、現役時代に技能以外の能力開発が進まず、技能者以外の不満も高まる可能性がある。

【OBに頼らないものづくりへの革新の必要性】

こうしたことから自動車産業には OB に頼らないものづくりへの転換を急ぐとともに、より効果的な OB の処遇を提案したい。具体的には以下の 3 点である。

(1)技能の標準化・形式知化の体系化・早期化
(2)内製・系列型ものづくりからネットワーク型ものづくりへの転換
(3)自動車産業の親善大使としての OB の活用

(1)技能の標準化・形式知化の体系化・早期化

属人性が高く暗黙知の性質を持つ技能は標準化・マニュアル化が難しいことは上述のとおりである。だからといって放棄するべきではないし、熟練者の定年退職を待つのではあまりにもったいないから、何らかの手を打つべきである。

打ち手として参考になるのは、ホワイトカラーの KM (ナレッジ・マネジメント)普及・徹底のために実施されることの多い組織・人事的な取り組みであろう。

例えば、コンサルティング業界もある意味で属人性が高く、知識経験がマニュアル化しにくい業種の一つであるが、だからこそ取っている方策がある。まず、組織的には KM 専任組織・マネージャを置き、各人の成果物やスタディが会社組織全体で共有されるように指導・監督する。次に、各人の業務は KM システムに全ての成果物やスタディを登録するまで完了と見なさず、もし遅れや違反があれば人事考課に反映するようにしている。

熟練技能者に対しても一定の範囲でこうした組織・人事的アプローチが有効ではないかと考える。つまり、自ら技能を発揮したということだけを評価するのではなく、その技能を組織全体に共有・移転・統制できるようにしたかどうかまでを評価の対象に加えて、それを専任の技能伝承マネージャに指導・監督させるのである。

(2)内製・系列型ものづくりからネットワーク型ものづくりへの転換

自動車産業の熟練技能者たちがその技能を身に付けたのは業界横断的に業務や工程を経験してきたことによる部分が大きいこと、またその背景に物的リソースの制約により単一の部品や工程の部分最適では十分な効果が得られなかったために必然的にシステム全体や複数工程に跨る全体最適の視点や統合的なアプローチを持たざるを得なかったこと、それが結果として創発的で擦り合わせ型の生産システムに発展して今日の競争力を持ったことは既に述べてきた。

ところが細分化・専門化が進み、業界全体で物的リソースはあっても人的リソースが不足している今日の自動車業界ではそれ単独で同じような視点やアプローチを取ることができなくなっている。

そうであれば、舞台をもう少し広く取り、自動車産業を取り巻く様々な異業種との間で従来系列との間で築いてきたような関係を再構築し、それらの製品や工程を上手に活用するネットワーク型のものづくりに移行することが熟練技能者に依存したものづくりから脱する一つの方策であろう。

(3)自動車産業の親善大使としてのOBの活用

とはいえ、自動車産業の価値基準や仕事の進め方を全く理解していない外部の企業との間で、今日の系列サプライヤとの間で築いてきたような関係を構築するためには膨大な手間隙を要するという懸念がある。

そこで OB を自動車業界の親善大使として活用することを検討したい。自動車産業とはどのような考え方や行動様式を持つ業界なのかを異業種に対して分かりやすく翻訳してもらうとともに、自動車産業にないもの・足りないものを外部から導入してもらうお手伝いを OB に委託するのである。

そのような役割は技能者だけの専売特許ではなく、設計・実験・解析・生産技術等の各領域のエンジニアや、営業・サービス等のベテラン従業員にも期待されるものである。また、このような役割を OB に担ってもらうことで、技能伝承が課題となってきた背景に上げた問題点や、技能継承にOB を活用することの問題点の多くを解消できるのではないだろうか。

弊社でもこうした考え方のもと、「自動車業界の OB の親善大使化」に繋がる事業・サービスを検討中である。ご関心のある読者があれば意見交換をさせていただけないだろうか。

<加藤 真一>

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