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コラム

バリュー・プライシングと郵政民営化から学ぶこと

(The Trouble with value pricing=バリュー・プライシングに関する問題)

<2005年8月22日付け Automotive News 掲載記事>

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【バリュー・プライシングに対する一般的評価】

世界最大の自動車メーカー、米ゼネラル・モーターズ(GM)は、「トータル・バリュー・プロミス」(全面的な価値の約束)と名付けた新しい価格戦略を打ち出している。一般的には「バリュー・プライシング」と呼ばれることが多い。

どういう政策なのかというと、従来、3 万ドルのモデルに 5 千ドルのインセンティブを実施して、実質的には 2 万 5 千ドルで売られていた商品があれば、2006年モデルからはインセンティブを廃止して最初から 2 万 5 千ドルの値付けにしようということである。

これは話を分かりやすくするために単純化したものなので、厳密には従来のインセンティブ額とバリュー・プライシングの価格引下げ額は必ずしも一致しない。また、バリュー・プライシングには、見かけ上の価格引下げだけではなく、オプションの標準装備化や、保証期間の延長分を価格に転嫁しないという形での実質値下げも含まれる。

このバリュー・プライシングに対する業界内外の見方は比較的冷淡で、特に身内のディーラーからは強い反対の声が上がっている。

8月 22日付け Automotive News は、「Dealers: There’s little up side whenbuyers are upside down」=「買い手がアップサイドダウンになっているときにアップサイドは殆どない」という記事を掲載している。

「アップサイドダウン」とは、下取り車の残存価格が残債を下回っている状態、つまり下取り車のローン清算のために追い銭を徴収しなければならない状態のことを言う。そうした場合、新車代替の支障になるが、従来はディーラーがメーカーから貰ったインセンティブを原資にして残債を清算してしまうことも多かった。ところが、バリュー・プライシングで新車価格は安くなったとしてもインセンティブが廃止されてしまうと、下取り車の処理ができなくなってしまうために、バリュー・プライシングにはいいこと(アップサイド)があまりない、インセンティブをくれた方がよかった、という声が出ているのである。

また、投資家の目も冷ややかである。

8月 24日、米国の格付け機関ムーディーズ・インベスターズ・サービスは、GM の「シニア無担保債務」と呼ばれる社債の信用格付けを、従来の「Baa3」格から、「Ba2」格に 2 ノッチ引き下げた。

格付けに関しては、以前本誌で篠崎が詳しく説明している(↓参照)ので、ここでは詳しく触れないが、いわゆる「投資適格」とされるのは「Baa3」格迄で、それ以下は資金調達の困難な「ジャンク」の扱いとなる。

「米S&P、三菱自動車の長期会社格付けを格上げ。見通しは…」

つまり、GM は「ジャンク」に格下げされたことになるのだが、その判断材料として挙げられているのは、以前筆者が本誌で取り上げた GM の「レガシーコスト」の高さ(↓参照)や、環境意識や燃料高騰で低公害車・低燃費車への関心が高まる中でそうした製品の開発が遅れていることなど、長期的・構造的課題ばかりで、バリュー・プライシングの評価については全く触れられていない。

確かにバリュー・プライシングによって GM が抱える長期的・構造的課題が直接的に解決されるわけではなく、社債の償還可能性に影響を与えるものではないという判断は当然かもしれない。

「米デルファイ、退職者向け医療保険を縮小。数年間で5億ド…」

【バリュー・プライシングに至る前工程】

ここで一度、GM 会長兼 CEO のリック・ワゴナー氏の立場に立って、なぜ、彼がバリュー・プライシング戦略を是とするに至ったのかを追体験してみたい。

そのためには与件を整理しておく必要がある。

まず第一に、格付け機関が指摘するような長期的・構造的課題に気が付いていないはずがないが、即効性がないことも認識しておかなければいけない。

開発力の立ち遅れについては、以前本誌で取り上げたように Lutz 副会長がGM の開発陣の組織的・人的問題について指摘し、その刷新に乗り出しているが、これは一朝一夕に成果が出る類の課題ではない。

「GM の Lutz 副会長、米国のエンジニアのトレーニング・・・」

また、コストの問題についても、以前本誌で取り上げたように「アーキテクチャーを跨ったグローバルレベルでの部品共通化」の課題に取り組んでいるが、これもモデルサイクルが一巡するまで成果が見えてこない課題である。

「Bosch、GMが自社の戦略を発表」

「レガシーコスト」の処理についても、デルファイや UAW (全米自動車労組)との話し合いを始めたものの、UAW 側の譲歩がない限り次の労使協約改訂時期である 2007年 9月まで待たざるを得ない。

第二の与件は、過去 2 ヶ月の間に GM は前例のない調査・実験を行い、重要な成果と教訓を得ていることである。

6月に GM は「従業員割引」の一般への適用を行ない、前年同月比 41 %増、過去 20年間で最高の販売台数、昨年 9月以来の市場シェア 30 %への回帰という大きな成果を得た。

7月には、フォード、クライスラーもこれに追随した結果、同月の米国新車販売台数は 109年の米国自動車市場で最多の 180 万台に達し、ビッグ 3 の市場シェアは日本車から市場シェアを奪い返して 61 %を記録した(日本車は 3 割を割った)。

この空前の販売記録によりディーラー店頭から在庫が一掃され、7月末時点での GM の総在庫日数は 43日とトヨタ、ホンダ並まで下がった。例年より 2-3ヶ月早い当年式車の在庫一掃により、ディーラーからは 8月以降に売るべき玉がないというクレームが出るほどであった。

また、このキャンペーンにビッグ 3 が投じた費用(割引額)総額は、米自動車エドモンズ・ドット・コムによれば 7月単月で 43.3 億ドルとのことである。

ビッグ 3 の販売台数は 110 万台だから 1台あたり 4 千ドル弱になる。米国の自動車の売価は平均 28 千ドルだから 14-15 %の値引きである。因みに GMの原価率は昨年来 90 %を下回ることはない(今年 4-6月四半期は 95 %に達する)から、この水準での値引きを行なうと限界利益段階で既に赤字ということになる。

ここから得られた教訓は次の 4 つになるのではないだろうか。

(1) GM の既存商品でも価格戦略次第で増販は可能である。
(2)それもインセンティブ(後処理)ではなく、価格調整(前処理)でも有効である。
(3)一度負の遺産(在庫)を抱えると処理費用が高くつく。
(4)負の遺産(在庫)は最早そこにない。

【バリュー・プライシングに対する再評価】

こうして与件を整理してみると、ワゴナー会長ならずとも次の打ち手がバリュー・プライシングになることさほど不自然さは感じないのではないだろうか。

長期的・構造的課題の解決には時間が掛かる、その間の短期的な打ち手として今だからこそ実施が可能で、かつ一定の成果が見込めそうな施策は何かと考えていった場合の着地点がバリュー・プライシングというのは頷ける。

寧ろ、バリュー・プライシングの実施に当たり、過去 2 ヶ月は仮説の検証と準備の工程だったのではないかとすら思える。

だからといって、GM が抱える長期的・構造的課題の解決と全く無関係だとか、矛盾するものであっていいはずがない。依然としてトヨタを上回る現預金は抱えるとはいえ、「ジャンク」への格下げにより新規の資金調達にもお尻に火が点いた状態にあり、試行錯誤している猶予はないからだ。

だが、次のように考えることでバリュー・プライシングを長期的・構造的課題と結び付けて評価することが出来るのではないだろうか。

第一に、「顧客価値中心主義」への回帰の機会となること。

従来、GM の商品は競合商品や車格を意識して開発され、価格設定にあたっても競合他社の値付けや車格相応のステッカー・プライスを商品企画サイドで定め、販売現場での顧客が感じる価値とのギャップをインセンティブで埋めるという仕組みになっていたはずだ。企画段階では顧客価値ではなく、競合他社や自社の供給者側のロジックとの調整が主な関心事だったために顧客の価値認識とのずれが起きていたと考えられる。気が付くと、商品の魅力度で日本車に見劣りする現状を招いた真因はそこにあるともいえる。

バリュー・プライシングは、競合や自社の論理ではなく、顧客が求める価値から商品企画を行なっていくきっかけになりうる。

第二に、社内の「投資基準確立・統一」の機会となること。

「ステッカー・プライス 3 万ドルのクルマに 5 千ドルのインセンティブを付けて実売価格を 2 万 5 千ドルとする」ことと、「ステッカー・プライスを2 万 5 千ドルとしてインセンティブはつけない」ことの間に数学的な違いはない。だが、実際の組織や業務プロセスを考えると両者は決定的に異なる。

通常、商品企画~開発~調達~製造に至るものづくり側ではステッカー・プライスを基準に競合車や車格の設定を行ない、それに見合った機能・性能・品質を決めていき、公差や部品、設備、工程の設計もそれに順ずる。

一方、インセンティブは販売の現場が、売れ行きや在庫の水準や配分、宣伝・キャンペーンのタイミングや強さ、現場での実際の競合状況等を見ながら決めていく。

だから、実売価格が同じ 2 万 5 千ドルであっても、ステッカーが 3 万ドルのクルマのものづくりは 3 万ドルを基準に投資され、販売は 3 万ドルも 2 万5 千ドルも関係なく在庫を動かすのに必要な投資を行いがちである。

バリュー・プライシングにより、ものづくり側は投資基準を実売価格に合わせるようになること、販売側は一定の投資基準を持つようになることが効果として期待される。これにより原価率の引き下げや粗利を上回る販売費用の支出の防止に貢献し、中長期的な収益改善に繋がる効果が期待される。

いわば財源を断つことで歳出を強制的に絞る仕組みである。

第三に、長期的・構造的課題の交渉相手への説得材料になること。

従来は、3 万ドルの懐があり、関係者に分配できる原資があった。それがディーラーにはインセンティブに対する期待、サプライヤーにはサプライヤー数やコストの削減圧力緩和に対する期待、組合には雇用や医療費・年金等の維持に対する期待を呼んでいたということもできる。ところが、バリュー・プライシングにより自らの懐を予め顧客に還元して 2 万 5 千ドルまで圧縮してしまっているから期待されても対応する原資がなく、そのことは交渉相手にも見える。

「これ以上交渉しても GM は譲歩の余地を持たない。寧ろこれ以上追い詰めると GM が倒れかねず、自分たちにとって不利だ。」という考えが生まれる可能性がある。その結果、中長期的・構造的課題である「レガシーコスト」や「アーキテクチャー跨りの部品共通化」の問題、「アップサイドダウン」に対する抵抗などに対して、自ら退路を断つことで逆に交渉力が強化される効果が期待される。

【バリュー・プライシング戦略から学ぶこと】

このように見てくると、バリュー・プライシングは必ずしも単なる価格戦略ではなく、壮大な GM の構造革新戦略に繋がる重要な入り口なのかもしれない。

そのような認識に立つものにとっては、バリュー・プライシングの実現は死活的に重要であり、そうでないものにとっては「もっと大事なことがある」という議論になるだろう。

そうした話は何かに似ていないだろうか。そう、郵政民営化の議論である。

そして、両者には他にも共通点がある。

第一に、いずれもその先に繋がる、より重要な構造改革戦略との関係が目に見える、分かりやすい形でまだトップから語られていないこと。

第二に、妥協の産物のような形で、大きな文脈と整合性の取れない点や、徹底していない点が見られること。

バリュー・プライシングの方で言えば、GM は 9月も「従業員割引の一般還元」を続けると発表している。また、バリュー・プライシングは必ずしもリプライシングだけではないとはいえ、リプライシング幅は平均で 1.1 %、約 300 ドルにとどまるという。これらの結果、戦略的な意義や効果が一層分かりにくくなってしまっているのではないか。

リーダーは大きな戦略を決めたらそれを分かりやすく説明すること、実行に当たっては矛盾や不徹底を排除すること、この二つが教訓ではなかろうか。

経営者の一人として筆者自身が気を付けていくべきことでもある。

<加藤 真一>

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