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コラム

井の内外の境界を取り払い、スムーズかつ追加コストなく人口減少時代への移行を

(Reynolds tries to retain dealerships/Designers tackcle cars, golf clubs)

<米 Automotive News 2005年 11月 28日付掲載記事>

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【井の中の蛙】

今年も年末を迎える。今年も一年、自動車総連、エンジニア転職セミナーなど多くの場で講演の依頼を引き受け、自動車産業に関する私どもの信念や期待を語ってきたが、その講演の冒頭に殆ど必ず筆者が語っていることがある。

「日本の自動車産業の生産性の低さ」である。こういうと、聴衆からは驚き、時には怒りを顕にした反応が返って来ることが多い。

日本の自動車産業の生産性の高さは世界最高であることがハーバーレポート等、各種の指標から証明されており、それがゆえに世界中の自動車産業が TPS(トヨタ生産方式)をベンチマークするとともに、日本の銀行や郵便局などがこぞって TPS を導入して成果を上げている事実があると。

確かにそのとおりだが、日本の自動車産業の生産性が高いというのは、海外の自動車産業との比較において、もしくは日本の多くのサービス業との比較において、の話であり、日本の他の製造業との比較においては、生産性水準そのものも、また生産性の向上率も全く凡庸であるというデータが存在している。

財団法人社会経済生産性本部が行なった「生産性の産業別比較」によれば、全 23 産業のうちで従業員一人あたりの付加価値額(労働生産性)が最も高かった(2002年時点)のは石油製品製造業で、2 億 3 千万円もの付加価値を産んでいる。2 番目は不動産業で 7 千万円、3 番目は電気ガスで 3 千万円、ついで化学工業、金融保険業、鉄鋼・非鉄金属製造業と来て、自動車に代表される輸送機械は 7 番目、金額にして 12 百万円で、トップの石油製品の 18分の 1の水準に過ぎない。

また、一橋大学経済研究所「日本の生産性と経済成長」は、日本の製造業を全 30 種に分類して、ヒト・モノ・カネといった経営資源の投入量の増減の影響を除いた正味の生産性向上率(TFP 成長率)を 1994年~ 2001年までの 7年間、追跡している。

それによれば、7年間合計の生産性向上率が 10 %を超えるのは、通信機械、医薬品、事務用機械の 3 つだけ、5 %を超えるのもこれに電子部品、金属加工機械、自動車以外の輸送機械を加えた 3 つだけで、わが自動車産業は 7年間の合計で僅か 2.2 %の生産性向上率、順位にして 13 番目と全く奮わない結果となっている。さらに技術進歩率(イノベーション)だけを取り上げるならば、7年間の平均でマイナスであった(つまり技術的には退化したことになる)という衝撃的な結論になっているのである。

こうした結果が実感に合っていないのには理由がある。先ほども述べたとおり、ここでいう生産性向上には雇用人時の増大や設備能力の増大による生産性向上を含んでいないからである。つまり、自動車産業はこれまで主として大量の雇用を創出し、設備投資を行なうことによって産出量を増大させてきたということである。雇用や設備投資はそれ自体が経済成長を促すものだから決して悪いことではないし、自動車産業はその果実を得て競争力や収益を増大させているのだから素晴らしいことである。自動車産業に関する世間一般のポジティブな印象はそこから生まれているものであろう。

だが、少子高齢化時代となり、人口とりわけ生産年齢人口の減少を間近に控えて自動車産業だけが優秀な人材を吸収し続けていくことは不可能だし、人口の絶対数の減少は経済規模の縮小を生み、経済基盤の小さくなった社会が無限に設備投資を支えていくことも難しい。

従って、人的資源や設備投資に依存しない正味の生産性向上、イノベーションが自動車産業の持続的発展に不可欠だということを私どもは提唱しているのである。

そして、正味の生産性向上のための打ち手として一つのヒントがある。一橋大学経済研究所の調べによれば、生産性向上率の高い産業には共通して「新陳代謝効果による生産性向上」の要素を見ることができる。

「新陳代謝効果」とは、生産性の高い企業の新規参入や、生産性の低い企業の撤退によって、業界全体の生産性が向上する効果のことで、例えば生産性向上率が最も高い通信機械では生産性向上の 37 %が新陳代謝によってもたらされている。医薬品は 8 %とやや低いが、事務用機械では 35 %、電子機械では17 %、金属機械では 19 %と、全体に新陳代謝効果が全体を押し上げている。

これに対して、自動車産業では新陳代謝効果がゼロである。異業種からの新規参入もなければ、業界からの撤退もないという自動車産業の「井の中の蛙」的特性が生産性向上のボトルネックとなっている可能性が高いのである。

自動車産業が持続的発展のために、正味の生産性向上を果たそうとするのであれば、この井の中の蛙的体質を脱して、異業種との交流による技術的進歩を目指す必要があるという私どもの主張の本意(決して自動車産業の生産性が低いといって蔑視嘲笑するものではない)をご理解いただけると思う。

こうした視点から今年 6月本誌に「よそ者の知恵と技を入れてイノベーションを加速せよ」という記事を掲載した。改めてご一読いただければ幸甚である。

「よそ者の知恵と技を入れてイノベーションを加速せよ」

【井の外の蛙】

「井の中の蛙」は生産性向上の障害だと述べた。では、「井の外の蛙」はどうか。そこで引合に出したいのが米国の DMS (ディーラー・マネジメント・システム)ソフトウェア会社の Reynolds & Reynolds (以下レイノルズ)である。DMS の何たるかについては、今年 3月本誌でマイクロソフトを取り上げる中で詳しく触れたのでそちら(下記 URL)を参照いただきたい。

「マイクロソフトが自動車のITビジネスに熱い視線」

レイノルズは年間 20 億ドル(2 千億円前後)と推計される米 DMS 市場を ADP と二分する寡占企業であるが、2002年に IBM 出身の Buzz Waterhouse 前CEO のもとで大きな冒険を行なった。マイクロソフトと提携し、Windows ベースで顧客中心にデータベースを統合して他のアドオンソフトを不要とする新製品「Generation Service Suite」を開発したのをきっかけに、これを戦略商品としてメガディーラー化の進む米ディーラー市場を一気に単独支配化に置くという戦略に乗り出したのである。

これは最大の競合相手である ADP が GM 系のシステム会社 EDS を買収して、サターン系列向けの内製 DMS 市場を取り込むなど、ブランド特化型・オペレーション志向に乗り出したのに対向する形で、逆にブランド特性や現場の勘と経験に囚われない経営者と顧客に優しいシステムに舵を切り替えることで独自化を目指したものと考えることができる。
ところが、結果的にレイノルズの新商品は 2003年の発売以来、73 の店舗を有する 38 のディーラーグループに納入されたのみで一向に導入事例が拡がらなかった。2004年半ばには Waterhouse 前 CEO が退任し、2005年 1月には米国三菱自動車から O’Neil 新 CEO を迎えると、「Generations Suite」の撤退・廃棄と、既納先 38 社に対して同社の別の DMS への切り換えを勧める方針に大転換を行なうこととなった。

廃却のためのコストは 67 百万ドル(70 億円前後)で、既納先への対応や Generations の開発に携わったエンジニアの解雇に伴ってさらに 27 百万ドル(30 億円前後)を要すると、Automotive News は報じている。

同誌の記事によると、Generations Suite が多くのディーラーに受け入れられなかった原因は、導入コストやトレーニングコストの高さに加えて、ディーラーの業務プロセスを抜本的に変更しなければならない点にあったという。

もともとレイノルズが目指したものが旧態依然とした、オペレータ(売り手)側の論理に基づく業務プロセスの革新にあったわけだから、当然予測された反応ではある。

とりわけ「ディーラーというものは一般に Early Adopter (新しいものを最初に採用する集団)ではなく、技術が落ち着くのを待って一斉飛びつくような特性を持った集団」だと、Generations Suite を採用したディーラーが同誌にコメントしているくらいで、最初から大きなチャレンジではあった。

そのこと自体を責めるべきではない。挑戦こそが進歩の源であり、挑戦して失敗することは挑戦しないで終わることよりも遥かに進歩的で教訓を与えてくれる。一定のポジションを築いた大企業が挑戦を放棄することに比べればレイノルズは偉大な会社である。

問題は、業務プロセス革新の先導者であったレイノルズのエンジニアたちが全員自動車小売の経験を持たなかったことであろうと思う。つまり、同じゴールを目指すにしても、またそのゴールがいかに崇高なものだったとしても、そこには現実的なアプローチ、採用可能なプロセスをいくつか容易しておくべきだったと悔やまれるが、「井の外の蛙」であるレイノルズの IT ガイたちには考えが及ばなかったか、及んだけれども取るに足りないものと判断してしまったかのどちらかであろう。

既納先の DMS 切り替えにあたって、「移行をスムーズかつ追加コスト・ペナルティのないものにしていかなければならない」と O’Neil 氏は同誌に語っているが、この言葉は保守的な自動車業界全般に対してイノベーションを働きかけようとする全ての関係者が念頭に置いておくべき深遠な話だと思う。

【井の内外の境界を取り払う】

目の前の現実だけにしか目を向けない「井の中の蛙」になっても、現実を無視した「井の外の蛙」になってもいけない。

井の内外の境界を取り払うことが重要である。そのためには、自ら井の内外を行き来すること、内部に外部の人間を招き入れて内部の課題に取り組ませること、内部の人間が外部の課題にチャレンジすること、井の内外の人間が一緒に仕事をする環境を作ること、等がその解決策になろう。

その意味で面白い試みを Automotive News が報じている。日産デザイン・アメリカ(NDA)、BMW 系の Designworks など自動車メーカー系のデザイン・ハウスの面白い試みを報じている。

NDA では、デザイナーが NDA の設備と時間を使って自動車デザイン以外の仕事を行なうことを奨励しており、そこで得た収入は職場環境の改善に使うことまで認めている。

彼らの作品には、2000年~ 2004年まで作られたテイラーメイドの人気ドライバー「バブル・バーナー」や、RDI コープの PC、エンジェルズ・グループの子供用家具、エアストリームのキャンピング・トレーラー「BaseCamp」等がある。

日産が期待している成果は従業員の職場環境の改善や余剰工数の有効活用ではない。Automotive News 誌で元マツダのトム俣野氏が語っているように「異なる素材やプロセスで仕事をすることがデザイナーに新たなフォーカスを与え」、「自分の普段のやり方の外側に歩み出る機会を得て、再び本業に戻ったときに次の自動車プロジェクトにおいてより新鮮な見方ができるようになる」ことが目的であり、「デザイナーが自らのスコープ・オブ・ワークの外側でものを考えるようになることはこの分野では不可欠である」という考え方に立つものだ。

つまり、デザイナーに井の外の課題にチャレンジさせることで内外の境界を取り払い、本業の競争力の強化に向かわせるという明確な戦略がある。(同時に従業員にキャリア・パスやモチベーションを提供して、優秀な人材を引き付け、引き留めるという人事的な目的もあると思われるが。)

実際に NDA はゴルフ・クラブの仕事で得たグリップの感触をフェアレディ Z のステアリングやシフト・ノブに応用したという。子供用家具の経験がカーゴ・スペースに活きているともいう。BMW 系 Designworks でも携帯電話デザインの経験をボタン・スイッチ等の HMI (ヒューマン・マシン・インターフェイス)に応用したという。

業界内で専門性を追求すればするほど井の中の蛙に陥りがちで、また業界からあまりに遠いところからアプローチすると実効性のない井の外の蛙で終りがちである。私ども業界特化型コンサルティング会社の活躍領域は正にその接点での橋渡しにあり、これまでも業界外の知恵や技を導入して事業・製品・技術・サービスの幅や奥行きを拡げたいという自動車業界各社の要望や、自動車業界にイノベーションを持ち込みたいという素材メーカー、システム開発会社や投資ファンド、ベンチャー企業の期待に応えてきた。

だが、我田引水をするつもりはない。井の内外の境界を越えるためのアプローチは自前でも可能で多様である。その必要性を認識することが第一歩である。

井の内外の境界を取り払ってイノベーションを持続的に実現し、スムーズかつ追加コスト・ペナルティのない形で人口減少時代への移行を進めたい。

<加藤 真一>

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